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#02 パリのカフェ「カラスの黒い影の音が聞こえなくとも」

こちらのエッセイはパリの珈琲にまつわるetcの連載マガジンです。その他の記事はこちらからどうぞ。

某月某日
2月の半ば、パリの右岸の通りを一軒のカフェを目指して歩いていた。
どこまでも厚い冬空はパリの路面に日光を落とさない。春は本当にやってくるのか疑いたくなる。
 <Partisan Café Artisanal> は、パリの3区、Arts et Métiers 界隈にある。近くにある工芸・技術博物館の名前をとってそう呼ばれているエリアだ。問屋街としても有名で、工芸素材などが卸値で売られる店が軒を連ね、さらにフランス国立工芸院があるので、伝統工芸やものづくりを志す学生の多い場所でもある。

店名の< Partisan > は、第二次世界大戦の時に ナチスドイツに対するレジスタンスを歌った「Le chante de partisans (パルチザンの歌)」に由来するそう。歌詞はこんな感じです。

友よ、我らの平野にカラスの黒い影が飛ぶ音が聞こえるか?
友よ、鎖でつながれている国の声にならない叫び声が聞こえるか?
パルチザンたちよ、労働者たちよ、農民たちよ、これは警報だ
今夜、敵は血と涙の代償を知るだろう
同志よ!鉱山を登り、丘を下るのだ
藁の中から銃散弾、手榴弾をとりだせ
おお、銃弾あるいはナイフを持った殺し屋たち、すぐさま殺せ!
おお、破壊工作員、重荷に気をつけろ: それはダイナマイト...

兄弟のために刑務所の鉄格子を壊すのは我らだ
我らを追いかける憎しみと 我らを押しやる飢え、惨めさ
ベッドに寝ている人が夢を見る国がある
ここで、我らは、ほら、歩き、殺し、死ぬ...
ここでは、誰もが何を望むのか、何をするのかを知っている
友よ、もしお前が倒れたら、代わりに友が影から出てくる
明日、道路の明るい太陽の下で黒い血が乾くだろう
歌え、友よ、自由が我らに耳を澄ます夜に…

カラスの飛ぶ音が聞こえるって想像しただけでかなり怖い。戦火の中作られたリアリティを感じる歌である。

カフェに話を戻そう。
店は叉路の角にあり、目につきやすい。天井の高い店内には自家焙煎の黒い戦闘機のように、あるいはこの界隈を象徴する現代工芸作品のように鎮座している、というのは言い過ぎだが。

注文の列ができていた。角地の建物で窓際が惜しみなく客席になっている。壁に掲げられたメニューを見ると、コーヒーはイタリアン/ニューウェーブという抽出の違いを選べるようになっていて後者が全て50セント増しの値段。
言葉の響きからするとイタリアンの方がなんとなく老舗感があり、ニューウェーブは70〜80年代の音楽についての話のようで懐かしい気分になるのだけれど、コーヒーとなると何だかわからない。
焙煎とブレンドの違いと思うが、とりあえず両方飲むことを想定してイタリアンのフラットホワイトを、それと併せて並んでる間にケーキのショーケースでみたビーツのケーキというのも見たことがなかったし、そのボルドー色の上に帽子のように白いクリームがのっているルックスにそそられ注文した。季節の味わいを感じるお菓子っていいものです。
店員さんは終始忙しそうで、まるでマルシェの八百屋のように次々に客をさばいていく。なので「あのー、イタリアンとニューウェーブってどんな違いがあるんですか?」という一見の客が聞きそうな質問は飲み込んでしまった。

珈琲はとてもコクがあり美味しかった。自家焙煎だからきっと鮮度もよさそうだ。そしてケーキもまたオリジナルで美味しい。きっと季節限定だったのだろう。

若者が列をなし、集まり、語る。東京で美大生だった頃、中央線の安酒場で、老舗の純喫茶で、くだらない話や芸術論めいた話を延々と語っていた頃の思い出がよぎる。珈琲の中に思想を見出そうとする、または、ワインを片手に語り合うパリのサロン文化は、いまはセーヌ河沿いに座りビールやカフェのベンチで飲むカプチーノやフラットホワイトに姿を変えたのかもしれない。

この冬空に黒いカラスの飛ぶ音は聞こえないけれど、空を見上げると一瞬その影が行き去ったような気がした。


Partisan Café Artisanal
36 Rue de Turbigo, 75003 Paris
mon-fri 8:30-18:00
sat & sun 9:00-18:30



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