【ピリカ文庫】チョコレート【ショートショート】
「たでぇま〜」
間延びした声で、父が帰ってきた。
外は雨だというのに、だいぶ呑んできたらしい。
両肩に下げたエコバックには、半額の焼き鳥やコッペパンがぎゅうぎゅうに詰まっている。
それをどさりと床に置くと、父は洗面所へ手を洗いに行ってしまった。
「あ、そうだ。これ」
居間に戻ってきた父はズボンの前ポケットから、何かを二つ取り出した。
受け取ってよく見ると、それはひしゃげたチョコエッグだった。父の身体から伝わる熱か、ポケットへの衝撃で、お世辞にもエッグとは呼べない形になっている。
「割れないように、ちゃんとポッケに入れといたんだ。タマ子、これ好きだろ?」
父はエッグの崩壊を気にするそぶりもなく、誇らしげに言った。
とっくに二十歳を過ぎた娘に、チョコエッグはないでしょう。しかも潰れかけてるじゃない。
そんな反論をしようと顔を上げて、息を呑んだ。
父はまるで小さな子に向けるような、穏やかな笑みを浮かべていた。
「ありがと。嬉しい」
そう笑顔を作って、ひしゃげた塊のひとつを弟に手渡す。
二人で慎重に包み紙を剥がすと、案の定チョコエッグは溶けていたうえに割れていた。
ところどころ内側のホワイトチョコが見えているし、おもちゃが入ったカプセルにも、べっとりとチョコレートがついている。
でも、大事に持って帰ってきてくれたんだよね。
ポッケから慎重にチョコエッグを取り出す父の仕草を思い出して、ひっそりと笑う。
割れたチョコを口に含むと、懐かしい甘みが広がった。
子どもの頃。
雨の休みには、父が車で私たちを連れ出してくれた。デパートでカブトムシや熱帯魚を眺めたり、母にはねだれない少し高級なお菓子を買ってもらって、車の中で食べるのが定番だった。
私はいつも、チョコエッグだった。ほかのチョコにはない喉にかーっとくる甘さが好きだったし、チョコの中のおもちゃを出かけた記念にとっておきたかったから。
私にとってのチョコエッグは、そんな特別なお菓子だった。
私のカプセルには、棍棒を構えた醜いトロールのフィギュアが入っていた。
げっと顔をしかめて弟を見ると、彼は栃栗毛のペガサスをしげしげと眺めていた。
「いいなあ、そのペガサス。とっても綺麗」
「これは当たりだな。お姉さまの門出を祝って、特別に取っ替えてやろうか」
私が羨ましがったら、珍しく弟が交換してくれた。ありがたくペガサスを受け取り、大切にハンカチに包む。
「二人とも早く寝ろよ。わかってるだろうけど、母さんには内緒な」
そう言い残して、父は静かに風呂へと立った。
父もまた、昔のことを思い出していたのかもしれない。
リュックに日記帳を押し込みながら、雨の音に耳をすませた。
* * *
お読みいただきありがとうございました~。
念願のピリカ文庫デビューができて、とっても嬉しかったです。
お声がけいただいたピリカさんには、もうひたすらに感謝です。ありがとうございます。自分で書いていて、久しぶりにチョコエッグが食べたくなりました。
本文に登場した栃栗毛のペガサス(のフィギュア)は、橘鶫さんの作品から来ています。こんなペガサスがチョコエッグに入っていたら大当たり以外のなにものでもないけれど、この精巧さで製品化したら、チョコ自体の予算はめちゃめちゃ削られてしまいそうですよね。でもこのフィギュアが入っているなら、私は買う。買ってしまう。