【掌編小説】読書感想文の書き方 〜読書の感想を書くなかれ〜 中学生夏休みの宿題の場合
※ この小説はフィクションです。登場する人物や設定は実在のそれとは関係ありません。
(ただし、筆者の「夏休みの宿題を頑張る学生さんを応援したい!」という気持ちだけは事実です。^_^)
読書感想文の書き方
~読書の感想書くなかれ~
中学生夏休みの宿題の場合
七月二十日、三時間目。黒板に今日のテーマが書かれ始めたときから、教室は諦めと抗議のため息で包まれていた。いつもより大きな字でそれを書き上げた先生は、こちらを振り返り、ふっくらほっぺにいつもの笑窪を作って笑った。
「はいはい、分かるわよ〜。夏休みの宿題で一番提出率が悪いやつだから。」
文句の声もワイワイ上がる。だって先生ー、わけ分かんないんだもん。そうだよ、読書の感想でそんな書けないでしょー。
「そうね、読書の感想を書こうと思ったら、面白かった、で終わるもんねー。はいはい、だから、ちょっとだけお助けになるか分かんないけれど、プリント持ってきたから。回してくーださいっ」
ウキウキして前列の生徒にプリントを分け始めた先生は、いつもより楽しそうだ。宿題出す時の先生たちって、時々こういう顔をする。なんてサディスティックなんだろう。
プリントを一枚取って、後ろへ回す。後ろの席の男子は、私のことを「怖い女子」だと思っているから、おそるおそるこちらを見上げてくる。だから、いつも顔までは見ない。失礼千万じゃないか。それでも、今日は振り返ればよかったと思う。手に取ったプリントのタイトルからは、目を逸らしたくなるはずだ。ところが、前の方、つまりもうプリントを読み始めたクラスメイトからのざわめきが聞こえて、私もプリントを覗き込んだ。クラスで一番気の短い山本が、早くも声を上げた。先生ーどういうこと?読書感想文って、本の感想書くんじゃないの?
先生はまたくくくっと笑う。
「はいはい、順に説明するから、そう急かさないで。」
やりとりを聞きながら、私も自分の眉が少し曲がるのを感じていた。プリントには長々と文章が書かれていたが、そのタイトルは「読書感想文の書き方 〜読書の感想を書くなかれ〜」だった。
「じゃあ、いつもの授業とちょっと違うことを言います。よく聞いておいてよ。今回の読書感想文についてのプリントと授業には、二種類の情報が入っています。星印のついているのといないのと。いないのは、私からの提案。絶対そうじゃなくちゃいけないわけじゃないけれど、こう考えれば書きやすくなるんじゃないかってこと。星印のついていることは、『必ず守ってほしいこと』です。例えばそうね、提出期限とか、五枚目の半分以上書くこととか、一枚目の一行目から書くこととか。様式のことや指定のことが多いけれど、後から直そうとすると字数が足りなくなったりしてた大変だから、あらかじめ頭に入れておいてね。プリントの裏の最後にリストにしてありますから、最後にチェックリストとして使ってください。ただし、提出期限以外は、後から修正できなくはない。面倒だけれど、修正すれば評価に影響しないから、そんなにビビらなくていいわよ。」
またざわめきがクラスに広がる。本当にうるさいなこのクラス。せんせー、成績に関係あるの?とのんきな声が飛んだ。それもプリントに書いてあるじゃないか。提出物としての評価がつくって。
「はいはい、じゃあ本題に入るわよー。読書感想文、みんななんで嫌いかって、何を書いたらいいのか分からないからじゃないかしら?」
うんうん、と教室中がうなずく。四月から赴任してきたこの先生は、ちょっと変わっている……と思う。生徒が勉強を嫌がることを嫌がらない。生徒が失礼な文句を言っても、笑窪のくくくっと笑いで、軽く流してしまう。だから、みんななめてかかって、また失礼なことを言う。
「じゃあ、作文ってそもそも何を書くの?」
