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映画『シカゴ7裁判』は謳う。私たちは、民主主義を諦めない。
【『シカゴ7裁判』/アーロン・ソーキン監督】
時は、「革命」の1968年。ベトナム戦争への派兵に反対する市民による抗議デモは、はじめは平和的に実施されるはずであった。しかし、警察との衝突をきっかけとして徐々に激化。暴動を煽った容疑で、各活動団体の首謀者とされる計7名の男(通称:シカゴ・セブン)が起訴される。
今作は、そのセンセーショナルにして不条理な裁判を描いたスリリングな法定劇であり、そして何より、アメリカ史に深く刻まれた「実話に基づいた物語」でもある。僕はこの言葉には、2つの意味合いがあると思っている。
1つは、まさに文字通り、史実をもとにして脚本が執筆されていること。つまり、この映画で描かれたことに限りなく近い事象が、約半世紀前に実際に起きていたのだ。アメリカ史を学んだことのない多くの人は、まず、その衝撃的な事実に圧倒されるだろう。
もう1つが、実話に基づいているとはいえ、あくまでもフィクションである、ということ。今作の製作に携わったクリエイターたちは、この映画に、僕たちが生きる世界についての理想と願い、信念と覚悟を込めた。そして、「民主主義」の原点に回帰しながら、今この時代において、その概念の本来在るべき形を観客に問うているのだ。
この法定劇において被告となる「シカゴ・セブン」は、「左派」「リベラル」といった一面的なレッテルを貼られ窮地に追い込まれていく。しかし、今作が示唆しているように、僕たちが真に目指すべき「民主主義」の形は、様々な立場の差異を理解し、認め合った先にこそ、初めて実現されるのかもしれない。
いくつもの象徴的なシーンがあるが、特にラストカット、ストップモーションを背景として綴られる後日譚に、僕は涙が止まらなかった。(特に、トム・ヘイデンが、その後にどのような人生を歩んだか、その解説には心が震えた。)いつの時代においても、「民主主義」の理念のために、正しいことを正しく為そうとする者の意志と努力は、きっと報われる。そうした微かでも眩い希望を、この映画は確かに信じさせてくれた。
そして翻って思う。あれから半世紀が経ち、少しずつでも確かに、世界は良い方向へと前進し続けている(と信じたい)が、まだまだ僕たちは、歴史から学ぶべきことばかりだ。
ブラック・ライヴズ・マター運動が激化し、トランプが再選を狙う大統領選挙が近付いているタイミングで、この作品が公開されたことは、一つの偶然であり、同時に必然だったのかもしれない。その意味で、この「分断」の時代に、愛と理解と敬意をもってして、自分とは異なる他者との「連帯」を促す今作が公開される意義は、やはりあまりにも深いといえる。
また、劇中では、「The whole world is watching(全世界が見ている)」というキーワードが幾度となく叫ばれるが、この映画が、Netflixを通して瞬く間に全世界へ配信されることのインパクトも大きい。そう、まさに文字通り、全世界が、この映画革命を目撃しているのだ。
【1968年、彼らは民主主義を諦めなかった。】という今作のメッセージが、この2020年の世界において、いったいどのように響いていくのか。
いずれにせよ、この映画が来年のアカデミー賞を席巻するのは間違いないと思う。
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