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読書感想文『霧尾ファンクラブ』

 年末のセールで大人買い(全6巻)した『霧尾ファンクラブ』を、読んだ。まだまだ彼女たちの青春を眺める壁であり続けたい気持ちと、綺麗に完結した物語を見届けられた喜びで、ぐちゃぐちゃになっている。

女子高生・三好藍美みよしあいみ染谷波そめたになみ。二人の間で話題にのぼるのは、いつだって同じクラスの「霧尾きりおくん」のこと。友人でありライバルでもある二人の日常を描く、ラブまではまだたどり着けそうにない一方通行ラブコメディー。

https://comic.j-nbooks.jp/series/1348361337c82

 恋は盲目と言うけれど、ここまで様子がおかしくなってしまうのかと思うほどに、藍美と波は常に暴走特急だ。霧尾くんの臓器が愛おしい、体臭を再現したい、彼の身体に住まう花粉になりたいなど、彼女たちの妄想にブレーキなど存在しない。ここで挙げた例はまだ優しい方で、小学生が好むような程度の低い下ネタですら、彼女たちにとっては霧尾くんへの愛おしさを加熱させる議論の対象となり得る。そんな“ない話”を延々と展開する二人の放課後の風景を神の視点から愛でるのが、『霧尾ファンクラブ』という物語のスタートになる。

 しかし本作が面白いのは、単行本の最後の話数などで、彼ら彼女らのシリアスな心情が少しずつ明かされていくところにある。徹頭徹尾ボケ倒すかと思いきや、藍美も波も霧尾くんも、学校での姿と一人でいる時ではまったく違う顔をして、違う感情を秘めた人間であることが描かれている。この緩急が絶妙で、笑い一辺倒の作品と思わせて急に湿度を増す展開が挟まれる、実はスリリングな作品なのだ。

 延々と続くかと思っていた藍美と波の「霧尾くん駄話」は、言ってしまえばずっと片思いでいつづけられるセーフティのようなもので、それを踏まえての“ファンクラブ”なのか、両想いにならないところが重要なのかと序盤は思っていた。ところが、藍美と波の想いは膨れ上がる一方で、彼女らが後ろめたく思っている「嘘」のメッキが剥がれ、「推し」の言葉からはみ出しかねない特大の感情が次第に明らかになっていく。その感情の向いている方向、矢印こそが大ネタで、クライマックスでそれが一気に弾ける、終盤の畳みかけが思わぬ感動を生じさせる。

 これまで積み重ねてきた放課後の駄話も、思いがけず形成された人間関係も、振り絞ったなけなしの勇気も、すべてが無駄じゃなかった。それを象徴するように、とある“曲”がある登場人物の蓋をした気持ちをこじ開ける、圧巻の二文字が相応しいクライマックス。それと同時に、『霧尾ファンクラブ』の名付け親と、その言葉の意味を知る時、心の中では大横転である。まさか、そんなに思い詰めていたのか、と。すべての真相を知って1話から読み返すと、また別のストーリーが浮かび上がる。そんな構図もあり、6巻というコンパクトに完結したことも喜ばしく感じてしまう。何度も何度も噛み締めたくなる、青春の風景がここにはある。

 好きな人には笑っていてほしい、という、よくよく考えてみれば身勝手な願望が、全員を幸せにする奇跡を生むこともある……かもしれない。光陰矢の如く過ぎ去っていく青春の中で、たった三年間しかない時間を一緒に過ごした「友達」の存在は、この物語の中で生きる彼ら彼女らにとっては何よりも大きいものであっただろう。そんな人と巡り会えた幸運を胸に、学び舎を去っていく若者たちの笑顔は、とてもとても眩しいものだった。

 なお、『霧尾ファンクラブ』はドラマ&アニメ化の企画が進行中とのこと。アニメはともかく、一切顔を明かさない霧尾くんを、実写の映像でどのように処理するのか。何はともあれ楽しみでしかない。

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