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《#無垢な泥棒猫》【ラウンジ嬢】「私、本当に来てほしい人には営業できないんです」#23才秋

細くて綺麗なその手が、
私の神経にじかに触れる、
来ない夜を想像した


馴染みの横顔が胸に突き刺る 

またそうやって私の大好きな豪快な笑い方で

私じゃない方向を見てさ



知らないふりをする

空想の中で、暴れる欲に

とまらぬ欲に、曲がった欲に、

咽び、そして甘えた声を演じる 



痛ければ痛いほど 苦しければ苦しいほど良い


その頃、就職活動の終わった私は

小さなラウンジで働いていた


嘘をつくことに罪悪感を感じない性格と

そこそこの器量と一応有名大に通っていた学識ゆえ、

すぐに売り上げは伸び順調に貯金を進めた


私は指名客の中で、1人だけ

姿を見ると気分が高揚する人がいた


そんなこと、今までなかった

全員気持ち悪くて、全員1秒でも早く退店して欲しかった


でも、その男性Kさんは初めて私が自ら触れた人だった

帰って欲しくなかった

気まぐれで、たまに新人キャストを指名しているのを

見ると心底苛ついた



でも、外で会いたいだなんて

これっぽっちも思わなかったし、

夜の店特有のあの感情は 

何だったのだろうか



「いくつぅー?」

送りの車の中、

短いパンツからスラリと伸びた白い二本の足の上で

幾つものスナック菓子の袋を

ガサガサと弄りながら

呂律の回っていない口で彼女は私にそう聞いた


あまく、悲しくかすれた声だった


歳が近いというだけで、
半ば強引に交わされた握手は嘘みたいにあったかくて、
取ってつけたような外向きの言葉の、響きは
私の心のこわばりを唐突にほどき
そして呆れるほどに熱く湿らせた

醜形恐怖症で

自身の顔を明るみに晒すことに抵抗のあった年頃の

あの頃、その車内の暗がりは麻薬的に私を安心させた

安っぽい黒の絨毯の上で埃が舞う
まるで何かの警告のように、
まるで何かの始まりのように


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