纏わりつく、女という呪い

女という生物として見られるのが、心の底から気持ち悪い。
別に、女である自分は嫌いではない。花柄のフリルたっぷりのワンピースを着て、瞬きする度キラキラ輝くアイシャドウを瞼に塗るときは、うっとりしてしまうくらい幸せ。
そうではなく、異性から性の対象として女であると見られるのがこの上なく不快でたまらない。この思いが黒く纏わりついているので、解放されたい一心で、えずきながらでもこの文章を書こうと決めて、今に至っている。



思えば、中学生の頃は知らないふりをしていた。何処からその情報を得てくるのか全くもって不明だが、性の話で盛り上がり、からかってくる男子やそれを笑う女子。その空間がたまらなく嫌で、嫌で、嫌で、一緒になって笑うのも嫌で、本当は知っているのに、全部知らないふりをしていた。
友達は私のことを庇いながら笑っていた。
「この子はまだ純粋だから分かんないよ、やめてあげて笑」
そういった話に加わりたくないがために、知らないふりを続けた結果[純粋]という呪いをかけられた私は、小さい子のままだった。できるなら、皆といつまでも小さい子でいたかった。知りたくなかった。そんな呪いだった。



私は呪いをかけられたまま、高校生になった。
だが幸いなことに、高校生活の中ではその呪いはあってないようなものであった。
死にたい、ではなくて、散り散りになって消えたい、最初から私がいなかったことにしたい、と毎日夜道を泣きながら、死に物狂いで勉強をして、受かった高校だった。皆やさしくて、面白くて、穏やかで、そういった性についてからかってくる男子もいなかった。天国だった。私は皆と小さい子でいられた気分だった。幸せだった。

高校へは、電車で通学していたので、度々痴漢にあった。電車を変えても変えても追いかけてきたそいつは、何をしても私の中から消えない。目があった瞬間を、今でも鮮明に思い出す。足がつかない海の中で、もがきながら必死で泳いでいる私を、そいつは嘲笑っていた。私はいとも容易く泳いでいくそいつが去っていくのを待つことしかできなかった。悔しかった。なんでクソ人間に朝から憂鬱な気分にされなきゃいけないの。どうして一生残るかもしれないトラウマを植え付けることになるって分からないの。どうしてお前の一瞬の快楽のためにこっちが長い間苦しまないといけないの。どうしてその姿を想像できないの。死ねばいいのに。砕け散って消えて存在ごとなくなってしまえ。すごく痛くて気持ち悪くて苦しい死に方で死んでくれよ。早く死ねよ。何で生きてるの。死ねよ。早く死ねよ。何で今死なないんだよ。こんな奴らに、生きてる価値なんてない。なんで、なんで死んでくれないの?
頑張って生きているのに、どうしてこんな酷い感情持たないといけないの。綺麗に可愛く生きたい私を、どうして簡単に殺していくの。

家族に泣きながら相談すると、母が鉄道会社に連絡してくれたが、何も変わらなかった。自分も変われなかった。それどころか、綺麗だった自分が汚れてジワジワ黒くなっていく気分だった。



