未来を生み出す、虚業3.0
ブロックチェーン、メタバース、NFT。日々進歩を続けるIT業界には、新しい話題が事欠かない。こと、大学を出て以来、ほぼずっとこの関連業種に就いてきたわたしを含め、数多くの技術者や、ビジネスマンがこういった話題を追いかけていることであろう。
新しいものへの好奇心とともに、時代に取り残される恐怖と戦うわれわれIT戦士に、一冊の書籍が投入された。なんでも、Web3を活用する気鋭の実業家が、シンガポールの地より著した現代ITテクノロジーの最先端を解説した教科書なのだという。
その評判は、ひどいものだ。技術的説明に誤りがある点については、上の記事を参考にされたい。ここでは、何故この内容が、IT技術者たちの怒りをかき立てたのか、その考察を行いたい。
技術屋が嫌うモノー世界を変えようとするパワポ3.0
まず、尊敬される技術者について。どのような技術者が尊敬に値するか、それは一にも二にも、やはりモノを作り出せる人間である。ITであれば、ソフトウェアを開発し、人を驚かせる機能を提供できる人間であろう。
まったく尊敬されない人は、その逆である。つまりプログラムを書かせても思うようにいかず、インフラの管理には手こずり、納期も期日も守れない人を思い浮かべよう。この手の人間は、それなりに嫌われるが、そのうち他の部書に異動するか、そうでなければ別の道を転職でさがすので、軽蔑されこそすれ、憎まれるというのは稀であるといえる。
そう、尊敬の対義語は軽蔑であって、憎悪ではないのだ。
技術者が憎悪する種類の人間、それは決して仕事のできないエンジニアではない。それは、架空の現実を売り込み、技術以上に高い値段を付けさせる人間だ。
しかしながら、そのタイプの人間は無能であろうか?そんなことはない。大抵はよくできる営業マンであり、コンサルであり、ひょっとすると実業家かもしれない。
稀代の実業家、スティーブ・ジョブズには、「現実歪曲フィールド」と揶揄され、そして賞賛されるスキルがあったのだという。何でも、ほとんど動きもしないアプリケーションを、あたかもほとんど動くかのようにプレゼンを行い、ギリギリ出資を集めて会社が倒産する危機を救ったり、できもしないかに見えた技術的要求をエンジニアたちに突きつけ、あたかもできるかのような気分にさせたりするなどである。
できるかわからないが、できると確信させて突き進める力
人間、誰しもできないと思っている時より、できると確信している時の方が力が出せるものである。どこか途中で撤退が決まり、進めた作業が無駄なることが見えていようなプロジェクトに、全力投球して仕事に取り組む酔狂は、どれほどいるであろうか。
しかしながら、ジョブズほどの大実業家はともかく、ほとんどのビジネスマンは、彼ほど卓越した現実歪曲フィールドを展開できるわけでは無い。そして、ジョブズは死ぬまでに、彼に尽くした技術者たちへ、高給やストックオプションで報いたであろうが、そのような芸当が出来る人間は、大変少ないのだ。
出来もしない約束を、安請け合いする暗黒営業マン
技術者であれば、3秒で顔が引きつる約束を、いとも簡単に打ち出すことが出来る、サイコパスといっても過言では無い人間が、この世に存在する。そして、同種の人物を大勢のIT技術者たちが目撃しているところから察するに、相当な数が存在するようだ。
要するに、その営業マンはなにも歪曲しておらず、社内の技術者たちを困難に追いやってしまっただけ、である。まっとうな会社であれば、その営業マンが叱責されるであろう。(まっとうでない会社も、数多いようだ)
出来るかもしれない約束で、投資を集める実業家
ここからが、判断の難しいところである、パワポを納品して、顧客が納得すれば良いコンサルの延長線上に、彼らは存在する。ある人はクラウドファンディングで、ある人は親や親戚を言いくるめ、ある人はベンチャーキャピタルにプレゼンを展開する。その果てに手に入れた資本を下に、事業を開始するのだ。
当然ながら、事業において確実というモノは存在しない。出資された資本金を、別目的に使い込んだ、などどいうあからさまな過失はさておき、オフィスを構え、人を雇用し、最終的に顧客アカウントらしきものが大量発生していれば、その事業が破綻したことで、実業家としての信用をなくすかもしれないが、罪に問われることでは無いだろう。
詐欺師と、学者、そして3.0
理論上は出来るはずだ、という事業が、実際に社会に適応できないケースは数知れない。しかしながら、その理論が学術的に正当であれば、その提唱者が詐欺師と呼ばれることは無いだろう。むしろ、教授と呼ばれているに違いない。
口下手な実業家が集められる資本では、たとえその前提が正しくとも、大きなインパクトを与えることは出来ない。逆に、鮮やかなプレゼンを披露し、多額の資本を集めることができる実業家は、多少彼の技術的理解が間違っていたとしても、それなりに世の中を前進させる力となる。
「彼ら」の語彙を使って表現しよう。実業1.0の世界では、実業とは即ち収奪であった、王侯貴族(これまた武力による収奪と、秩序の維持で利益を得ている)から出資をつのり、ある人は海賊船を造り、ある人は植民地を切り開いた。実業2.0の世界では、もう少し平和である。大規模な設備を必要する産業を、信用ある実業家が、株式などの出資スキームを確立し、資本を集め、工場を建てた。そしてその恩恵は世に広く行き渡った。繊維から、製鉄、そして自動車に至るまで、その功績によって現代社会が動いていると言っても過言ではない。
そして、実業3.0の世界だ。これは、卓越したアイデアを持つ人物が、それなりに技能のある人間を敬服させ、そして世に無かったモノを生み出す企業である。Appleは(少なくともジョブズが生きていた頃は)まさしくそのような企業であったし、現在であれば、イーロン・マスク率いるテスラ・モーターズのような会社がそうであろう。
この本の著者が、残念であった点は、肝心の技術者を敬服させられなかった点である。よく本を読めば、彼の専門たる後半の暗号通貨周りは、それほどおかしいことを言っていなかったのだ。風呂敷は、広げるのであれば穴が空いていないことを確認しよう。
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