残酷な被害者のように、少年よボウズになれ
炎上、それは、ネット社会における実に後味の悪いスイーツだ。多くのアカウントが首を突っ込むなか、当事者たちの振る舞いは、練習していない大舞台に突然立たされた、ピエロそのものの脚光を浴びる。
何やら秀岳館というサッカーの強豪高校で、コーチが生徒をぶん殴っている映像が撮影され、出回ることとなった次第だ。とはいえ、そこまでであれば、海外にもよくある「体罰告発系」の動画に過ぎない。
物語は、ここからだ
凍てついた顔で、「悪かったのは私たち、事実無根の誹謗中傷には反論します」と叫ぶ少年たち。不自然にユニフォームを着て整然と並び、「心からの訴え」をうたう彼らは、さながら卒業式のスピーチである。
彼らの説明によれば、コーチを怒らせたのは自分たちであり、そしてコーチが日常的に暴力を振るっているなどという誹謗中傷には迷惑しており、さらにチームに迷惑をかけたのは自分たちであり、故に謝罪するのだという。
面白いのは、ここからである。なんと監督が登場し、生徒を加害者であると糾弾、自身を「完全なる被害者」であるとした音声が流出したのだ。
「完全なる被害者」という最強の存在について
公正な社会には、加害者への処罰と、被害者の保護が不可欠である。故に、被害者の地位を巡る戦いの火蓋が切って落とされる。敏感で繊細な現代人にとって、加害行為はますますその激しさを増しており、いかに被害者であるわたしたちの保護が必要であるか、日夜論争が続いている。
この監督も、テレビの前では以下の通りだ。故に、彼は被害者となるのだ。「心にも無いことを謝罪させられた」こと程、被害者である証拠は存在しない。
このケースだけでは無い、何でも毎月3%のリーターンを確約し、卓越した投資家をうたう会社に、投資詐欺の嫌疑がもたらされているケースだ。ここでも、キャバ嬢に何千万円ものボトルをこれ見よがしに開けているインスタアカウントで、社長直々にお怒りのメッセージを掲載している。誹謗中傷という被害を受けたのだという。
見慣れた光景ではなかろうか、宇都宮線でタバコを吸っているのをとがめるという「大罪」を犯した高校生を、ボコボコにした男も、やはり正当防衛を主張しているのだ。
ここまで支離滅裂であれば、刑務所の中にしばらく閉じ込めておくことができるが、被害者を名乗るトレンドは、到底刑務所に収まらない大物も包み込んでいる。
隣国を大軍で侵略し、都市を大砲と爆撃で廃墟に変え、避難路に地雷を埋めるロシアは、まごうこと無き被害者である。その証拠に数多くの戦車や軍艦が失われてしまった。この報いは必ず晴らさねばならない。
なんと、残酷な被害者であろうか。しかしながら、ウクライナ軍もまた、被害者であるという立ち位置を、巧みに活用して善戦を重ねていることは、わたしたちが見習うべき事実といえる。
サッカー少年たちへ
残酷な被害者のように、きみたちよボウズとなろう
きっと先生は、君たちに「何が悪かったのか考えろ、携帯はしばらく没収だ」などと言い出すだろう。是非「おっしゃるとおりでございます、反省に反省を重ねて、全員で坊主になりました」と、しんみりした集合写真をアップロードして欲しい。残酷な被害者こそが、この世の勝者となることを、君たちがきっと体感できるだろうから。
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