高校三年生の冬、受験期。隣の席の男子にふいに腕を強い力で掴まれ近くに引き寄せられた。
仲のいい男友達だった。そう思っていた。
あ、違ったんだ。その瞬間、全てが崩れた。隣の席を見ることもできなくなり、会話すらできなくなった。その人を見かけるたびに嫌悪感で涙が止まらなくなり、教室にも入れなくなってしまった。不幸中の幸い(彼を直接的には傷つけることにはならなかったと信じたい)か、受験が被っていたために、彼は受験によるストレスで私が泣いているのだと心配してくれた。ラインもくれた。
「一緒に帰ろう」
『何か用あった?』
「最近元気ないから元気出してもらおうと思って」
無理だった。ほっといてほしかった。なんで一緒に帰れば元気が出ると思ってるのかもよく分からなかったけどそこにはあんま触れないようにする、だって私のために何かしてくれようとしたのは事実だし。でも本当にほっといてほしかった。わがままだっていうことは私が一番よく分かっている。急に女として見られているんだという感覚、彼の目つき、裏切られたという感情に耐えきれなくなってしまった。彼が私を好いているという根拠はと言われれば全く無い。単なる勘違いなのではないかと呆れられても仕方がない。だが、本能が、私の中の感情が、グジュグジュドロドロの液体が口から溢れ出て嘔吐してしまいそうになる感覚が、私を襲うのだった。
彼は全く悪くない。だが、私が、私の体が悲鳴を上げて拒絶反応を示すのだ。どう頑張っても抗えなかった。大袈裟じゃなく、毎日泣いて苦しんで、結局、彼は浪人して、大好きだよという一言のラインだけ残されて、卒業した私たちは疎遠になった。



いろいろなことが重なって苦しかった受験生活だったが、ギリギリで第ニ志望の大学に入学できた。しばらくは呪いから解放され、新しい友達との楽しい日々が流れていった。

大学一年の秋、同じサークルに所属していた先輩と付き合うことになった。(付き合うとかもあまり言いたくない、本当は)
大学生になって、周りは当たり前のように皆付き合っていて、彼氏がいないというだけで可哀想だ、損してるという風潮があった。その子に彼氏がいると聞いただけで、その子自体が私なんかよりも圧倒的に素晴らしく思えた。やっぱり私は幼いなと思う。それに何より、優しくて面倒見がいい先輩との仲を壊すのが怖かった。馬鹿みたいに思えるかもしれないが、銀杏が全ての葉を落とす前に付き合わないと大学生活で付き合うことはできないというジンクスに流された。好きじゃなくても、友達でもいいからという先輩に甘えて、付き合った。

ダメだった。付き合った瞬間態度がガラッと変わってベタベタしてくる先輩をどうしても受け入れられなかったし、辛かった。付き合ってまだ日も経っていないのに旅行に行きたがる先輩に、嫌悪感すら抱いた。女として見られている。嫌というほど思い知らされる関係に吐き気がした。ご飯も喉を通らず、消えたい、と思う毎日だった。
それでもこの体質をなんとか治したくて、先輩との仲を続ける努力もした。スキンシップは苦手だからなるべく努力するが、控えてほしいとお願いしたが、なかなかそうもいかず、半ば強引に別れてもらった。私は最低だった。



冬、とっても仲のいい男友達ができた。話が面白くて、何よりとても心の温かい人だった。自分の失敗を、面白おかしく人に話し、他人を笑顔にできる人だった。自分を変に飾り立てず、マイナス部分を簡単にプラスにする人だった。私は見栄を張ってしまうタイプの人間だったので、彼の存在はとても新鮮だった。

仲良くなるうちに、恋愛観も話し合った。私が彼氏を作る気がないということ、付き合うとどうしても気持ち悪く感じてしまい逃げたくなるということ、全て話した。彼は批判することもせず、静かに話を聞いてくれた。
彼はバイ傾向があるらしかった。他人の良いところをたくさん見つけることが出来て、好きになることのできる人なのだろうと思った。
私のことを恋愛対象として見ていなさそうな彼との関係はとても心地よかった。

10回ほど一緒にお出かけした日のことだった。とても緊張した面持ちで告白された。

でも嫌ではなかった。おそらく、彼がバイであるからなのか、私が女だから好きになったのではないのかもしれないと感じたのだろう。とても嬉しかった。結局私は、女としての私ではなく、人間としての私を見て欲しかったのかもしれないと気づいた。
好きという感情は相変わらずわからなかったが、人間としての私を好きになってくれた人がいるという喜びで舞い上がってしまったというのと、この人との関係を終わらせたく無いという思い、誰でもいいわけではないけど早く彼氏を作らないといけないという謎の焦燥感で付き合った。

