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悲恋をこえて #仮面おゆうぎ会参加作品

強く惹かれあった魂は、幾星霜の果てに結ばれるという。

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日本人が着物で暮らしていた昔、ある城下町におさよという少女がいた。おさよは呉服屋の一人娘で、とても気立てがよく皆に好かれていた。近所に少し年上の仙太郎という、職人の息子がいた。仙太郎は面倒見のいい少年で、幼い二人はいつも一緒に遊んでいた。二人はとても仲が良く、兄妹のように育った。

おさよの父は、客の家に出かけ反物を売っていた。おさよも大きくなると父について行き、商いを手伝った。
ある日、おさよ親子は桔梗屋という商家の大きなお屋敷に呼ばれた。桔梗屋の主人は仕事熱心な人で、一代で大きな財を築いた。しかし、仕事があまりにも忙しく、いい歳になっても一人身だった。

桔梗屋は、可憐な花のようなおさよに一目ぼれした。そしてすぐに、おさよの父に縁談を持ちかけた。
桔梗屋は倉がいくつもある大金持ちだった。一方、おさよの家の台所事情は、決して楽ではなかった。時代とはいえ、おさよは自分の縁談に口を出すことを許されなかった。おさよの気持ちとは裏腹に、縁談はとんとん拍子で進み、祝言の日取りもあっという間に決まってしまった。

おさよは縁談が持ち上がってから、なぜか仙太郎のことが気になって、仕方がなかった。それなのに祝言の準備があり、仙太郎と会えなくなった。おさよは仙太郎の面影を、いつも胸に抱いていた。

仙太郎はおさよの縁談を知ってから、ずっとふさぎ込んだ。おさよとの別れを突き付けられて、仙太郎は自分の恋心に気づいた。
さりとて、仙太郎は職人見習の身。貧しい自分ではおさよを幸せにできないことは、嫌と言うほどわかっていた。

祝言の当日、おさよは嫁入り姿で生家を出た。花嫁化粧をし豪華絢爛な婚礼衣裳に身を包んだおさよは、ハッするほど美しく大人びていた。仙太郎は、まさに開かんとするつぼみのようなおさよをみて、胸が張り裂けんばかりだった。
おさよは仙太郎を見つけると、そっと手招きした。そして懐紙に包んだ何かかを大事そうに仙太郎に手渡した。おさよは仙太郎に何か言いたげだった。
仙太郎は握りしめていたお守りを、やっとの思いでおさよに差し出した。仙太郎の手は震えていた。
二人は見つめあい、互いになにか言おうとした。そのとき、近所のおばさんがおさよに声を掛けた。二人が言葉を交わすことはかなわず、これが今生の別れとなった。

桔梗屋はおさよを大切にした。おさよの実家にも、あれこれよくしてくれた。玉のような赤子も生まれ、おさよは傍目には何不自由ない生活をおくった。
おさよは桔梗屋にとても感謝した。しかし、かなり歳が離れていたので、男女の感情を持つことはできなかった。

大店の奥方が供もつれずに外出などできなかった時代だった。おさよは仙太郎に会いたいと思っていたが、それは叶わぬ願いだった。
仙太郎は風の便りにおさよの暮らしぶりを聞いていた。幸せそうだと安心しつつも、自分の一部が無くなったような感覚はずっと付きまとっていた。

仙太郎は妻を娶ることなく生涯を終えた。

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時は今


今日こそ告白する!
星浜美鶴は気合を入れなおして、駅を出た。今日は大学の友人の結婚式。迷わず振袖を勝負服に選んだ。アップにした髪には、折り鶴モチーフのかんざしが華を添えている。
ビルが増えたな~と、久しぶりに訪れた新宿の空を見て思った。美鶴が学生としてこの街に通っていたのは数年前だ。

振り袖姿の美鶴はいつもよりゆっくりと歩く。会場のホテルは母校の向かい側にある。懐かしさを感じながら歩を進める。学生の頃からずっと思い続けている人に、今日やっとあえるのだ。慣れない草履は歩きにくいが、足取りは軽い。

美鶴は後ろから追い抜かした男性をちらっと見た瞬間、息が止まりそうになった。
「細貝君?」
振り返った長身の男性は、一瞬いぶかし気な表情をしたが、
「星浜さん?」と驚きの声をあげた。美鶴の研究室仲間だった細貝聡である。優し気な目は変わっていないなと、美鶴はホッとする。初めて見る礼服姿も素敵で胸が高鳴る。
二人は工学部出身で、学生時代の美鶴はラフな格好ばかりしていた。細貝が一瞬まぶしそうに美鶴を見つめ、スッと視線をそらす。

「いやー、わからなかったよ。」と、美鶴の横にならぶ。
「結婚式だからね。思い切って振袖にしてみたの」
美鶴はドキドキしながら、横目で細貝の反応をうかがう。
「そうなんだ。なんか学生時代からは想像もつかない」
「そうだよね。私化粧すらしてなかったし」
美鶴は、それだけ?と軽く不満に思いつつも表情には出さなかった。それより重大なことを聞き出さねばならない。

「今日は実家に泊まるの?」
「いや、今日のうちに四日市に帰る。明日の仕事が朝一からなんだ」
「そうなんだ。忙しいんだね」
美鶴は浮き立っていた気持ちが少し沈むのを感じた。

二人は組んで実験することが多く、エラーをフォローし合っていた。ディープに物事を探求する細貝の真面目さを、美鶴は呆れつつも尊敬していた。

会場につくと、すでに懐かしい面々がそろっていた。他人行儀な挨拶から始まっても、すぐ学生のノリで笑い声があがる。
美鶴は研究室仲間の新郎側の出席者で、紅一点。男子のなかには大和撫子に変身した美鶴を、からかい半分で褒めるものもいた。しかし、美鶴が一番話したい相手は、男子とばかり話していた。

