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【文學界2月号】サイレントシンガー 小川洋子

131ページという特大ボリュームの小説「サイレントシンガー」
小川洋子さん6年ぶりの長編小説です。

「アカシアの野辺」
そこでは人間たちの声はなく、鳥のさえずりや風に揺られる木葉の「自然」の音だけがこだまする。まるで森そのものが歌っているような。
沈黙を重んじるこの不思議な地域で生まれ育った主人公・リリカが「歌」に
惹かれるのも無理はなかった。

「歌は分かち合うもの」というように
リリカの「歌」はもの言わぬものたちの「声」となり、どこまでも遠く、
人の心に染み渡る「風」となり、残された者たちの「祈り」となった。

ここまでだとファンタジーのように感じるが小川洋子さんの傑出しているところは
私たちの暮らしを彷彿とさせるような現代社会と絶妙に織り交ぜることでアンニュイな世界観が生まれる。

リリカは「普通の世界」でも次第に「声」の仕事を受けることになる。
人形に、アシカに、アニメのキャラクター、移動販売者に声をふきこみ
ときには亡くなった者への鎮魂歌も。
自分という存在を消し、無言を抱えた誰かの身代わりになって歌う。
どの仕事でもリリカの「歌うことへの姿勢」は変わらなかった。


「人間は完全を求めちゃいけない生き物なのさ」
「野辺の人たちは、完全なる不完全を目指している」
亡くなった祖母の言い伝えが深く心に沁みる。

リリカの歌は「だれか」に向けられたものではない。
森のなかに流れ込んだ風のように彷徨い
そこにいるものすべてを平等に抱き留めているのだ。




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