たまたま交差しただけのふたり(ショートショート)【音声と文章】
山田ゆり
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※note毎日連続投稿1616日をコミット中! 1609日目(4年余り)
※聴くだけ・読むだけ・聴きながら読む、
どちらでも短時間で楽しめます。
おはようございます。
山田ゆりです。
今回は
たまたま交差しただけのふたり(ショートショート)
をお伝えいたします。
休憩室のドアがカチャリと音を立てた。
その控えめな音で奥様が中を伺っているのが感じられる。
息をしてはいけないような気がして、数秒間、のり子は息を止めていた。
となりの京子も動かない。きっと同じ気持ちかも知れない。
奥様がじっとこちらを見ている空気はどんどん薄くなっていくようで、息苦しさを感じた。
やがてカチャリとまた音がしてドアが閉まった。
ここも潮時だな。
のり子はそう感じた。
昨日のことを思い出した。
昨日、仕事を開始してまもなく、部長のAさんが会社にお見えになった。
いつもは現場に直行で、会社にいらっしゃるのは夕方が常だったから、朝から本社にいらっしゃるのは珍しい事だ。
「俺は社長のいうとおりにしただけだ。
それなのになんで俺だけが罪に問われるんだ!」
ものすごい剣幕で入り口に一番近いのり子に向かって部長がおっしゃった。
のり子は何のことか全く見当がつかなかった。
部長の頭には沸騰したやかんのふたが、ガタガタ揺れているのが見えるようだった。
「まぁまぁまぁ、Aさん、落ち着いて。中に入ってお茶でもどう?」
着ている事務服のボタンがはち切れそうな奥様がAさんに向かって話した。
「お前たちはみんなして俺だけを悪者にしようとしているんだろう。その手には乗らない!」
いうだけ言って部長は出ていかれた。
同じ頃に入社した京子からメモを渡された。今のことについて聞きもしないのにこっそり教えてくれた。
どうやら会社が産業廃棄物を山に捨てたらしい。そしてそれが県に見つかり、その実行者がAさんということになったそうだ。
いつも地元の新聞は一定の場所に置いてあるのに今朝は置いていないからどうしたのかなとのり子は思っていたが、どうやら第一面にでかでかと載っているらしい。
きっと奥様が気を利かして寄せたのだろう。
この会社、やっぱり辞めよう
のり子はそう決意した。
今回の産廃の件以前に、この会社は自分には合わないと感じていた。
一番の理由は、家から遠い事。
のり子は郊外に住んでいるが、のり子がこの会社まで来るのに、街中を通り抜け反対側の郊外にこの会社がある。
だから車で40分もかかる。
しかも朝8時始業だから7時には家を出なければいけなかった。
雪が積もる冬には更に早い時間になる。
まだ保育園児の子どもたちを起こして着替えさせ、ご飯を食べさせて歯磨きの仕上げ磨きをしてあげて、後は行くだけの状態にして夫に託す。
夫はのり子より1時間後に自分の身支度をして子どもたちを保育園に預けて会社に向かっていた。
就職難のこの時期、贅沢は言ってられないと思って何とか我慢してきたが、やはり、せめてあと30分遅く家を出られたらいいなと思い始めていた。
でも、せっかく入った会社だ。地元でも有名な老舗で、親戚の集まりがあった時、勤務先を聞かれお答えしたら「いいところにお勤めですね」と言われ、まんざらでもなかった。
給料は安いが、でも、承認欲求は満たされていた。
しかし、産廃の違反に寄り、会社は臆の単位の罰金を払うことになった。
のり子は退職願を書き、奥様に「お話があるのですが」と声を掛けた。
奥様は休憩室にのり子を促し、話を聞いた。
のり子はあくまで自分の都合で辞めたいと貫き通した。
子どもたちがまだ小さくて、朝、早い時間に出てくるのは、やってみてとても大変だと分かったので、辞めさせてほしいと告げた。
