見出し画像

大泉洋の世直し一揆『室町無頼』

 2024年の下半期だったろうか、東映系列の劇場では『十一人の賊軍』と『室町無頼』の予告が続けて上映されていたせいで、それぞれの作品内容と上映時期が一向に頭に入らず、年末年始の多忙ゆえに前者を見逃してしまい、年を跨いだ2025年、忘れた頃に『室町無頼』の上映が始まった。白石和彌監督には本当に申し訳ないことをしてしまったが、入江悠監督最新作『室町無頼』は、何とか鑑賞する機会を得ることができた。そして今、本作を見逃さなかった幸運に、感謝している。

 寛正2年(1461年)、この国には大飢饉と疫病が蔓延していた。八万を超える死者、飢えのために若い娘は売られ、男は奴隷のように働かされている。そんな民草の事情を知ってもなお、幕府は税収の手を緩めようとはしなかった。そんな日本を風来坊のように渡り歩く蓮田兵衛はすだ ひょうえは、優れた兵法者としての一面があった。後に彼は、「寛正の土一揆」の首魁として幕府に楯突く重要人物なのだが、歴史書にはわずか一行の記載しか残されていないという。

 そんな彼の活躍を描いた垣根涼介の同名小説を、入江悠監督が映像化。東映時代劇の最新作にして、伝統の中に“今っぽさ”を織り交ぜた娯楽性の高い本作は、『侍タイムスリッパー』でジャンルへの興味が高まったタイミングに観る作品として、実によく馴染む。侍が現代にタイムスリップするという飛び道具を経て、大飢饉に見舞われた京の都を舞台とした大合戦は、多くの人々の並々ならぬ忍耐と、時間をかけた考証や理解によって成り立つものなのだと、感慨深くなってしまう。

 私自身は原作小説未読、蓮田兵衛なる人物のことは名前すら知らずに鑑賞したものの、充分に楽しめた。その理由の一つは、敵が明確であったことが挙げられる。何せ本作の打ち倒すべき相手とは、疫病が流行る世の中で民衆に重税を課す幕府と、高利貸しである。国の税収が過去最高、などとニュースで報じられている現在、この設定は皮肉が効きすぎている。生活を維持するために借金をして、返済が滞れば妻や娘が連れ去られ、あるいは死体処理の闇バイト。家無き者は餓死して骨と化し、道端を埋め尽くす。

 本作においては、幕府の大名は一人を除いて全員が責任を逃れ、民草から新しい税を課すばかりで、自分たちは富を蓄えている。そんな行政に対し、蓮田兵衛は貨幣社会の仕組みを見通し、「頭を使え」と弟子や周囲の浪人に話して回る。幕府に憤り、弱きを助ける義賊でありつつ、同時に強者に喰われないよう自分の頭で考えろと諭すヒーロー、かなり今っぽい。無敵の英雄ではなく金回りに長けた飄々とした男が、大泉洋演じる兵衛なのだ。

本作の企画が立ち上がったのは、原作が発売されてから間もない2017年頃。プロデューサーの須藤泰司は、“史上最高にかっこいい大泉洋”という口説き文句で大泉に主演を依頼し、同時に堤の起用も決まっていた。しかしその後、新型コロナウイルスによる感染症の拡大を受けて製作が延期。入江のスケジュールもあり、撮影は企画が動き出してから約7年越しに行われることとなった。

大泉洋が“史上最高にかっこいい”を体現した「室町無頼」京都での撮影に密着

 “史上最高にかっこいい大泉洋”のコンセプトの通り、今回の大泉洋は、積極的に笑いを取りに行くキャラクターではない。しかしそれでも、兵衛が村に立ち寄れば誰もが笑顔になり、一揆に立ち上がった者たちの士気は上がる。そして何より、本人が一番笑い、“おもしろき世”のために命を賭して闘う。間違いなく、大泉洋=蓮田兵衛はかっこいいし、誰だって彼の後ろについていきたくなるカリスマ性を有している。

 それを補強するのが、長尾謙杜くん演じる才蔵の存在である。棒術には長けているが我武者羅に相手に楯突くしか能のない彼は、兵衛の後ろ姿を見て憧れ、彼のようになりたいと頭を下げる。その結果、彼は一年間のベスト・キッド式修行に送られるのだが、度胸と謙虚さでぐんぐん成長し、一人前の兵法者への道を駆け上がっていく。アイドルグループ「なにわ男子」のメンバーでもある彼が、肌も歯も小汚く真っ黒にして、その身体を泥だらけにしながら体当たりで才蔵を宿していくうちに、いつしか観客も感情移入していく。何者でも無かったはずの少年が、いつしか「才蔵」の名を頼って人が集まるようになっていく、その様が嬉しい。

 また、兵衛の悪友にして今は道を違え幕府側に就く骨皮道賢役に、堤真一。ドスの効いた低音ボイスと大きな身体で迫る圧倒的な存在感は、腰抜けの大名なんかよりもずっと強大で恐ろしい。しかし彼は、兵衛の世渡りの才能や無頼としての生き様を誰よりも知り、間近で見てきた男。そんな兵衛と道賢の、運命さえ違えば並び立って闘っていたかもしれない、と思わせるいくつかの描写が、本作に少しだけ湿っぽさを足す。その際の堤真一の演技たるや素晴らしく、一気に涙腺が緩んでしまうほど。

 舞台は整った!と言わんばかりに、クライマックスではついに一揆が始動。敵の意表を突く兵衛の奇策に、京の都を炎が包む映像としてのスペクタクル、虐げられてきた民衆の怒りが開放される様は、観ているこちらも気持ちがいい。実に応援上映向きな「歌」の要素もあり、その一方で一揆のために死んでいた者、家族を失った者の慟哭を挟むことで、戦をエンタメにし過ぎないバランス感覚も今どきの映画ならではの配慮だろうか。

 しかし本当の最終決戦は、兵衛一派VS道賢率いる足軽軍団。兵衛は二刀流で敵を切り裂き、才蔵は棒術で全てをぶっ飛ばす。ワンカットの流れるアクションは、リアルとハッタリを織り交ぜながら、劇伴と共に観客の感情をドライブさせていく。虐げられ殺された名もなき村娘の敵討ちを、あるアイテムを用いて成し遂げるなど、勘所を外さないところも嬉しい。

 師弟モノ、義賊モノ、男性同士の友情など、映画ファンの大好物てんこ盛りで挑む、世直し大合戦時代劇。その土台には大泉洋の“笑わせ”を封じた笑顔の演技があり、蓮田兵衛なる人物をこの上なく魅力的に仕立て上げた氏の芸達者ぶりが、『室町無頼』というヒーロー物語を成立させたと言い切っても過言ではないだろう。熱く血が滾る大活劇を、ぜひ劇場で。

いいなと思ったら応援しよう!

ツナ缶食べたい
いただいたサポートは全てエンタメ投資に使わせていただいております。

この記事が参加している募集