映画『ムーンライト』月の光の下で少年は美しいブルーに輝く
美しい映画でした。薬物中毒、いじめ、育児放棄と人間の醜い部分が描かれていますが、映像は詩的で美しい。アメリカのマイアミ貧困地域が舞台ですが、決してその地区だけの特殊な物語ではなく、すべての人の心を揺さぶる普遍的なストーリーです。
監督・脚色バリー・ジェンキンス、原案タレル・アルビン・マクレイニー、第89回アカデミー賞作品賞、脚色賞、助演男優賞(マハーシャラ・アリ)受賞。2016年製作。アメリカ映画。A24制作。
マイアミの貧困地域。内気な少年シャロン(アレックス・ヒバート)は学校では「リトル」と呼ばれいじめられ、家庭では麻薬常習者の母親ポーラ(ナオミ・ハリス)から育児放棄されています。シャロンに親身になってくれるのは麻薬ディーラーのフアン(マハーシャラ・アリ)夫妻と唯一の男友達ケヴィンだけです。大変な困難な環境の中で、少年シャロンが大人になるまでが描かれています。
シャロンが細く小さく「リトル」と呼ばれる子供時代。内気で歩き方に特徴があるシャロンはいじめの標的です。いじめられて隠れているところを麻薬ディーラーのフアンに助けられます。
成長する過程で「良い大人」に出会う事は本当に大切だと思います。それは親かもしれない。それが望めない場合は、全くの他人でもいい。フアンに出会えて小さいシャロンは沢山の愛情を受け取ります。
シャロンを海に連れて行き泳ぎも教えるフアン。自分がキューバから来たことや、キューバの思い出、そしてまだ小さいシャロンに
「自分の道は自分で決めろ。周りに決めさせるな」
と心から伝えるシーン。
フアンを演じたマハーシャラ・アリが、知的なところも感じられる麻薬のディーラーを大変魅力的に演じています。最短出演シーンでのアカデミー賞受賞とも言われているそうですが、出演時間に関係なくとても強い印象を残しています。「ムーンライト」といえばマハーシャラ・アリが真っ先に思い浮かぶほどです。
育児放棄をし、麻薬常習者であるシャロンの母親。原因になっている麻薬を売る側のフアン。「ママが薬をやっている」ことを確認したシャロンは、大好きなフアンが麻薬を売っている事実を知りフアンの部屋を出ていきます。映画では、それがシャロンとフアンが一緒に過ごす最後のシーンでした。
フアンがグリーンを配置した気のきいた部屋に住んでいるのも、麻薬ディーラーの仕事あってのことで、その末端ではシャロンの母親のような貧困にあえぎ健康も害した人が苦しんでいる残酷な事実。その、構図の中でフアンは亡くなります。映画で原因は語られませんが、虚しさが残りました。
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高校生になり、シャロンは友人ケヴィンに友情以上の感情を抱き、二人は夜の浜辺で気持を確かめ合います。初めてのキスをして暖かい気持になった翌日、学校で悲惨な事件が起こり、シャロンは警察に連行されてしまいます。
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数年後、大人になったシャロンは鍛え上げた筋肉質なマッチョな男性として登場します。金歯のグリルを上下に装着して、ゴールドの太いネックレス。高校までの弱々しい、いじめられっ子のシャロンの面影はありません。
今では、フアンと同じ麻薬のディーラーとして羽振りのいいシャロン。銃を手元に置き、皆から一目置かれる存在になっています。
でも、数年ぶりにケヴィンと再会した時、シャロンは身にまとっている「強さ」も金のグリルも置いてうつむきがちに話します。幼い頃からの内気なシャロンが顔を出します。
料理人になって堅実な生活をしているケヴィンと、麻薬のディーラー、シャロン。生き方が違ってしまった二人。それでもシャロンを理解しているたった一人の男性はケヴィンです。シャロンのこれからの人生が少しでも明るいものとなるようにと願ってしまいました。
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シャロンは三人の俳優が演じています。幼年期「リトル」シャロンはアレックス・ヒバート、10代はアシュトン・サンダース、大人「ブラック」シャロンはトレバンテ・ローズ。
その中でも、大人のシャロンを演じたトレバンテ・ローズは筋肉質な体つきで違和感を感じる程でしたが、話し方やその瞳は小さい頃のシャロンと同じでとても驚きました。
監督のバリー・ジェンキンスと原案戯曲のタレル・アルビン・マクレイニーは共にマイアミの薬物常習者の母親のもとで育ったという共通点があり、思いを強く込めてこの自伝的作品をつくり上げたそうです。
In Moonlight Black Boys Look Blue
原案 タレル・アルビン・マクレイニー