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スポーツを生かした街づくりをどう実現するのか?:千葉利宏

 パリ・オリンピックが7月26日に開幕し、心配されていたテロ事件も起こらず、8月11日に無事、閉幕した。8月28日からはパラリンピックも始まるが、三井不動産が8月20日付けの日本経済新聞に「スポーツ・エンターテインメントを生かした街づくりを車いすラグビー選手と語る現在と未来」を題して全面広告を掲載した。
 パリ五輪では新種目のブレイキンが注目され、アーバン(都市型)スポーツの人気も高まっているが、三井不動産では「コロナ禍を経て世の中にライブやリアルといったものへの渇望が広がっているのを受けた対応」(常務執行役員商業施設・スポーツ・エンターテインメント本部長・若林瑞穂氏)として、スポーツを街づくりに生かす取り組みを進めていくという。
 当ブログでは「スタジアム問題から見た神宮外苑再開発」(2023/09/25)を書いているが、改めてパリ五輪を振り返りながら「スポーツを生かした街づくり」について考えてみたい。

パリオリンピック(2024年)


■40年前と変わらない五輪開会式会場周辺の街並みに驚く
 最近はテレビのスポーツ中継をほとんど見なくなったので、実を言うと筆者はパリ五輪をほとんど見ていない。テレビのスポーツ中継はワンパターン化しているし、「日本人選手が金メダルを何個、獲った!」といった報道ぶりも相変わらずだ。スポーツの楽しさや面白さを伝える斬新なコンテンツにお目にかからないので、東京五輪もほとんど見なかった。
 その中で注目したのは、スタジアムの外に出てセーヌ川を中心にパリ市街地を舞台に行われた開会式と、パリの街並みを背景に選手たちが疾走した女子マラソンである。開会式の会場周辺には、エッフェル塔を邪魔するような超高層ビルは建っておらず、公園や街路樹などの緑も多く、広々としたオープンスペースを上手く利用していた。マラソンコースも、稀に見る「難コース」と言われていたが、パリの美しい街並みや景色が映し出されて楽しめた。
 筆者は1987年に1度だけ取材でパリを訪れたことがある。パリ中心部にあったフジサンケイグループのパリ支局に顔を出したあと、シャンゼリゼ通りをブラブラと歩いた記憶があるが、街並み全体が統一感を持ってデザインされ、広々としたオープンスペースが確保されていることに驚いた。
 それから40年近く経ったが、テレビ画面越しに見るパリの風景は当時とほとんど変わっていない。それに比べて、東京は2001年に政府が都市再生本部を設置して再開発を加速したことで超高層ビルやタワーマンションが林立し、わずか20年ほどで大きく様変わりした。
 都市の景観は、建物の外観デザインだけでなく、建物の高さで形成されるスカイラインと路面や街路樹などによって構成される。森ビルの超高層ビル建設計画を阻止するために建物の高さ規制を設けた銀座地区を除けば、統一感のある街並みは日本の都市からどんどん失われているように感じている。

■東京都心部でパリのようなオープンスペースを確保できるのか
 パリ五輪では、新種目となったブレイキンなどのアーバンスポーツも市街地のオープンスペースを活用して開催されていた。日本でも、大阪のJR難波駅近くの「ポンテ広場」、川崎市のJR武蔵溝ノ口駅改札口前が「聖地」となってダンサーを育ててきたと聞く。やはりスポーツを都市の重要なコンテンツとして活用するには、開放的でオープンな空間があるべきなのだろう。
 では、東京の中心部で、パリと同じようにオリンピックの開会式やアーバンスポーツを開催できるようなオープンスペースを確保できるだろうか?
 実は10年前の2014年2月に、筆者は東京におけるオープンスペースの重要性を指摘する記事を書いたことがあった。2013年9月に東京五輪2020の招致が決定したあと、東京の都市再開発事業が一気に動き出したので、古巣の日本工業新聞の後輩に頼まれて、フジサンケイ・ビジネスアイ(2021年6月に休刊)の1面で「東京2020―国際都市への挑戦」と題し、13年11月から15年7月まで不定期に21回、記事を連載した。
 当時は、三井不動産が「日本橋再生計画」に力を入れ、日本橋川の上空に架けられた首都高速道路の撤去を強くアピールしていた。ただ、首都高撤去が必要と主張していたのが日本橋の景観が損なわれているという点で、今一つ根拠が弱いというの印象だった。

