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美味しい本に惹かれる

いつからだろうか、本屋に足を運ぶといつのまにか美味しいごはんが出てくる本ばかりを手に取っている。

おいしいご飯。おいしい酒。
そんな帯の謳い文句を見ると、中身をろくに確認することもなくレジに運んでしまうのだ。
幸い私の直感で選ばれた本たちはたいてい"当たり"の作品で、昼夜問わず私の食欲をかき立ててくるのだが、その中でも最近のお気に入り作家が「原田ひ香」である。

最初に申し上げておくと、私は別に原田ひ香作品を買い集めているわけではない。
何も考えることなく、ただ食欲に任せて本屋で買い物をした結果、帰ってびっくり「また原田ひ香だ!」となるわけである。

私はそんなに物欲がある方ではなく、服もコスメも非常にクヨクヨしながら購入するし、その日食べるおやつを探すためにスーパーで10分〜20分溶かす人間だが、本となると話が変わってくる。

表紙とあらすじだけをざっと確認して、「これだ!」と思うと迷わず購入してしまうのだ。もうすでに未来の私の家が、本で溢れた実家と同じ景色になることが目に見えている。
ともかく、私は原田ひ香の作品を集めているのではなく、彼女の作品が私のもとに「集まって」くるのだ。

私は今年度42冊の本を読んだらしいのだが、原田ひ香の『口福のレシピ』はその中でも特に印象に残っている作品である。
料理研究家の主人公がとあるレシピを通じて、昭和を生きた料理好きの女性と繋がっていく物語なのだが、とにかくおいしいご飯がこれでもか!というほど登場する。
おいしそうな描写が登場するたびに、「冷蔵庫にあの食材はあっただろうか」「明日のご飯はこれにしよう」と思いを巡らせてしまうし、実際作中に登場する「ホタルイカとたけのこのなめろう」に感化されて、数日後には「たけのこの水煮」を購入してしまった。

私はこれまで原田ひ香は人物やごはんの描写が得意であるのに対し、物語の展開はわりとあっさりしているという印象を抱いていたのだが、本作はストーリーも非常に巧妙で面白い。
2つの時代が1つのレシピを通じて交錯する様子を「人」と「ごはん」にフォーカスをおきながら描かれており、中心となる2人の女性に次々と立ちはだかる障壁に終止ハラハラさせられる。
個人的には、無理やりハッピーエンドにもっていかないあたりも非常にポイントが高いと感じた。

今年度は美味しい本に惹かれると同時に、本を通じて人とつながった年でもあったと感じる。
まず印象に残っているのは、サークルの友人たちと行った読書会の課題本である大前粟生の『きみだからさびしい』。
本作は、好きになった女性から、双方公認で複数のパートナーと関係を持つライフスタイルである「ポリアモリー」であると打ち明けられる男性の物語である。
私は登場人物の誰にも感情移入することができなかったものの、丁寧な心情描写により彼らのことを「理解」することはできたし、何より読書会を通じて友人たちと普段とは違う角度から「恋愛」や「人間関係」について語ることができて非常に楽しかった。

そして、ボランティア先の小学生からおすすめしてもらった沢村 凜の『千年の時をこえて』も印象的な1冊である。
正直最初は「子どもの本だからな…」と読むのを渋っていたものの、小学生である主人公の心情が「綺麗にされすぎずに」描写されていたところから、物語にぐっと引き込まれた。
このお話を教えてくれた子は、私より干支一回りほども若いものの、聡明で、優しくて、気づけば大切な友人になっていた。
だから、引っ越すと聞いた時には本当に悲しかった。
大人のふりして我慢したけれど、お別れの時、涙がこぼれそうだったよ。
もらったお手紙や教えてくれた本を見るたびに、また彼女のことを思い出してしまう。

最後は、今年度の全てを捧げたといっても過言ではない、スウェーデンの作家アニカ・トールの『ステフィとネッリの物語』シリーズについて書きたいと思う。
本作は、私の卒論の題材となった本で、第二次世界大戦下にウィーンからスウェーデンに逃れてきたユダヤ人姉妹を描いた物語である。
作品への愛は卒論に書ききったので、もう文字として残したいことはあまりないのだが、口頭諮問のときのことを、ここに残しておこうと思う。

あの日、恩師の部屋に呼ばれた私は、「あなたが個人的にこの作品を紹介するとしたら、どのような点をおすすめしますか。」と尋ねられた。
私は、恩師が「研究に用いた手法は?」とか「卒論での反省点は?」といったくだらない質問ではなく、文学への愛に溢れる質問をしてくださったことに感激した。

そして、大好きな主人公のステフィについて語った。
母語も祖国も両親も奪われたステフィがスウェーデンで強く生きる姿が美しいと思ったこと。4歳年下の妹を気にかける気持ちに深く共感したこと。
いつも「正しい」わけではないステフィが大好きなこと。

「戦争文学」や「児童文学」といった枠を越えて、何よりも主人公が美しく、魅力的な人物であることが、この作品の何よりの魅力であると私は告げて、2年間の文学研究に幕を下ろした。


今年度は大学生活の中でも特にたくさんの本に出会うことができた1年であったと感じている。
また来年度も多くの本に出会うことができたら嬉しい、そう思いながらもきっと私は、また美味しい本ばかりを手に取ってしまうのだろう。




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