はぁ?と心の中丸出しの声が広がる。そんなの作文によるんじゃない?と、もっともらしいことを言ったのは、クラスで一番成績のいい井上だ。でも先生はその当たり前の答えにしたり顔でこたえた。
「ところがところが。中学生に書いてほしい作文って、原則があるの。それはね、ずばり『体験を通じた成長記』よ」
どうだ、とばかりに黒板にもその言葉を書き連ねた。この、しゃべりながら壁にかかっているの黒板に文字を書く技術は、本当にすごいと思う。いや、それよりも作文だ。
「例えば、修学旅行の後に作文書いてきてって言われたとするじゃない?そしたら『修学旅行のこの体験を通じて、こんなことを知って、自分の考えがこう変わった。こんなことを考えられるようになった。こんな風に変わったからこれからこうしていきたい。』ってぐあいに書くといいのよ。なにも、わかりきっているスケジュールや、先生も一緒に見てきた景色を上手に描写できるかのために作文書かせるわけじゃないの。修学旅行で、何を学んで、どう成長したかが知りたくて作文書いてもらうわけ。」
ふう~ん、先生ってそんなこと考えてるんだ。
「じゃあ、もうひとつ。学級から、人権作文も出されるでしょ?」
うへぇ、そうだった~!と声をあげたのは私の後ろの席の男子一人だけだった。あんたどうせ書かないでしょ、と思いながら、ちょっとだけそいつの気持ちも分かった。夏休みに原稿用紙十枚も文章書かなくちゃいけないなんて、確かにやりすぎじゃないかと思う。全体の宿題の量を、先生たちは知っていて出しているのかな。
「これは、学んだことや考えたことが人権のテーマに合ってれば、それぞれの体験から『人権』についてこういうことを学んだ。こういうことを考えたって書けばいいの。」
なんだか、教室がだんだん静かになっている気がした。
「じゃあ本題、読書感想文ね。本を読んで、どこがおもしろかったかやどんな本かを書くのが読書感想文じゃない。それは読書紹介文よ。読書感想文っていうのは『一冊の本を読んだという読書体験を通して、何を感じたり考えたりしたか、自分が何を学んだかやどう変わったかを書く』ものよ。読書体験のビフォーアフターね。読む前と読んだあと、自分の中で何がどう変わったか。」
また、黒板に言ったままの言葉を書く。こうやってちょっと字が左へずれていくときは、先生が一番大事なことを言いたい、書きたいときだ。
「つまり、体験の種類や、学んだことの種類が指定されて、それぞれの作文で書く内容が違ってくるわけよ。物事や本の中身のちょっとした説明も、その時どう感じたかも、そのあとどんなことを考えたかも以前の自分とどう違うのかも書かなくちゃいけないから、実は二千字って結構短いはずなのよね。」
中学生にとっては衝撃的な「二千字は短い」という言葉に、もはや誰も反応しなかった。教室の半分は、話を聞いていないか諦めたかだと思うが、もう半分はきっと私と同じ心もちなのだろう。ほう、というため息がいくつかこぼれた。
「本の中身やどこがおもしろかったかは、中学生の作文読まなくても本を読めばいいわ。だけれど、あなたたち一人ひとりがその本からどんな影響を受けたかは、あなたにしか書けないのよ。だから、あなたたちに作文を書いてもらうの。前に読み終わった本をもう一度読み返して当時のことを思い出して書いてもいいし、前から読みたいなと思っていた本や、自分の今の悩みに合いそうな話題の本でもいい。小説じゃなくてもいいのよ。」
そこからしばらく、本の選び方の話が続いた。なぜ、マンガやラノベはだめというきまりなのか。上下巻やシリーズになっている本はどうしたらいいのか。でもとにかく、作文のこの原則がすべてにつながっているようだ。
ふと、先生が腕時計に視線を落とした。先生の頭上の時計を見ると、あと数分で授業が終わる時間だった。