なかなか手を出してこない彼だった。これなら、私でもうまくやっていけると思っていた。


しかし、付き合って3ヶ月を超えてからスキンシップが多くなった。人前でも構わず触ってくる彼に耐えられず、こういうことは苦手だということを伝え、我慢させてしまうようだから別れようという話を何回もした。彼は、こういうことがしたいから付き合ったんじゃない、と言ってくれたが、私は彼にとても申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
泊まりでお出かけをした時、初めてキスされた。思い出しただけでえずきそうになるが、私だってそれくらいなら覚悟もしていた。最初は気持ち悪いけど慣れたらそうでもなくなるという友達の言葉を信じて、勇気を振り絞ったが、それでも
辛すぎた。その先も求められたが、無理だった。

「もう付き合って長いんだから良いじゃん。」
『でもこんなに酔ってるし嫌だ。』
「お酒入ってないとどうせできないでしょ。」
『どうして嫌だって言ってるのに、やめてくれないの?』

何でわたしが前々から嫌だと知っていることを平気でできるの。私のこと、あんなに好きって言ってくれていたのは嘘だったの?

本当は人間としてのわたしを好きになってくれたんじゃなかったんだね。
私が女だから、ちょうど良かったから、告白して付き合ったってことだったんだね。
女として見られる不快感、あの感情が蘇った。

悲しくて、気持ち悪くて、悲しくて、裏切られた気分でいっぱいになって、涙が止まらなかった。

裏切られたという言葉は適切でない!彼がかわいそうだ!お前はずれている!って言いたい人もいると思う。私だってわかる。だけど、頭では裏切られたんじゃない、それは好きの延長線上にあることなんだ、って分かってても、心がそれを許さない。


付き合って4ヶ月もたっているのだから、世のカップルなら当たり前にできていることなのだと思う。焦りがある。彼は別に好きでもない人と初めてを終わらせていたらしかった。だから余計に分からなかった。好きの延長線上にあるものではないのかもしれない。

皆ができていることができない。自分の情けなさに涙が出た。だけど、あの生々しい感触も、女として私を見るあの目も、あの声も、あの手も、あの顔も、死にたくなるほど気持ちが悪かった。

ようやく水面から顔を出せたと思ったのに、海底へと引き摺り込まれる気分だった。



小さい子の呪いをかけられたまま、急に女として見られるようになったせいだろうか。心が追いつけないのだろうか。私の中の小さい子が、一人にはとても広くて、暗い場所で、ひとりぼっちで涙を流している。将来のある彼のためにも、別れたほうがいいことはわかっている。しかし一方で別れたくないと泣いてくれる彼に甘えたいと思ってしまう私もいる。


何をしたらいいのか、わからない。呪いが解ける日はくるのだろうか。苦しい。誰か助けてほしい。どうして私だけ、うまくいかないんだろう。どうして、大多数にできることが、どうして私にはできないんだろう。

苦しい。死ね。なくなれ。消えてなくなってください。早く、早く、死んでよ。お願いだから。

黒い。ずーーーーーーーーーーっと黒い。誰かに頼りたい。でも誰にも迷惑をかけたくない。大切な友達には特に、大切だからこそ、迷惑をかけたくない。私のネガティブパワーをうつしたくない。ネガティブな人と一緒にいると悪影響が及んでしまうから、付き合う友達はポジティブな子を選んだほうがいい、って何かの研究結果とかなんとか言って、誰かが得意顔で唱えていたけれど、本当にクソくらえ。そんなずーっとポジティブな関係なんて窮屈すぎて何もできないじゃんか、本当にそれって友達なのかよ。

とか言いながら、従ってしまう小さくて臆病なわたしがいる。
なんて生きづらいんだろう。


このまま、一生このままなのだろうか。


神様は乗り越えられる試練しか与えないというけれど、この呪いは、わたしには重すぎる気がしてならない。



いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集