世界一の洞窟銀座~ベトナム ホンニャ・ケバン~「暗黒洞窟探検と純白おむすび」(前編)
プロローグ
つまらない大人になりたくなかった。
ワクワクすることが少なくなっていた。
人生の経験値が溜まってきていることもあるのかもしれない。
初めて見るもの、初めて体験することも減り、心から感動できることも出会えなくなった。
だから、旅に出ることにした。
若い頃のようなキラキラした目で物ごとをみることができる。
そんな自分に戻れるように。
2019年の夏。
ベトナムの世界遺産ホンニャ・ケバンにある暗闇洞窟と呼ばれる謎の洞窟。
そして、その洞窟の先でしか食べられない純白のおむすび探しへ。
1.一睡もできなかったベトナム統一鉄道
湿地帯の上を、古ぼけた蒸気機関車でも引いているかのように、列車はゆっくりと這い進んでいった。赤紫色の夜空は、いつの間にかどこかに消え、黄金色の朝焼けが列車の窓を覆いつくしている。
ああ、一睡もできなかったのか。
ベトナム中部にある中核都市ダナンから、ベトナム統一鉄道の寝台列車に乗車したのは、前日の22時のことだった。
1か月も前からベトナム統一鉄道のホームページを翻訳しながら苦労して取った切符だ。ベトナムのローカル線、それも夜行列車なんて、考えただけでワクワクした。異国の夜空の下、揺れる列車の中で、本を読んだり、窓の外の景色を眺めたり、そんな優雅な時間を過ごしていく。そんなシミュレーションを自分の頭の中で何回も何回も繰り返してきた。
それなのに・・・
現実は全く違った。
予約していた個室のカーテンを開けたとき、目に飛び込んできたのは見知らぬベトナム人のおばさんが勝手に寝ている光景だった。予約したベッドに堂々と横たわる彼女、その姿はまるで私の陣地だと主張するかのように見えた。
無情にも、個室に用意されているはずのミネラルウォーターはすでに飲まれ、スナック菓子も封が開けられていた。切符と個室のナンバーを確認するが、間違いなく自分の予約したベッドだ。
どうしよう。
車掌さんを探そうとしたが、この長い列車編成の中でどこにいるのか見当もつかない。語学が苦手な自分には、この状況をちゃんと伝えられる自信がない。ましてや深夜だ。周りの個室はすべて閉まっており、人の姿が見えない。
こうなれば、このおばさんにどいてもらうしかない。意を決して、おばさんの肩をたたいた。
「起きてください」
「どいてください」
ほぼ日本語で話しかける。すると、おばさんはうっすらと目を開けた。
「ここは自分の席なんです」
このおばさんは確信犯だ。悪びれる様子もなく、面倒くさそうにのっそりと起き上がり、そのまま個室を出ていく。おそらく、チケットを持っている人が来るまで寝てやろうと思っていたのだろう。
異国の地の深夜列車。
これから日本では食べられない幻のおむすびを探しに行こうとしているのに、完全に出鼻をくじかれた感じだ。
次の日は朝早くから洞窟に向かう予定なので、体力を少しでも回復しておかなければならない。荒らされたベッドに新しい毛布を二重に敷き直して横になる。早く眠りにつかないと。
しかし、こういう時に限って人は眠れないものだ。結局、ボーっと窓を眺めていただけで6時間が経ってしまった。
窓の外に広がる湿地帯。
夜明けの光がまるで金色の絨毯のように地平線を染めている。目を閉じると、その光景が瞼の裏に焼きついて離れない。聴こえるのは列車のリズミカルな音だけ。その音が眠りの精を呼び寄せるように感じながらも、結局眠れずに朝を迎えた。
2.解放されたドンホイの朝
南北に細長く伸びるベトナム、その全貌を一気に結ぶベトナム鉄道。ベトナム政府が100%出資する会社が運営しているため、実質的に国鉄と言ってもいい。日本の鉄道と比べると、駅も列車も駅員さんたちも、どこかのんびりとしていて、せかせかした感じがまるでない。時の流れが緩やかに感じられるその雰囲気は、まるで違う世界に迷い込んだかのようだ。
列車は一言で言えばレトロだ。洒落たレトロではなく、懐かしさを感じさせる昔ながらのレトロ。乗り心地は率直に言って良くない。車体の古さか線路のつなぎ目の問題かわからないが、時折ガタガタと揺れる。このガタガタ音は、神経質な人なら確実に目を覚ますだろう。
