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ビデオゲームであることが感情をドライブさせる傑作ワイヤーアクション『SANABI』

 おれはアクションゲームを愛しているが、決してゲームは上手くはない。買ったはいいもののエンディングまで辿り着けなかったタイトルは両の指では足らないし、今後も増えていくだろう。

 もう一つネガティブなことを言うのなら、おれは自分が好きなゲームを発掘するアンテナがとにかく貧弱だ。タイトルやあらすじ、動画やスクリーンショットから、自分に刺さるであろうタイトルを見つけることが、どうにも苦手らしい。今回紹介するタイトルも、日ごろお世話になっているゲーマーから名指しで教わるまで、ありがちなインディーゲームの一本だと侮っていた。百聞は一見に如かずが最も似合うメディアであるところのビデオゲームに対して、なんとも失礼な態度である。

 反省し、自戒を込めて話をしよう。今回取り上げる『SANABI』というゲームはここ数年間の内に遊んだタイトルの中でも指折りの傑作であり、同時にその素晴らしさを語りきれるだけの語彙は、どうやら私の中には備わっていないらしい、ということを。

 本作がどんなゲームであるか、の前にまず“見た目”の話をさせてほしい。本作はドットグラフィックを前面に押し出した作品で、韓国メガサイバーパンク摩天楼や殺戮兵器が蠢く工場も、異様なまでの描き込みで表現されている。時に画面いっぱいに広がる背景図は、本作の世界に奥行きを与え、その作りこみに対してスクショボタンを押す手が止まらなくなる。

 その世界で生きるキャラクターたちは、静止画であれば背景ほど精密に作られていないような印象をぱっと見で受ける。が、彼らが真の力を発揮するのは「動き」だ。ドラマパートにおけるキャラクターは、本当に、とにかく、めちゃくちゃ動く。画素は荒いのに、動きのレパートリーや豊かさはディズニーアニメ級、なのである。

 寡黙な軍人である主人公はそれゆえに大々的な動きには乏しいが、こと「少女」に関しては、とにかく動き回る。身体全体を使った感情表現のバリエーションが多彩で、硬質な世界観の中でも緩急とユーモアを味わわせてくれるのは、この動きあってこそ。ジャパニーズナードな例えになるが、『シャニマス』の冬優子がマスクを外すモーションに驚いた経験がある諸氏であれば、「それよりも凄いのがずっと続く」と言えば伝わるかもしれない。

 一方の“遊び”の部分について。本作はグラップリングをメインとするプラットフォーム足場渡りアクションであり、移動から戦闘、ボス戦に至るまでをワイヤーアクションに集約させた一作である。移動とジャンプを除けば、残る操作はワイヤーフックのみであり、能動的な攻撃手段にあたる飛鳥文化アタック体当たりを習得するのはゲーム後半ということも相まって、プレイヤーは幾度となく落下死を繰り返しながら、操作感をその身体に馴染ませてゆく。

 主人公はワイヤーを壁や天井に突き刺し、スパイダーマンの如くスイングすることで高速移動を可能とする。本作は徹頭徹尾“これ”のゲームであり、しかし用意されたシチュエーションが豊富であるため、飽きさせない。振り子のように動き慣性を利用しての大跳躍の快楽、ターザンのように空を駆け抜け、トラップをひらりと回避する全能感。チャプターが進むにつれ仕掛けも増え、新たなテクニックを要求されることになるものの、基本はワイヤーを用いた「引っ掛ける」「飛ぶ」「張り付く」の反復と応用であるため、繰り返すほどに自然とプレイが洗練されてゆく。上達を実感しやすいゲームは、実にいいゲームだ。

 以前、アクションの“手触り”についてお気持ちを書いたこともあったが、本作はその点もピカイチだ。入力からアクションへのレスポンスは軽妙で、自機の動くスピードも速く、ゲームスピード全体の速さは爽快感に直結する。ワイヤーを射出するSEは重厚感を、敵を攻撃する際のヒットストップと残像がその簡単操作には相応しくないほどの達成感を与えてくれ、病みつきになってしまう。以降の文章と矛盾するかもしれないが、道中挟まれるドラマパートによりぶつ切りになってしまうことのストレスを時には感じる程に、本作のグラップリングアクションの完成度は素晴らしく、中毒性のあるものであった。

 ところで、見過ごせない悪い部分についても、書いておくべきだろう。日本版ならではの難点として、台詞の翻訳の精度が低いことは、せっかくの素晴らしい物語への没入を削ぐ、早急に改善をお願いしたい点である。具体的には、同じキャラでも口調や一人称が場面ごとにバラバラなこと、ちょっとした文法の違和感などが、こと中盤においては壊滅的なレベルにまで落ち込んでしまう。

 じゃあオプションで言語を英語に変えてみよう!と意気込んでみると、今度は「台詞ウィンドウが異様に小さい」という問題がせり上がってくる。一体何を思ってのことなのか、本作の吹き出しはやけにサイズが小さくて、プレイヤーの視力によっては視認が困難になることも考えられるレベル。英語の台詞を脳内で翻訳することにリソースを割きたくとも、そもそもアルファベットが判別できない……なんてことに陥り、結局日本語に戻してしまった。戻したとて、そもそもウィンドウのサイズは小さいままなのだけれど。