披露宴の席次は美鶴と細貝は斜め向かい。会話はしにくい配置だ。美鶴は、そっとため息をついた。
披露宴の最中、美鶴は気もそぞろに、チラチラと細貝をみる。二次会には出ないと言っていた細貝と、二人きりで話すチャンスをどう作ろうか。そればかりを考えて、美鶴の頭の中はフル回転していた。

結婚式は新郎新婦の人柄が伝わるあたたかいものとなった。
美鶴は慣れない振袖を早く脱ぎたいという理由で二次会はパスし、今日中に四日市に帰る細貝と一緒に、駅へ向かうことになった。

美鶴はどこでどう告白を切り出そうかと、必死に考えていた。そこへ細貝が言う。
「変なこと訊くけど。あのさ、ちょっとそのかんざしがどうしても気になって」
「ん? そうなの」
「どこで買ったの」
美鶴の胸がズキッと痛む。内心青くなりながら、あえて明るい声で返す。
「おー、彼女へのプレゼントですかあ?」
「そ、そんなんじゃない。見たことがある気がして仕方ないんだ」
「私もこれを買ったとき、そんな気がしたけど。じゃあ、ちょっとそこのファミレスでも入る?」
チャンスは逃すなとばかり、提案する。
「そうだね」

案内された窓際の席に向かい合って座る。美鶴はここで告白すると腹をくくった。
「どーぞ」
美鶴はすっと髪からかんざしを抜き、細貝に手渡す。折鶴のかんざしを手にしたとたん、細貝は胸が詰まる心地がした。そんな自分にうろたえつつ、鶴をじっと見つめる。なにか思い出せそうなのに思い出せない、じれったいような感覚に襲われた。
「ありがとう。いい作りだね」
なんとか平静をよそおい、かんざしを美鶴に返す。
「この鶴を見た瞬間、私のだ、と思ったの。それに私美鶴だし。速攻で買った」
と緊張した笑いをみせながら、美鶴は鶴を再び髪に止まらせた。
「買ったのは骨董市、東郷神社の。学生の時だったかな。細貝君はどこで見たか思い出せた?」
「全然。でもなんかすごく懐かしい感じがする」
「ずいぶん昔の物らしいから、おばあちゃんちとか?」
「うーん」


珈琲が二人分運ばれてきた。すかさず美鶴が話題を変える。
「東京へはなかなか来ないの?」
「忙しいから休みに出かける気にならなくて。今回も8か月ぶりかな」
「四日市、遠いもんね」
しばらく沈黙が続く。美鶴は思い切って切り出した。
「細貝君、彼女いる?」
「え!えっーー。いないよ。会社は男ばっかだし、忙しくてそれどころじゃない。そういう星浜は?」
と切り返す細貝の声は、すこし聞き取りにくい。
「私もいないよ、付き合っている人は」
「意味深だね」
美鶴は痛いほど両手を握りしめながら、切り出した。
「あ、あのね。実は細貝君に伝えたいことがあって」
顔が熱くなるのが自分でもわかる。
そこへ細貝が固い声で言う。
「星浜さん、確か学生の時、遠距離恋愛はできないって言ってたよね」
美鶴は意表をつかれた。
「あ、あ、うん。た、確かに言ってた。そばにいてくれない人は無理だって」
美鶴は牽制?、と思いながらも必死に言葉をつなげる。
「でも、今は違う。逢えなくても気持ちは変わらない、ってわかったから」
細貝は無言で美鶴を見つめる。
「それに気持ちを伝えればよかった、という後悔をこれ以上したくないの。」

美鶴は必死に細貝と目を合わせる。
「細貝君、学生の頃から、・・好きです」
二人の間を沈黙が通りすぎる。
「・・・なんで僕?」
想定外の細貝の反応に、美鶴は一瞬ひるんだ。が、もう押すしかない!とすぐ気持ちを立て直す。
「細貝君って、疑問なことがあると徹底的に調べるでしょう。そういう真面目なところをすごく尊敬してる。
それに、実験とかですごく息があって、一緒にいると安心できた。
でも、四日市に行っちゃうから卒業の時は言えなかったの。離れ離れになったら、気持ちは冷めると思っていたから。
でも、あれから何年たっても細貝君が忘れられなかった。告白しなかったのをずっと後悔してた。
気持ちを伝えられなくて後悔するのは、もう嫌。だから今日・・・」
「星浜さんってさっぱりした性格だから、男子に人気があったんだ。だから、僕なんか相手にされてないと思ってた。
だから遠くに就職したんだ、実はね。距離を置けば忘れられると思ったんだよ。若かったね、僕も」
「! い、今は・・・」
「まさか、こうなるとは。・・・僕も混乱している。一つ確かなことは」
細貝は一呼吸おいて満面の笑みになった。
「うれしい。すごく」
「それって、OK?」
美鶴は身を乗り出さんばかりに尋ねる。
「うーん。今度逢うのは浜松あたりでどう」
茶目っ気たっぷりに細貝が笑う。

美鶴は一気に力が抜けた。とたんに恥ずかしくなり、うつむく。
赤面したまま「楽しみにしてる」と、小さな声で答えた。

「はぁ~、長かった」
ため息のように美鶴がこぼす。髪かざりの折り鶴が日を浴びて、嬉しそうにきらりと光った。


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その昔、おさよが仙太郎に渡した懐紙の包みには、「またあおうね」の文字と、折り鶴のかんざしが包まれていた。


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