「辞めてほしいのはあなたじゃないのよ。」
奥様はのり子を引き留めた。
しかし、のり子の決心は固かった。
30分位して、のり子の退職願はやっと奥様に受け取っていただけた。
休憩室から戻ってきたら、京子が神妙な顔をして奥様に声をかけ、二人は休憩室へと消えた。
そうか、京子も辞めようと思っていたのか。
一度に二人も辞めるなんてことになったら、奥様、困るだろうなぁ。
そんなことを考えていたら、5分もしないで京子は戻ってきた。
何か機嫌が良くない。
「どうしたの?何かあったの?」
「うん、退職したいと話たら、すぐに理由も聞かずに退職願を受け取られた。全然引き留められなくって、頭にきた。」
そうか、奥様はそう考えていたのかとのり子は思った。
そして二人は同時期に会社を辞めた。
その後その会社は廃業した。
地元でも指折りの建設会社だったのに。
ある日、街中で偶然、京子に出会った。
京子は大きな目を更に大きくしてのり子に嬉しそうに話しかけてきた。
「私、今、職業訓練でPCを習っているの。
のり子さんが画面を見ないで入力している姿に憧れて、私もそうなりたいって思ったから。ブラインドタッチ、やっとできるようになったのよ。」
京子はPCを入力する格好をしながら嬉しそうに話していた。
良かった。
彼女は新しい目標を持って生きている。
のり子はあの後すぐに清掃会社の事務に就いていた。
長い人生の途中で、たまたま交差した二人。
そしてまた、それぞれ、別の方向に向かって歩き出した。
お互い頑張ろうね。
今回は
たまたま交差しただけのふたり(ショートショート)
をお伝えいたしました。
本日も、最後までお聴きくださり
ありがとうございました。
ちょっとした勇気が世界を変えます。
今日も素敵な一日をお過ごし下さい。
山田ゆりでした。
◆◆ アファメーション ◆◆
.。*゚+.*.。.。*゚+.*.。.。*゚+.*.。
私は愛されています
大きな愛で包まれています
失敗しても
ご迷惑をおかけしても
どんな時でも
愛されています
.。*゚+.*.。.。*゚+.*.。゚+..。*゚+
※聴くだけ・読むだけ・聴きながら読む、
どちらでも短時間で楽しめます。
おはようございます。
山田ゆりです。
今回は
たまたま交差しただけのふたり(ショートショート)
をお伝えいたします。
休憩室のドアがカチャリと音を立てた。
その控えめな音で奥様が中を伺っているのが感じられる。
息をしてはいけないような気がして、数秒間、のり子は息を止めていた。
となりの京子も動かない。きっと同じ気持ちかも知れない。
奥様がじっとこちらを見ている空気はどんどん薄くなっていくようで、息苦しさを感じた。
やがてカチャリとまた音がしてドアが閉まった。
ここも潮時だな。
のり子はそう感じた。
昨日のことを思い出した。
昨日、仕事を開始してまもなく、部長のAさんが会社にお見えになった。
いつもは現場に直行で、会社にいらっしゃるのは夕方が常だったから、朝から本社にいらっしゃるのは珍しい事だ。
「俺は社長のいうとおりにしただけだ。
それなのになんで俺だけが罪に問われるんだ!」
ものすごい剣幕で入り口に一番近いのり子に向かって部長がおっしゃった。
のり子は何のことか全く見当がつかなかった。
部長の頭には沸騰したやかんのふたが、ガタガタ揺れているのが見えるようだった。
「まぁまぁまぁ、Aさん、落ち着いて。中に入ってお茶でもどう?」
着ている事務服のボタンがはち切れそうな奥様がAさんに向かって話した。
「お前たちはみんなして俺だけを悪者にしようとしているんだろう。その手には乗らない!」
いうだけ言って部長は出ていかれた。
同じ頃に入社した京子からメモを渡された。今のことについて聞きもしないのにこっそり教えてくれた。