「もう授業が終わるわね。あと、漢字の間違いや文法のおかしいところはとりあえず見つけられるところだけ直してきて。後からいくらでもチェックできるから。私たちだって、誤字脱字をチェックしてもらうことはあるんだから。さぁ、もう一度言うわよ。読書感想文はね、本の中身が知りたいんじゃないの。あなたたちがどんな本を読んでどんなことを考えて、どう変わったかを知りたいの。あなただけの読書体験成長記を待っているわ。まぁ、プリントにも今日言ったことはあらかた書いてあるから、また書く前にゆっくり読んでちょうだい。」
実際に全員が書くかどうかは別にして、みんながなんとなく、書ける気分になっていた。あなただけの読書体験成長記……。この先生の話を聞いていると、ハードな宿題でもできそうな気がするから、不思議だ。教室に、またちょっとした静寂が流れたとき、ちょうどチャイムが鳴った。先生は慌てて付け足した。
「明日の授業でプリント集と一緒に応募票の下書き用紙と原稿用紙とも配りますので、今年は買わなくていいわよ。じゃあ、授業を終わりましょうか。さぁ、ご飯だ!」
嬉しそうに言った最後の言葉に、教室は爆笑に包まれた。先生は、不思議そうな顔をして、え?なんで?と呟いた。せんせー、まだ三時間目だから!もう一時間あるよー!さっき時計見たじゃん、と聞こえてきた言葉に、先生も私も一緒に笑っていた。本当に、不思議で面白い先生だ。
職員室に帰ってきた途端、すぐ後ろから入ってきた佐藤先生に問われた。
「先生、どんな授業してたの?最後生徒らえらい沸いてたけど。教室の前通ったら読書感想文の板書しか見えなかったし、それであの子らあんな爆笑させたん?」
自分の担任するクラスに何があったかと、心底心配した顔だった。その顔が少し面白かったのと、思い出し笑いを一緒にこらえて、ちょっと小声で答えた。「終わりのチャイムが鳴った時、四時間目だと思って『ご飯だ!』って言ったんですよ。それだけ。読書感想文の話は、そんなに面白くできません。生徒もなんか静かで退屈したんでしょうけれど、意外とそういうところ、真面目なんです私。」
なぁんだ、ははは……と、少し気の抜けたようながっかりした笑いが遠ざかっていくのを見ながら、しみじみ思った。一学期が終わる。
執筆後記
初めてこちらに小説をあげます。ドキドキです。本当は、世の中が終業式だと言われた日にあげた方がよかったかと思いますが、今年の終業式のニュースを見たのは十九日。こんな早かったっけ?と思ってしまいました。
読書感想文、大人の読書感想文も全部こうだと思っているわけではありません。noteでよくある読書感想文の記事は「成長記」じゃないですし、読書の感想じゃないと「???」ってなると思います(笑)。
でも、中学生に求めている作文と「読書感想文」という言葉の間には、結構な差があるな、言葉通りに受け取ると書けないだろうな、と思います。まぁ、プリントにはたいそうなタイトルをつけましたが、正確には「感想だけを書くものではない」くらいでしょうか。そう思いませんか?インターネットなどの書評(noterさんの読書感想文も含めて)は、その本に多少興味があったり、自分も読んだから他の人がどう思ったか知りたかったりする人が読みにいくものです。中学生の宿題でそんなのの訓練する必要はなくて、微妙なお年頃の自分をしっかり見つめて書くことができるかが問われるのでしょう。ただ、ここに出てくる主人公(生徒の方)はこれだけ言語表現を心の声でできるのならそう苦もなく書けるかも。言葉遣いを中学生風にしようかな、とも思いましたが、ふざけすぎるとこちらが疲れるので。実際の中学生はここまで受け取らないでしょうね、この授業。
みんなが嫌いな読書感想文、これも年中行事。がんばれ学生さん。二千字くらいはサラッと書けてほしいと思っているよ、大人は。それに、今は一人一台タブレット貸与されるらしいじゃないですか。カチャカチャッと打ち込んで、字数カウント使って一六〇〇字超えたら丸写しすれば、誤字脱字の心配はほぼ無し。羨ましい時代です。
中学生の作文同様、拙い初note小説ですが、あたたかく見守っていただけますと幸いです。
読んでいただき、ありがとうございました。