あなたのハワイに染まりたい①
夫のハワイにかける情熱が、正直、少々うとましいのだった。
むろん好きな人が好いているものを大事にしたい、尊重したいという思いはある。
ハワイを愛する人と結婚してしまった以上、今後の人生において幾度となくハワイを訪れる可能性も、ぼんやりとだが想定はしている。
それでも、いくらなんでも好きすぎるだろうとどうしたって引いている部分がある。
おそらく初めてハワイに行ったタイミングもよくなかったのだろう。
初めて当時彼氏だった夫とハワイに行ったのは、大学三年の終わり。飛び級で卒業することが決まった夫にとっては、卒業旅行だった。
奮発する気満々の夫とは対照的に、私はハワイ旅行の一週間後に留学中の友だちを訪ねてスコットランドに行く予定があった。
そのためにバイトを詰めに詰め、ちんどんサークルで祭りを賑やかし、合間にそこそこ就活も進め、さらにその隙間を縫うように友だちと集うという春休み。
いかにお金を貯め、たくさんの場所に行き、得難い経験をするかに全力を傾けていた時期だった。
そんな私には、ハワイは不気味なほど生ぬるく感じられた。
まず日本人が多い。
日本語が通じすぎる。
なんなら看板、カタカナで書いてある。
え?本当に海外?
そして……物価が高い。
なんなのカフェオレ1200円って。
舐めてるの?
それなのに、お金がなくちゃ始まらない。
ショッピング、買い食い、レストラン、プール。
すべての行動に何かしらお金が必要で、「うげ、10ドルってことは1200円!?(当時)」と日本円に換算しては慄いていた。
……老後か、お金持ちになってから遊びに来るべきなんじゃないかな。
食べ放題、詰め放題、半額セールが大好きな私には、ウン万年早いんじゃないかな。
私がこわごわと値札を確認してばかりいる一方、夫はほがらかに高級アロハシャツを試着し、のびのびとクイニー・アマンだのチョコデニッシュだのを頬張っていた。
厄介なことに貧乏旅行にアイデンティティを見い出し始めている時期だったので、外国らしさが感じにくいハワイ、なんかインスタ映えしそうなハワイ、「マハロ〜♪」とか隙をついてぼったくってくるハワイを、あまり好きにはなれなかった。
私にはお金がなかったからだ。
心のどこかに「ハワイが好きだと思われるのは、成金みたいでなんか恥ずかしい」という思いもあったのかもしれない。
そんなハワイに対するこじれた思いはいまだに心の底にくすぶっていて、周囲の人に話すとき、つい「来月……ハワイに、行くんです」と島流しがスケジューリングされている人みたいな顔で言ってしまっていた。
島流しがスケジューリングされてる人、周りにいないけど。
けれどハワイの印象は、ここ最近ずいずい変わってきている。
羽ばたくチームの影響が強い。
とき子さんの小説『メリー・モナークin大原田』のタイトルにも入っている「メリーモナーク」は、ハワイのフラダンスのお祭りだし。
橘鶫さんの長編小説『物語の欠片』にも、ハワイ語が散りばめられているし。
KaoRuさんは……、KaoRuさんは、KaoRuさんのコーヒー豆氏が、いつか突然ハワイの観光大使に任命されるかもしれないし。ハワイはコナコーヒーが有名なのだ。
そして私自身、去年の創作大賞で『そばぼうろの夫婦』が中間選考を通過した。ハワイでの新婚旅行エッセイで、今年の新刊のメインに据えた作品だ。
そろそろ、ハワイと和解できるかもしれない。
そんなタイミングで、ハワイに行くことになった。
半年ほど前から夫が「るるちゃん、ボーナス出たらハワイに行こうよ。ハワイ行きたいよぅ、るるちゃんと一緒に……!!」とぐだぐだねだり始め、仕事中にも「るるちゃんとハワイ行きたいなぁ〜」とひとりごとを呟くようになり、根負けして了承すると毎日ハワイの観光動画を食い入るように見つめるようになった。
ねぇ、そんなに好き?なんで?
と新刊『そばぼうろの夫婦』では夫にとってのハワイの魅力を書き下ろしてほしいと頼んだのだけど、上がってきたのは「俺はハワイが好き!ハワイにはおすすめのアロハシャツがある!そのアロハシャツブランドは……」とアロハシャツの魅力を綴った文章だった。
ハワイの魅力を書けっつったでしょーが!
結局、彼がなぜハワイが好きなのかは明らかになっていない。
いや、そもそも言語化できないものなのかもしれない。
だから私は、夫のハワイの歩き方を通して、ハワイを感じようと思う。
「私」がハワイを歩くと、どうしたって「ちょいとーーー!!!コーヒー6ドルってことは960円(1ドル160円換算)やんけ!?セブンカフェないんか!?!?」といちいち動揺してしまう。
それは私の性格や経験の蓄積によるもので、もうやすやすとは変えられないものなのかもしれないけれど。
それでも、夫と同じ景色を見て、同じものを食べて、それを幸せだと感じたいのです。
そんな願いを秘めて、今日から一週間、「夫の理想のハワイ旅」に出かけます。
こんなタイトルつけて大丈夫かな。
(たぶん続く)