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今こそ挑もう!わんこの青空文庫【犬にまつわる短編4選】

「撫でたって」


公園でひとり写真を撮っていたら、向こうからおじいさんと柴犬がやってきた。実は騒音恐怖症で犬が吠える声は苦手。とはいえ私がじっと見ていたからよかれと思って声を掛けてくれたのだろうし、それを無下にするわけにはいかない!

と、おそるおそる頭を撫でてみる。むくむくとコシのある毛。ほくほくと伝わる熱。お好きにどうぞと背中をさらす寛容なそぶり。

あれ?意外と平気。私、犬飼えるのでは!?と秘めたるヴァイタリティーに気づいてしまった。

というわけで、前回の「今こそ挑もう!にゃんこの青空文庫」

に引き続き、著作権の切れた名作や公開が許可された作品を無料で読めるサイト、青空文庫から犬にまつわる短編小説を4作紹介して、生き物のいる暮らしをシミュレーションしてみようと思う。愛犬家さんはもちろんのこと、苦手だけど小説の中ならって方も、一緒に文学しましょう!


①内田魯庵『犬物語』

【「俺かい。俺は昔しお万の覆した油を甞アめて了つた太郎どんの犬さ」。塵溜の傍で生まれ、小さい頃に母を亡くした犬の太郎はとある邸に引き取られて育った。その家のお嬢さんは美人で賢いと有名で、学士に小説家、牧師と数々の男が言い寄ってくるのだがーー】

語り手が猫といえば夏目漱石『吾輩は猫である』が有名だけど、犬といえばこちら。生粋の日本犬の大和魂が炸裂。人間社会にバッサバッサと切り込んでいく。教科書では悪政と評される徳川綱吉の「生類憐みの令」も、犬からすれば立派な政策。動物保護運動の先駆けと考えることもできるのか。私なんかより鋭い分析力にだんだん頭が下がる。

飼い主のお嬢さんに言い寄る男たちの話になると批判はさらにヒートアップ。小説家は他人のことばかり気にかけて目の前のことが見えていないし、学者は知った気になって偉そうで、政治家は腐敗している、と言いたい放題!だけどこれを書いている魯庵も間違いなく小説家なわけで。犬に語らせるユーモアと痛快な論理展開を楽しみつつ、ちょっと耳が痛い1作です。


②小酒井不木『犬神』

【死刑の執行を明日に控えた”私”の告白文である。犬神の家系に生まれたものは同じ犬神の家のものと結婚しなければならない。幼い頃から迷信を聞かされて育ったが、煩わしくなって上京。知り合ったカフェーの女給と同棲するようになった。ある日、野良犬に脚を噛まれ帰宅すると女の様子がどうもおかしくてーー】

前回「今こそ挑もう!にゃんこの青空文庫」で紹介したエドガー・アラン・ポー『黒猫』をベースにした作品。「もうしばらく読みたくないけどめちゃくちゃ定番だしラインナップに入れないわけにはいかない」なんて書いてしまったが、やっぱり取り上げておいてよかった!

設定やモチーフを丁寧に置き換えて不気味さは残しつつ、読み比べると細かなところに不木マジックが仕掛けられている。ポーの『黒猫』は猫本体がキーとなるが、本作でその役割を担うのは”犬神”。迷信にすぎない存在だが、伊予という具体的な地名が「憑依」の恐怖を近くに感じさせるし、ポイントで配置された「血」と「灰」の色彩がフラッシュし、視覚からも迫ってくるような感覚。ひとつひとつの要素が緻密に作用しあって、原作とはひとあじ違う作品に仕上がっている。読み比べは長く愛されてきた名作があってこその楽しみ。青空文庫でぜひ。


③小川未明『犬と古洋傘』

【ある寒い朝のこと、男は仕事へ向かう途中で子犬が3びき捨てられているのを見つける。かわいそうと思いながらも道をいそいだが、仕事中も頭から離れない。帰りにもう一度見てみると、2ひきは死んでいる。あと1ぴき連れて帰るか迷うがーー】

ここまでさんざんペットを飼いたいと喚いたが、いざ道端に子犬が捨てられていたら拾わないんじゃないかと思う。家がペット禁止のマンションということもあるけれど。他に飼える人を探すとか、安全な施設に託すとか、どうにかできることを考えはするだろう。でもそれが仕事前なら?なかったことにしちゃうかもしれない。だって「道端で捨て犬を見つけたので遅刻します」なんて社会じゃ通用しないもん。少なくとも査定に響いて賞与は減る。衛生的に職場に連れこむわけにもいかない。そもそも電車に乗れない。仕方ないって言い訳しちゃうと思うのだ。

でも、いのちなんだよなあ。死んじゃったらおいしいごはんをたべることも、うれしいとかかなしいとか感じることも、ぜんぶ終わっちゃう、私と同じ重さのいのち。なにを買うでもない、また次頑張れば取り戻せるボーナスの一部と引き換えに、私はそれを見捨てようとしている。


④太宰治『畜犬談ーー伊馬鵜平君に与えるーー』

【犬が嫌いである。が、私が住んでいる甲府にはそこらじゅう野良犬がいる。警戒され噛みつかれてはたまらないので歩く時は満面の笑みで。容姿も整え、危害を加えないアピール。ところがこれが逆効果。むしろ私に好感を持った犬が後をぞろぞろついてくる。中でもしつこい1匹が住みつくようになり、ポチと呼んで餌をやっていたのだがーー】

インターンシップやビジネスマナー研修の自己紹介では、「名前と大学、専攻、嫌いな食べ物について話してください」とよく言われた。好きなものより嫌いなものの方が理由がしっかりしていて盛り上がるのだそう。もし太宰が参加していたら、他の人の記憶が全部ぶっとぶくらい強烈なインパクトを残していたに違いない。友達が犬に噛まれた説明をするだけでも「友人は、痛む脚をひきずって病院へ行き手当てを受けた。それから二十一日間、病院へ通ったのである。三週間である」と日数をわざわざ言い換え、「ひどい災難である。大災難である」と念押しして強調するその熱量たるや。そこに豊富な語彙と巧みな論法が組み合わさるのだから「嫌い」語りで彼の右に出るものはいなかろう。

とはいえ「嫌よ嫌よも好きのうち」なんて言葉も。狂暴さを隠して媚びるのが卑怯だとか、喧嘩好きだったのに一度負けると意気地がなくなるとか、語れば語るほどに犬にご機嫌伺いしながら歩く主人公と似ているような気がしてくる。好きも嫌いも意識しているという点では同じ。心の一部を明け渡している。きっとどっちの感情もどこか弱くてどこかやさしいのだと思う。


ペットを飼う擬似体験を求めて始まった今回の連続企画。猫は気ままで怪しくて手に負えない、犬は凶暴さを隠しながら媚びて怖い。まっとうに生きている相手にあーだこーだケチをつける人間が一番恥ずかしい気がしてきた。他の動物を気にかける前に自分の人生をちゃんとしよう……。背筋をピンと正す春のこの頃です。


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