皐月
桜並木。花びらのアーチの中心で、翻るスカートの裾。
少女は駆けていく。
ぺたりと土に座り込み、落ちた花弁を小さな腕でかき集め、わあっと空に投げる。
舞い上がる花びらは、光を吸って、白く光って。
時間はゆっくりと、ゆっくりと流れて。
艶やかな少女の黒髪は花に塗れて。
笑っている。
桜の隙間から零れた光を、瞳で掬っている。
瞬きの度に、きらきらと。
は、と目を覚ませばカレンダーは5月。
5月6日。
新緑に呑まれ始めた庭から、小鳥がひそひそ話している。
春は後ろにいて、振り返れば、土に落ちた花びらが時折、風に攫われていくだけ。
少女の咲いた笑顔が、脳裏を撫でる。
一瞬。もう、顔も思い出せずに。
薄く張り付く肌着に、僅かに夏が染みている。
薫風が白いカーテンで遊ぶ。
その柔いふくらみに、少女の幻影を見る。
夏の予感がする。
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