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字がうますぎて就活の面接に呼ばれた話

「きみね、筆記試験ボロボロだったんだけど字があまりにもキレイだったから実際に会ってみたくて通したんだよね」
 
これは僕が実際に就活の面接で人事の方?に言われた一言だ。
今回は約9年間、書道教室に通って得た経験と学びそしてその後の影響について書いていく。

*****

最初の記憶は母親に手を引かれて書道教室に向かう道中のことだった。
当時、僕は幼稚園の年中だった。
夏のひどく暑い日だった。
気が付けば目の前に古い一軒家が建っていて、母親に引かれて僕はその中へと入った。

中では年齢バラバラな子供たちが正座をして黙々と字を書いていた。
壁には子供たちが書いたであろうものが所狭しと飾られていた。
部屋の隅を見ればおばあちゃんが正座してこちらに顔を向けていた。
眉間にしわが寄っていて見るからに怖そうだ。
母親はすぐにそのおばあちゃんのほうへ進み
「本日からよろしくお願いします」と頭を下げていた。
僕はわけがわからずボーっと母親とおばあちゃんの顔を交互に見ていた。


いま思えば母親は教育熱心な人だったと思う。
小さい頃から家の中では英語の紙芝居や絵本をカセットから流して読んでもらったり、車に乗っている時は英語の歌が流れた。
(唯一記憶に残っているのは”ろけっとぴっちゃー”と聞こえていたものが”Look at the picture."だったということ。高校生のときに急に閃いて授業中にもかかわらず「あぁ!」と声を出しそうになった。)

他にもスイミングスクールやピアノを習っていた。
どれも気が付いたら通い出していた。
幼稚園の頃はみんなは遊んでいるのにピアノの練習を毎日必ず1時間しなければいけないことが嫌で仕方がなくてよく泣いていた。


書道教室での思い出はほとんどが苦しいものばかりだった。
先生が怖くて通っていた生徒はみんな一度は泣かされていたと思う。
仏頂面なうえにスパルタ方針で、上手に書けない子は後ろから先生が手を持って「ここはこう!ここで止めてはねる!わかった?!」と直接指導される。これがかなり怖い。
教室には常に緊張感が漂っていた。
実際、僕が小学生になってコンクールで入賞するようになってから友達が何人か入ってきたが先生の厳しい指導に耐えきれずすぐに辞めていった。 
 
夏休みなどの長期休暇は地獄だった。
コンクールに出品する課題を仕上げるため、お盆をのぞくほぼ毎日教室に通わないといけないからだ。
作品を書き上げるために来る日も来る日も半紙に向き合った。
1時間の教室の中で納得のいくように書けないと自然と涙が出てきた。
何度も母親に辞めたいと申し出たが「今やめたらもったいないでしょ」と言われ辞めさせてもらえなかった。

どれだけ努力しても敵わない相手がいることを初めて体験したのもこの書道教室だった。
隣の小学校の同い年であるSくん。
確か同じようなタイミングで入ったと思うのだが僕はSくんについに一度も勝つことが出来なかった。
教室では学年ごとにお題となる字が用意され、毎週必ず書いたものが壁に貼られる。
Sくんの字は圧倒的に美しく、先生が用紙するお手本となんら遜色のない出来栄えだった。
同じ学年の中では僕は常にナンバー2だった。
それでもコンクールに出品すれば僕は銅賞、Sくんは銀賞なのだから驚きだ。
「Sくんで銀賞?!ありえない!」と思い、金賞受賞の作品を見たのだが
それは圧巻の一言だった。
「本当に同い年でこんな風に字を書ける人がいるのか・・・」と愕然とした。
改めて自分の作品を見ればひどいもので、こんなにも下手なのに小学校の中では”字が一番上手な子”と称されている事実にモヤモヤした。


もちろん良いこともあった。
前述の通り、メキメキと上達して学校で賞状や盾をもらえるようになった。
月曜日の全校集会で登壇し、みんなの前で賞状を受け取ることは誇らしかった。
「自分は運動も勉強もパッとしないが、”これが得意だ!”と胸を張れるものがある」というのは幼い自分の自尊心を支える大きな要因となったのは間違いない。
通常、全校集会で登壇する生徒は早めに体育館にいきリハーサルを行うのだが、5年生になったころ先生から「君はもう慣れてるだろうからリハーサルいいよ」と言われたときのことを僕はいまだに忘れていない。

そんな書道教室だったが中学1年生の終わりに部活との両立が厳しいという理由で母親の許可を得て辞めた。

*****

「みなさん、あの筆記試験手応えありました?僕全然できなかったです(笑)」

とある会社のロビーで僕は他の就活生にそう語り掛けていた。
大学4年生の春。就職活動真っ最中だった。
「え?そうですか?まあまあ出来たと思いますけど・・・」
口々にそう言うのはこれから同じ会社の集団面接に臨む4人の就活生だった。
みんな1次の書類審査、2次の筆記試験を通過してここまでたどり着いたのである。
(みんな賢そうだな・・・というかなんで手応えなかったのにここまでこれたんだ・・・?)
頭の中には?が浮かんでいたが「みんな通ってたんだなきっと!」と都合よく解釈して面接に挑んだ。

集団面接が始まり、序盤はいつも通りの流れだった。
だが、中盤に突然ノック音がして
「面接の邪魔はしないから失礼するよ」と1人の男性が入室した。
見るからに上質なスーツを着こなしており「偉い人だ!」と直感で分かった。
「僕はここでいいよ」と一番端のイスに腰を掛けパラパラと履歴書らしきものを見ていたがやがて1枚の紙をじっと見たかと思うとパッと顔を上げ目が合った。
(なんだ・・・?)と思ったがすぐに目をそらされた。
そのあともしばしば視線を感じるような気がしたが面接に集中した。

「最後に質問はありますか?」
各々が最後に爪跡を残そうと質問をし終えたとき、これまでずっとだまっていた上質なスーツの男性がおもむろに言葉を発した。
「きみが○○さんか」あろうことか彼は僕の名前を呼び僕の顔を見て話し出した。
彼が続けて言ったのが冒頭のセリフである。

一瞬時が停まり、次の瞬間「ぷっ」と隣の就活生が笑いそれにつられて部屋にいる全員が笑った。
なんと僕は字がキレイだったという理由だけで筆記試験を通過していたのだ。
「あwやっぱり筆記試験できてなかったですか(笑)」
「うん。全然ね(笑)」
聞けば書類審査の段階で字がキレイだと話題になったらしく筆記試験で間違いなく本人の字であることが証明されたため面接に呼ばれたらしい。
(こんなことってあるんだ・・・)と思い、ほくほくした気持ちで帰路についた。

その会社はそこで落とされた。

*****

現在、僕は30代前半で妊活をしている。
妻とはよく子供が生まれたら何を習わせようかという話をする。
スポーツ、音楽、芸術・・・いろいろと候補は絶えないが、ひとつだけ必ず習わせたいと思うものがある。
もちろん書道だ。
”字がキレイ”というだけで何か良いことが起こること僕は身をもって体験しているから。

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