さらに厄介なのは車内に取り付けられているスピーカーだ。年季が入っているため、駅に着く前の車掌さんのアナウンスがほとんど聞き取れない。ガーガーピーピー、モニョモニョと、何度聞いても英語なのか現地の言葉なのか全くわからない。
乗っていたのは寝台列車だが、深夜でも途中駅で止まることがある。その停車時間がバラバラなのがまた不思議だ。10分くらいで発車することもあれば、1時間近く止まっていることもある。荷物の積み下ろしをしているのかと思い、窓の外からホームを覗いてみたが、動いている人は見当たらない。まるで列車自体が一瞬時を止めているかのようだった。
本来、ダナン駅を21時に出発する予定だったが、列車の到着が1時間ほど遅れ、22時過ぎの出発となった。目的地のドンホイ駅に予定通り着くのか、それとも遅れて到着するのか不安が募る。予定では翌朝の5時前に着くはずだが、1時間遅れで出発しているため、6時に着く可能性もある。車掌さんに聞きたくても、その姿は一度も見かけることはなかった。
周りに誰もいない深夜の列車。運行時間は不正確で、たまに止まる駅のホームには駅名も見当たらない。列車のアナウンスも全く聞き取れない。かなり困った状況だ。
朝の4時ごろ、借りていたポケットWiFiを使ってスマホの地図アプリを開いた。電波は途切れ途切れだが、列車のだいたいの位置はわかるようになった。学生の頃、沢木耕太郎の『深夜特急』に憧れて東南アジアを旅したときを思い出す。その時は『地球の歩き方』の本一冊が頼りだったが、時代は随分と進歩したものだ。
朝の6時過ぎたころだった。
ガーガーピーピー、モニョモニョと、またスピーカーが鳴りだした。スマホの地図アプリを見ると目的地のドンホイに近づいているようだった。ようやくドンホイ駅に着くようだ。ダナンでの1時間遅れは縮まることなく、そのままの遅れで進んだ。急いで荷物をまとめ、下車する準備をした。
ドンホイ駅のホームは驚くほど低く、ほとんど線路のレールと同じ高さだ。列車のタラップから、そのホームとも地面ともつかない場所にエイヤと飛び降りた。
むわっとした熱帯特有の湿気を含んだ空気が鼻孔を満たした。肺も驚いたのか、どう呼吸していいのか戸惑っているようだった。
スーッ、ハァーッと意識して深呼吸をした。やはり外の空気は気持ちがいい。こもったような油臭さとガーガーピーピーと鳴り響くスピーカーの音から解放され、8時間ぶりに解放された喜びを感じる朝だった。
3.世界一の洞窟銀座「ホンニャ・ケバン」
近年、世界中から注目を集めているベトナムの世界自然遺産ホンニャ・ケバン国立公園。4億年以上前に形成されたアジア最古のカルスト地帯と言われ、その広さは日本の佐渡ヶ島くらい。大小300もの鍾乳洞が発見され、その数は毎年増えている。まるで世界一の洞窟銀座といったところだ。
洞窟の一部は観光用に整備され、世界中から多くの人が訪れるスポットとなっている。しかし、アクセスはあまり良くない。ホーチミンやハノイなどの大都市から国有鉄道でドンホイまで行き、そこからバスに乗り換え、ラオス国境方面へと向かうのが一般的なルートになっている。
雑多な街から田園風景。そして険しい山道をバスは登っていく。
この風景の移ろいに、冒険心をくすぐられるようだった。
ホンニャ・ケバン国立公園の入り口には、その名を冠した大きな文字が掲げられている。それは、以前訪れたアメリカのハリウッドの巨大な看板を思い出させる。
青空と緑色の山々のコントラストが美しく、遠くからでもその存在感を放っている。
長い道のりを経てたどり着いた瞬間、ほっとした安心感と、これから始まる冒険への期待が胸に広がる。
未知の地に足を踏み入れるたびに、新たな発見と驚きが待っている。だから旅は面白い。
👉前編
👉中編
👉後編
※こちらの旅行記は、「1000日間で1000のおむすびを食す男」の中で、2019年8月~9月に書いた記事を元に、追記編集、再構成して書き上げたものになります。すべて実際に体験したことです。
※毎日、おむすびの食リポをしていますので、よろしければ読んでみてくださいね。↓
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