■日本橋川に架かる高速道路を撤去して公共空間を生み出す
 そこで筆者は「日本橋での高速道路撤去は、都市景観だけでなく、都市における公共空間の確保の点からも意義が大きい」との見方を記事にした。
 「東京の都心部では、多くの人々が集まって祝祭イベントを催すことができる広場のような公共空間が限られている。皇居前広場はあるが、もともとイベントを催すような空間ではなく、大規模な祝祭イベントは銀座の中央通りで開催されることがほとんどだ」としたうえで、「高速道路が撤去されれば、銀座のように日本橋の中央通りを最大限に活用しやすくなり、日本橋川の水辺や船などを利用して大規模なイベントを開催できる」と書いた。
 余談だが、プリツカー賞を受賞した建築家の磯崎新氏(2022年死去)が、国立競技場の建て替え問題に関連して、東京五輪2020の開会式を皇居前広場で行うことを2014年11月に提案したことがあった。筆者は「皇居前広場でイベントは開催できない」と思い込んでいたが、さすが世界的な大建築家である。もし、実現していたらパリ五輪に先駆けて歴史に名前を残したかもしれない(コロナ禍で無観客開催になってしまったが…)。
 記事の最後で、元東京都副知事で明治大学教授の青山佾(人べんに八に月)氏のコメントを紹介した。「前回(1964年)は日本が高度成長に向けたオリンピックだったが、今度は成熟社会に向けたオリンピック。人々が文化やスポーツなどを楽しめる公共空間のあり方を議論すべきだろう」と。 筆者も「広場、公園、水辺などオープンな公共空間をデザインすることも、東京の魅力向上には欠かせない大きなテーマだ」と書いて、記事を締めくくった。

■東京のヒートアイランド対策に「風の道」の整備を
 さらに2014年11月に掲載した記事では、川の上に架けられた高速道路を撤去することで、「風の道」が確保され、ヒートアイランド対策の効果も期待できると書いた。この時は、日本橋川に加えて、高速道路によって塞がれた「京橋川」を再生させようというNPO法人の活動を取り上げ、米国ニューヨーク市の名所となっているハイライン(廃線となった高架線路を利用して整備した公園)のように、東京高速道路KK線の一部を公園とする提案を紹介した。
 その後、2016年に日本橋周辺のまちづくりが国家戦略特区の都市再生プロジェクトに追加され、「首都高日本橋地下化検討会」の議論を経て、2019年に日本橋の高速道路の地下化が正式に決定。KK線をハイライン化する「KK線再生プロジェクト」も、2023年に東京都が決定し、両プロジェクトとも2040年頃の完成を目指して動き出している。
 三井不動産が「スポーツを生かした街づくり」を掲げたのは、2024年4月にグループ長期経営方針「&INOVATION 2030」を打ち出してからだ。「産業デベロッパー」として社会の付加価値創出に貢献するため、スポーツ産業の成長に向けて都市環境を整備しようというわけだ。
 その具体的な事例として、三井不動産が渋谷の宮下公園で2020年に開業した「RAYARD MIYASITA PARK(レイヤード・ミヤシタ・パーク)」にはスケートボード場、ボルダリングウォール、ビーチバレーなどができるサンドコートを整備。2024年5月には、バスケットボールBリーグ「千葉ジェッツ」のホームアリーナとなる「LaLa arena TOKYO-BAY」をMIXIと組んで開業。築地市場跡地の再開発計画では、トヨタ自動車などとスタジアムの建設を進めようとしている。

■施設整備だけでスポーツを街づくりに生かせるのだろうか?
 スポーツ産業の育成のためには、スタジアムやアリーナなどスポーツ施設の整備は欠かせないのは確かだ。しかし、筆者のようなスポーツへの関心が薄れてしまった人も含めて需要を拡大していくためには、スポーツ施設の外でも様々なイベントなどを仕掛けていく必要があるだろう。
 スポーツ観戦の楽しみには、スポーツ競技の臨場感を味わうだけでなく、日頃からファンとしてチームや選手を応援することで満足感を味わう、いま流行りの「推し活」の要素もあるし、2001年にサッカーJリーグの試合を対象に始まったスポーツくじ「toto」のような「ギャンブル」の要素もある。いずれにしても、スタジアムやアリーナに多くの人たちに足を運んでもらえるように、街の雰囲気をいかに盛り上げていくかである。
 パリ五輪の開会式や女子マラソンを見ながら、元東京都副知事の青山さんが言うように「人々が文化やスポーツなどを楽しめる公共空間のあり方」が重要なのではないかと考えていた。
 三井不動産は、住宅、商業施設、オフィス、教育施設など複数の機能を採り入れた「ミクストユース」という街づくり手法を得意としてきた。何かと話題になる神宮外苑再開発計画でも、スタジアム、ラグビー場などのスポーツ施設に超高層ビル、ホテル、商業施設などを加えたミクストユースの街づくりを進めようとしている。築地市場跡地の再開発計画も、現時点では住宅やオフィスなどを加えたミクストユースだ。 「スポーツを生かした街づくり」とは、従来の手法にスポーツ施設を加えただけの街づくりで良いのだろうか?そんな疑問を感じている。

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