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ラブラブになるべくGUに行き、私たちは戦友になった

すっかり寒くなってしまったので、ここ最近は彼の家に入り浸りゲームばかりしている。
先々週あたりから始めたのは「ダンガンロンパ」という推理ゲームだ。
校内に閉じ込められた高校生たちが殺し合うスリリングなゲームなのだけれど、なんと悪役の声が大山のぶ代だ。
あの声で「おまえら!」とか「殺し合い、ワクワク♡」なんて言われてもなぁ…つい和んでしまう。

そんなデートの帰り道、「はたしてこれでいいのか?」という思いが突然降ってきた。
冬は寒いから、おうちデート。
それはまあいいとして。

春は花粉が飛んでいるから、おうちデートだった。
夏は暑さを理由に、おうちデートだった。
秋は、瞬く間に過ぎた。

よくよく考えてみれば、私たちのデートの9割はおうちデートなのではないか。コロナが蔓延する前から、ずっと。
付き合ってから今までの五年間のほとんどが「部屋でゲーム&ご飯作って食べる」というのは、なんだかめちゃめちゃに引きこもりみたいだ。
友だちのInstagramには、彼氏や彼女とのお洒落なカフェや古本屋めぐり、海あり山ありと、いかにもデートという感じの素敵なデートが溢れかえっているというのに。
たまにはそんな、いかにもなデートをせむ

家に着いてから彼にそう送ると、「何がしたいねん」とだけ返ってきた。
「いかにもなデート」と提案しておきながら、具体的なことは何一つ考えていなかった。いかにもイマドキの若者らしく、私は即座にGoogleに頼った。

「デート プラン」と検索すれば、たちまち「デートのアイデア◯選」なるぺージがいくつも現れる。
早速ひとつ開いてみると、私の求めていた「いかにもなデート」が目白押し。
まず目に留まったのは、野外編。

動物園に水族館、映画館、テーマパーク、遊園地といった花形から、カラオケ、ゲーセン、カフェなどの近場デート、そして夜景の見えるレストラン、スポーツ観戦、温泉旅行、果物狩り、お祭り、天体観測、海外旅行などの非日常系……。

ワクワクと読み始めたのも束の間、デートスポットに宿るキラキラ感やテンションの高さにげんなりしてきた。
「ディズニーランド」「富士サファリパーク」「野球場」……。
ああ、無理。
見ただけで疲れるって、なんなんだ。
早々に大きく舵を切り、今度は「お家デート おすすめ」で検索。

すると出てきたのは、DVD鑑賞、思い出のアルバム作りといった時間や労力、センスを必要とするデートや、ボードゲーム、ジグソーパズルなどの「はたして二人でやって盛り上がるのか?」という疑念を抱かざるをえないアイデア、そして私たちのド定番であるゲームとご飯作り。

…やったことのあるデートはあまりないけど、積極的にやりたいと思うデートも正直あまりないな。
他のカップルのありあまる気力、体力に感服して私は布団に倒れこんだ。
この人たちみんな、平日には勉学に励んだり労働に勤しんだりしてるんだよね?
スタミナやばすぎじゃない?
いったい何をどうしたらそんなにアクティブになれるんだ。

翌週彼に会いお手上げの旨を告げると「俺も考えてみるわ」と彼は腕をまくってネットを開いた。
しばらくしてこちらを振り返った彼は、「“お互いの共通の課題に打ち込む”ってのがあるぞ」と言った。
「“共通の課題を乗り越えることで、ますますラブラブ”になるらしい」と真顔で付け足す。
「共通の課題?」と聞き返すと、特に何かを思い浮かべて言ったわけではなかったらしく、「あんたも考えてくれ」と返された。

私たちの共通の課題。
なんだろう。
とりあえず思いついた順に言ってみる。

「したいデートがない」
「せやな」
「覇気もない」
「そういう抽象的なのはパス。具体的に解決できるものにしよう」
「休日と平日のメンタルの落差が激しい」
「それはほぼ全社会人共通の課題やろ」
「独り言が多くて大きい」
「治す気ある? 俺はないけど」

だんだんネタが切れてきて、長考しがちになってくる。
「…実年齢よりも上に見られることが多い、とか?」
「それだ!」
…それ、なの?