 また、本作は不思議なことに、難易度曲線が歪なのだ。本作はオプションに難易度設定が用意されており、イージーならダメージを無効化することも出来るため、ごり押しでの突破を容認する懐を持ち合わせている。だがしかし、チャプター3「工場」は時間制限が追加される局面が多々あり、しかもその制限時間が無駄なプレイを許さない程に厳しく、そして「長い」ことが高難易度化に拍車をかけている。失敗にめげずプレイし続ける忍耐力が大事なのは当然として、常に「精度」を求められるこのステージは、難易度設定が救済足りえない唯一の難所に仕上がっている。

 そしてこれは私にとっては朗報であり、コアゲーマーにとっては悲報なのだが、この工場ステージが本作における難所の頂点であり、以降はジェットコースターのようにその難易度は急落していく。このことをどう捉えるかは各々のアクションゲーム経験値に左右されるだろうが、ある人は手詰まりを起こし、またある人は盛り下がりを感じかねない、この歪な難易度曲線ゆえに万人に安心して薦められる一作に数えきれなかったことは、実に実に惜しいことだと思わずにはいられないのである。

ゲームに関しては、そう。

 すでにユーザーから(翻訳以外は)高評価を集めまくっている本作のもう一つの魅力的なポイントが、動きまくるドットのキャラクターが織りなす、そのストーリーにある。

 主人公は、“将軍”の階級を得て今は引退した元軍人。彼は退役後、家族と平和な暮らしを営んでいたが、ある日その幸せは理不尽な暴力によって奪われてしまう。喪失感に苛まれる彼は、全てを奪った宿敵の唯一の手がかり「サンナビ(SANABI)」という名前を頼りに、軍に復帰。復讐を誓う主人公は、サンナビが潜伏しているという「マゴ特別市」へと向かう。

 大企業「マゴグループ」が牛耳るマゴ特別市は、今は人一人いないゴーストタウンと化していた。その街に先に調査隊として派遣されていた部隊の唯一の生き残りの少女マリと合流した主人公は、この街そのものがマゴが施した機械によって自殺を企てていることを知る。

 巨大企業・マゴグループは何を画策しているのか。サンナビとは一体何なのか。アクションパートの合間に挟まれるドラマパートでは、謎を追いサイバーパンク都市を訪れた主人公が、マリという少女と共にその謎を追っていく過程が描かれる。と同時に、主人公が愛する者を失った苦悩に苛まれ、復讐心をたぎらせる様子も描かれてゆく。

 ところが、「家族を奪われた元軍人の復讐劇」として始まった物語は、思わぬ方向へと転換してゆく。サイバーパンクな世界観と、300万人の人間が忽然と消えた韓国の大都市という大きな謎の前に、プレイヤーは幾度となく目にした主人公への“気づき”のことを忘れてしまうのだが、そのことがとある場面で一気に牙を剥く。SF小説界の巨匠、フィリップ・K・ディックの作品の特徴として自分が認知している現実の崩壊やアイデンティティの脆さが挙げられるが、本作もそこを突いてくる。この身体は、この意思は、一体「誰のものなのか」という不安。

 復讐を遂げるためにサンナビを追う主人公と、ゲームをクリアするためにトライ&エラーを繰り返すプレイヤー。その思いによって駆動する物語はしかし、中盤から生じるある疑念によってその目的さえも揺らぎ、しかし真実が知りたくてゲームのプレイは止められない。そしてクライマックス、本作は「ビデオゲーム」であることを最大限に活かしたシチュエーションで、物語を最高潮までドライブさせる。

 ワイヤーは壁や敵に引っ掛けるものであるが、見方を変えればこれは「繋ぐ」と言い換えられるだろう。物理的に隔たれた距離を埋めるべく、一心不乱にとある階層を登るシークエンス、主人公とプレイヤーの動機が「辿り着く」ことただ一つに定まりシンクロすることで、最高のカタルシスが脳内回路を焼き尽くさんとばかりにアツく滾る。この時確かに、プレイヤーは主人公と一体になり、物語は終幕へと動き出すのだ。

 これ以上のストーリーへの言及は避けるべきであり、出来ることなら(その歪な難易度に苦戦しながらも)ご自身でその結末を確かめてほしい。ハッキリと言い切ってしまえば、本作はネタバレ厳禁であり、冒頭もどこまで開示すべきかを迷っていることは、既プレイ者ならここまでを読んで気づいたかもしれない。そして、まだ本作に触れていない幸運な方は、今すぐこのゲームを遊んでみてほしい。

 繰り返すが、『SANABI』は完璧なゲームではなく、日本版であればより不備が目立つ作りになっているのは確かだ。だが、本作が与えてくれるゲーム体験と、プレイヤーが受ける衝撃であり恐ろしさであり愛情は、間違いなく本物であり、それはビデオゲームというメディアを活かしたものであるからこそ、より感動を増すものである。エンディングを迎えた達成感は尋常ではなく、『SANABI』の意味を知った時の涙の理由を、どうかあなたにも味わってほしい。

 お願いだから、『SANABI』をプレイしてくれ。おれから言えるのは、もうこれだけだ。

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