どうやら会社が産業廃棄物を山に捨てたらしい。そしてそれが県に見つかり、その実行者がAさんということになったそうだ。
いつも地元の新聞は一定の場所に置いてあるのに今朝は置いていないからどうしたのかなとのり子は思っていたが、どうやら第一面にでかでかと載っているらしい。
きっと奥様が気を利かして寄せたのだろう。
この会社、やっぱり辞めよう
のり子はそう決意した。
今回の産廃の件以前に、この会社は自分には合わないと感じていた。
一番の理由は、家から遠い事。
のり子は郊外に住んでいるが、のり子がこの会社まで来るのに、街中を通り抜け反対側の郊外にこの会社がある。
だから車で40分もかかる。
しかも朝8時始業だから7時には家を出なければいけなかった。
雪が積もる冬には更に早い時間になる。
まだ保育園児の子どもたちを起こして着替えさせ、ご飯を食べさせて歯磨きの仕上げ磨きをしてあげて、後は行くだけの状態にして夫に託す。
夫はのり子より1時間後に自分の身支度をして子どもたちを保育園に預けて会社に向かっていた。
就職難のこの時期、贅沢は言ってられないと思って何とか我慢してきたが、やはり、せめてあと30分遅く家を出られたらいいなと思い始めていた。
でも、せっかく入った会社だ。地元でも有名な老舗で、親戚の集まりがあった時、勤務先を聞かれお答えしたら「いいところにお勤めですね」と言われ、まんざらでもなかった。
給料は安いが、でも、承認欲求は満たされていた。
しかし、産廃の違反に寄り、会社は臆の単位の罰金を払うことになった。
のり子は退職願を書き、奥様に「お話があるのですが」と声を掛けた。
奥様は休憩室にのり子を促し、話を聞いた。
のり子はあくまで自分の都合で辞めたいと貫き通した。
子どもたちがまだ小さくて、朝、早い時間に出てくるのは、やってみてとても大変だと分かったので、辞めさせてほしいと告げた。
「辞めてほしいのはあなたじゃないのよ。」
奥様はのり子を引き留めた。
しかし、のり子の決心は固かった。
30分位して、のり子の退職願はやっと奥様に受け取っていただけた。
休憩室から戻ってきたら、京子が神妙な顔をして奥様に声をかけ、二人は休憩室へと消えた。
そうか、京子も辞めようと思っていたのか。
一度に二人も辞めるなんてことになったら、奥様、困るだろうなぁ。
そんなことを考えていたら、5分もしないで京子は戻ってきた。
何か機嫌が良くない。
「どうしたの?何かあったの?」
「うん、退職したいと話たら、すぐに理由も聞かずに退職願を受け取られた。全然引き留められなくって、頭にきた。」
そうか、奥様はそう考えていたのかとのり子は思った。
そして二人は同時期に会社を辞めた。
その後その会社は廃業した。
地元でも指折りの建設会社だったのに。
ある日、街中で偶然、京子に出会った。
京子は大きな目を更に大きくしてのり子に嬉しそうに話しかけてきた。
「私、今、職業訓練でPCを習っているの。
のり子さんが画面を見ないで入力している姿に憧れて、私もそうなりたいって思ったから。ブラインドタッチ、やっとできるようになったのよ。」
京子はPCを入力する格好をしながら嬉しそうに話していた。
良かった。
彼女は新しい目標を持って生きている。
のり子はあの後すぐに清掃会社の事務に就いていた。
長い人生の途中で、たまたま交差した二人。
そしてまた、それぞれ、別の方向に向かって歩き出した。
お互い頑張ろうね。
今回は
たまたま交差しただけのふたり(ショートショート)
をお伝えいたしました。
本日も、最後までお聴きくださり
ありがとうございました。
ちょっとした勇気が世界を変えます。
今日も素敵な一日をお過ごし下さい。
山田ゆりでした。
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