見出し画像

まさかの「フィギュア」の意味

朝からずっとついたままのテレビから、オリンピック中継が続いている。

認知症の父は、日増しに、うとうとしながら過ごす時間が多くなってきている。毎日のように、新聞を読みながら寝てしまうし、朝食を食べている時も、一つ食べ終わると、そのまま、次には手をつけずに寝てしまうことも珍しくない。そんな時は、思わず、お腹の中で、クスッと笑ってしまう。

朝食を食べながら眠る姿は赤ん坊のようだが、一日中、うとうとしながら過ごす姿は、まるで老犬のようでもあり、人の一生を一瞬で見ているような気分になる。

その日の父は"老犬"で、テレビを見ていたかと思えば座ったまま眠り、それを何度も繰り返した後、今度は、横になって眠った。

その間も、テレビはずっとついたまま。

暫くすると、横になっていた父が起きて座り直した。そして、再びオリンピック中継を眺める。が、また瞼(まぶた)が落ち始めた。

父が、眠たそうな眼(まなこ)を開け、ふと、視線をテレビから私の方に向けた。

「フィ…って、…とか?」

ん???

「なぁに?」

よく聞こえなかったので、私は、大きめの声で、父が聞き取れるように、ゆっくりと聞き返した。


「フィギュアって、"くろんぼ"ってことか?」

私は、父が見ていたテレビに目を向けた。テレビ画面の右上には、「フィギュアスケート、団体決勝ペア」という表示が出ていて、ちょうど、カナダの男女ペア選手がリンクを舞っているところだった。見ると、そのペア選手の女性は、褐色の肌だった。

寝ぼけているのか、呆けているのか。
私は、お腹の中で、しばし爆笑した。

その後、こうしてスケートを履いて踊ることを、フィギュアスケートっていうんだよと、父に伝えた。父は、どうという顔もせず、またテレビの方を向いた。

老犬だった父が、一瞬で幼児に還る。
テレビを見ながら、父の瞼は、再び下がり始めた。


※父は、差別意識から"くろんぼ"という言葉を用いているわけではありませんが、不快に感じる方があればお許しください。

サポートしていただいたお金は、認知症の父との暮らしを楽しみながら、執筆活動を続けていくのに使わせていただきます。