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断捨離しすぎ -いらない、何も、捨ててしまおう!?- #055

ある日の風呂上がり、私は手にしたびしょ濡れのフェイスタオルを見つめ、途方に暮れていた。

我が家にはバスタオルが一枚もなかったのである。なぜかというと、すべて捨ててしまったからだ。

このままでは身体の水分を拭ききれないばかりか、タオルの生乾きは必至である。実際ここ数日、生乾き感があったことは否めない。身体が濡れていても、寒い時期でなかったのが不幸中の幸いだった。

シンプルな暮らしを目指し、私たち夫婦は数年前から断捨離を進めていた。

「バスタオル捨てていい?」と妻は言った。「フェイスタオルでも拭けるし、最近そうしてるんだよね。すぐ乾くし、いいよ」

「オッケー!」深く考えずに私は言った。

そして我々はバスタオルに今までの感謝を伝え、お別れした。

使わないものを取っておいても仕方ない。フェイスタオルの方が場所をとらないし、洗濯も楽である。しかし私は考えていなかったのである。身体の大きさが違うことを。

バスタオルを捨てた翌日、風呂上りにフェイスタオルで身体を拭き始めた私は、タオルがすぐびしょ濡れになったことに気づいた。上半身を少し拭いただけで水が滴っている。

「あ、身体の大きさが違うんだった」

妻は150cm、私は180cmである。何度かその場でジャンプしたりもしてみたが、やはりそんなことでは水分は落ちないのだった。

大変有難いことにその少し後、たまたま職場のくじ引きで緑色の今治バスタオルが当たった。

我々はテレビを何年も前に処分し、床のマット類(バスマット、トイレのマット、キッチンマット)を無くし、読み終えた本や長年読んでない本、普段着ない洋服を手放した。

今後スーツを着る仕事をしたくない私はわずかなジャケットだけを残しクローゼットにあったスーツやネクタイ、靴を捨て、ベルトも1-2本を残して捨ててしまった。肌着や靴下も同じものを最小限だけ持つことにした。普段ベルトをしなくても困らないというのは、長年ズボンにはベルトをするものだと思っていた私にとって大きな発見だった。

掃除は基本的にロボット掃除機の「ルンバっちゃん」が、洗濯はドラム式洗濯乾燥機の「ドラちゃん」が担ってくれている。大事な家族の一員である彼ら/彼女らの負担を減らしてあげたいし、猫たちも存分に走り回ってほしい。

書類はできるだけすぐに処理し、食材や調味料を定期的に点検する。数年前からは夫婦で肌断食や湯シャンも取り入れ、シャンプーやコンディショナー、化粧品や乳液、歯磨き(粉や液体)、柔軟剤などもないので場所も取らないし経済的だ。

友人達からはたまに「どこを目指しているのか?」と聞かれる。

実は捨てて困ったものはほとんどない。ものが少ないと掃除が楽なだけでなく、目に入る刺激が減っていろいろなことを考えたり判断しなくて済むため疲れにくい。持ち物を手放すのは大変なので、簡単にものを買わなくなったりもする。

でも、びしょ濡れのタオルを見つめている時など、「われわれは一体どこを目指しているんだろう」と疑問に思ったりもする。

「いらない、何も、捨ててしまおうー」

B’zは勢いよく歌っている。断捨離にはLOVE PHANTOMだ。しかし、本当に捨てていいのだろうか、とたまに考えた方がいいのである。

うちの様子①(猫たちが映っていない珍しいタイミング)
うちの様子②(実は最近引っ越したので前の家の写真)

(追記1)
うちに遊びに来た知人がある種の感銘を受けたらしく、今住んでいる家や「魔境」と呼ばれる実家の部屋をいよいよ本格的に片付ける決心をした、と連絡をくれた。

魔境では吸い込まれるようにものがどこかに消えていく。高校時代、学期末に持ち帰った弁当箱が新学期になっても見つからず買いなおし、だいぶ後になって発掘されることが何度かあったという非常に魅力的な空間だ。このエッセイは、そんな彼女への応援歌(?)である。

(追記2)
2024年末の紅白歌合戦でB'zがサプライズ出演し「LOVE PHANTOM」や「ultra soul」を熱唱したらしい。我が家にはテレビがなく、年末年始の特番も見ないので、この記事の内容とは関係ないのであるが、ちょうどタイムリーな話題だったのでこっそりラッキーだと思っていることは内緒だ。

2025年1月29日執筆、2025年1月31日投稿

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