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ヤンチャそうな彼と不真面目な僕と番台のおじちゃん。

金曜日の夜、銭湯に行った。ふと、そんな気分になったのだ。妻を誘い、自宅を出たのは21時過ぎ。車で20分ほど走らせたところにある昔ながらの銭湯だ。

最近お気に入りのPodcastを探しながらナビに従い進んでいく。金曜の夜ということもあり、19号線の沿道にある居酒屋の外では幾人かのサラリーマンがなにやら楽しげな雰囲気で騒いでいる。10℃を下回る真冬の夜でも、お酒が入って楽しいひとときを過ごせば体温は自然と高まっていく。至極共感だ。

国道を外れるように右折し、左折し、また右折とどんどん住宅街に入っていく。新築戸建が並ぶという場所ではなく、築年数が結構あると伺える集合住宅が立ち並んでいる。街灯の白い光のせいで、夜の静寂が一層際立つ。国道から外れて間もないというのに、やけに静かだ。

「本当にこんなところにあるのか?」
少しの諦めと疲れの混ざったひとことを発しながら次の交差点を右折すると、明かりが見えた。

「あったじゃん!ていうか、すごいところにあるな」東京に住んでいたときに通っていた銭湯は、確かに住宅の並ぶ一角に時代を感じさせる佇まいでひっそりと営業していることを思い出した。老舗というのはこういうことだろうか。時代が入り混じる景色は、日本人が無くしたくないもののひとつだろう。

車一台すれ違うことのできなさそうな路地だったため駐車場はないだろう諦めていた。そもそも、銭湯の正面がパーキングなのだ。とはいえ一応、暖簾の横にある貼り紙を見てみると、十台近く停められる駐車場があるではないか。これはポイントが高い。

中に入ると、先客が何名かいるようだった。番台のおじちゃんに、初めて来ますと伝えると、ふたりで1000円ね、と言われた。なんて良心的な価格だろう。さらにポイントが高い。休憩所のスペースが変わっていて、駄菓子屋をモチーフにしたようなデザインになっている。実際、番台では入浴剤やタオルセット以外にも絶対に駄菓子屋に売っているだろうおもちゃやお菓子も販売されている。きっと、小さい子どもたちから常連のおじいちゃん、おばあちゃんから愛されている場所なんだろう。

脱衣所にいくと、なにやら大きな喋り声が聴こててきた。10代か20代なりたてかというくらいの若い男の子たちが楽しげに入っていた。

頭と体を洗って汗を流し、いざ銭湯準備。少年たちの隣の浴槽に浸かった。広くていい。熱くていい。桶の音がいい。やっぱりこういう味のある銭湯がすきだ。一見身近ではなさそうな空間が自分の生活と交錯したときにこの感覚を覚える。

少年たちは先日参加した成人式の話をしていた。やはり二十歳を迎える十九歳か二十歳だろう。にしては見た目が大人っぽい。ガタイもしっかりしていて、ヤンチャをしていたにおいがする(偏見)。どうやら仕事終わりだそうで、自分の二十歳の頃を振り返るとよっぽどこの子たちのほうが社会に貢献していると感心した。

こういう銭湯の熱い湯はすきだが、長湯ができない自分にとっては相性が悪い。それでも、すきなものはすきなのだ。25分くらいで脱衣所へ戻る。
少年たちが先に着替えていた。数人はタバコを吸いたいと先に出ていった。
二十歳だと信じたい。ひとり残された少年(仮にK君)は、熱さにうなだれながら髪を乾かしていた。やっぱりガタイがいい。他に順番待ちもいなかったので、空いたらすぐさま髪を乾かす。すぐに風邪を引く体質なので入浴後にすぐに髪を乾かすのは私の中の鉄則だが、しかしこの時間はいつも熱さとの戦いだ。

脱衣所を出ると、K君が一人扇風機に当たりながらぼーっとテレビを見ていた。休憩所というんだろうか、ここはスペースがそこまで広いわけでもないので私もK君の隣に腰掛ける。まだ他の少年たちは帰ってきていない。いま、この空間には番台のおじちゃんと私とKくんだけだ。ちなみになぜKくんかというと、妻の弟(Kくん)と彼が似ていたからだ。K君が何を見ているのかと視線の先をみてみると、トランプ大統領の演説だ。番台のおじちゃんも一緒になって見ている。私も同じようにニュースに目をやるが、難しい話をしていて決して面白ろおかしい内容ではない。偏見はやっぱりダメだが、K君と番台のおじちゃんが真剣にトランプ大統領の演説を聞いている光景が少しおかしく感じ、心の中で『何だかいいな』と思った。なんだか分からないが、世代も職業も違う3人がとても関心のなさそうな番組をじーっと無言で見ている。これも昔ながらの銭湯の力か。空間をつくることに長けている。

しばらくすると妻が脱衣所から出てきた。そこで知り合っただろうとおばちゃんふたり何やら話している。あとで聞いてみると、若い女の人が二つしかないドライヤーのうちのひとつを占領していたようだ。それで井戸端会議みたくどうやって代わってもらおうか相談していた。結局、番台のおじちゃんに相談していた。それを待つ間にコーヒー牛乳を1本買ってサウナのない銭湯である意味整うための儀式を行なった。わずか1時間と少しの滞在であったが
物語もあっておもしろかった。いい金曜日だ。

帰る前に無料で配布しているというオリジナルステッカーをもらい店をあとにした。たった1時間で人のコロロを掴んでしまう、その愛らしい空間に、また来ようと思わずにはいられなかった。

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