私は「30代だと思ってたー」と言われることが多く、彼氏は取引先から「40くらいかと思ってました」と驚かれたことがあるという。『人間失格』か。
二人ともれっきとした26歳である。
実際の年齢よりも上に見られることは仕事の上では役に立つこともあるけれど、気持ちとしては複雑だ。

どうして26歳に見えないのだろう。
首をひねる彼は、今日もお父さんのお下がりのシャツを着ている。
そのシャツは彼の身体には少し窮屈そうな、渋い色合いの謎のちりめん素材。

「その服装が大きな原因なのでは…?」と言うと、「俺にはそういうのよくわからないから、あんたが見立ててくれたら助かるわ」と彼は笑った。

かくして我々は、年相応に見える服を買いに行き実年齢よりも上に見られるという共通の課題を克服することで、ますますラブラブになることにした。


「若者 服 安い」と検索して真っ先に出てきたのは、GU
たしかに安いって聞くよね〜♪と軽い気持ちでサイトを開いた私は、表示されている価格を見てぐっと胸を押さえた。

アウトレットで値下げされたズボン…590円+税。
ブスリ。10のダメージ!

セール品のセーター…980円+税。
ザクッ。30のダメージ!

アプリ会員特別価格で、ジャンパースカートが2490円から1790円に(+税)。
バシュッ! 120のダメージ!

たしかに正規の価格でこの値段は安い。
もちろん、頭ではわかっている。
けれど、一着105円(税込)から販売されているリサイクルショップ、たんぽぽハウスに慣れ親しみすぎた私には、ダメージがデカすぎるのだ。もうサイトを見ているだけで瀕死寸前。

思い返してみるに、最後に買った定価で新品の服は浪人中にパシオスで購入した上下灰色のスウェットだ。たしか980円くらいの。
そんな私に、買えるのだろうか。
定価で新品の服が。

「うおぅ、おうおう」
思わず手負いの獣のような呻き声を上げる私を尻目に「もう26なんやし、たまには定価で買おうや。来週空いてる?」と彼は淡々とスケジュール帳を開いた。


そして翌週の土曜。
池袋で待ち合わせた我々は、恐る恐るGUに足を踏み入れた。
この日のために私は幾度となくGUのホームページを開き、価格に目を慣らす努力を重ねてきた。そしてそのついでに、彼に似合いそうな服を何点かチェックまでしておいた。


今日の私は、先週の私とは違うのだ。
久方ぶりに新品のお洋服を買う覚悟を決め、そのための準備も万全に整えてきた。もう、大丈夫。
確固とした足取りで店に入り、ホームページで見たタートルネックのセーターを手に取る。
「これ似合うと思うんだけど」と彼に差し出すと、彼はふっと笑った。
「俺、あんたが思っている三倍は静電気に弱いよ」
三倍って…そんなドヤ顔で言うんじゃあないよ。

そういえば彼はいつも、私が勢いよくコートを脱ぐと、露骨に嫌な顔をして「これ以上は近づくな。静電気鳴ってるやん」と手で結界を張ってくる。

そんなわけでニットはオールNG。
スウェード調のシャツも静電気の気配がしたのでNG。
裏起毛の上着もなんか怖いからNG。

すべての予習が無に帰した。
「若者っぽい服を買う」という当初の目的は、いつのまにか「暖かくて静電気も発生しない服を探す」というミッションにすり替わっていた。
彼は結局、パーカーとネルシャツと、コーデュロイズボンを買った。
試着室から「この服はパチパチ言わなかったんよ」と笑顔で出てきた彼に、私は「それはよかった」と言った。
そう、これでいいのだ。

一方、私は。
あれほどネットで予習を重ねたにもかかわらず、いざ現物を目の当たりにすると「この服一枚分のお金でたんぽぽハウスで8着買えるのか…」と心が揺らいでしまったため、適度に視界をぼやかしながら店内を周回していた。
そして「これ、どう?」と彼が適当に指差した服を片っ端から引っさらい、値札を極力見ないようにしながら試着室にこもる。

そして「これは下着の線が出やすいからNG」「パステルカラーはあんまし似合わないなぁ…」「袖がフリフリすぎてクイックルワイパーみたい」とあくまで値段ではなく好みと機能性とで判断し、最後にカゴに残っていた焦げ茶のジャンパースカートだけ持ってレジに向かった。

買ってから気がついた。このスカートは、アプリ会員は特別価格で1790円で買える、私に120ものダメージを与えた、あのスカートだ。
定価で買ったら、税込2739円だった
くそ、会員になっておくべきだった!とチラリと後悔が頭をよぎるが、きっとこれは成長のために必要な試練だったのだと信じることにする。

私たちが挑んだ「共通の課題」の前に立ちはだかっていた、お互いに異なる障害物。彼の前には静電気、私の前には値札。
それらをすんでのところで回避したり、思いきって立ち向かってみたことで、GUを後にする私たちは戦地をくぐり抜けてきた者同士のような疲労感と充実感を共有していた。ラブラブなんて甘やかな気配はまるでないけれど、きっと、これでいいのだ。

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