自分の人生を
自分で選択してほしい
小学生の頃から、級木さんには大きな疑問がありました。
「何のために勉強するんだろう?」
小学校、中学校、高校と信頼できる幾人かの先生に質問しました。どの先生も、返答は同じ。「将来のため」。それでも質問を続け、納得できる答えに導いてくれたのは、大学で選択したゼミの先生でした。
「今、目の前にあることが正しいかを判断するためです」
つまり、だまされないために勉強するのだ、と理解しました。
なるべく多くの知識や価値観を知って、自分で考える。自分で考えられれば、自分にとって正しいことは何なのか、立ち止まることができます。
級木さんにとって「だまされない」とは誰かの言いなりにならず、自分の人生を自分で選択すること。
「テロ組織が支配する地域にいる子どもたちは、爆弾を抱えて自爆しろといわれたら従ってしまいます。それが当たり前だからです。でも自分で考えられれば『当たり前』を疑えるかもしれない。生きるために、逃げるという選択ができるかもしれません」
「自分にとっての正しさを考える」手段としての「勉強」。勉強するには、まず文字を扱えなくてはなりません。学歴に関わらず大抵の大人が文字を扱え、就学前に読み書きを始める日本の子どもと異なり、アフガニスタンでは小学校に行かなければ、文字に触れる機会がないのです。
「今はこうして話せていますが、寄付活動を始めるまで、ジョイセフもアフガニスタンでの教育の現状についても知りませんでした。大人になった今でも日々勉強です」
盛岡からアフガニスタンを支援
長男の卒業を機に始めた活動
「ランドセル・フロム・イーハトーブ」ではランドセルを、1つにつき2300円の輸送料と一緒に預かり、ジョイセフが行う「思い出のランドセルギフト」に寄贈しています。1年目は52個、2年目は地元のテレビや新聞などに取り上げられ105個を送りました。
今年の受け取り場所は盛岡市、滝沢市、遠野市など岩手県内9カ所。あまり告知をしませんでしたが、2週間ほどで約50個が寄せられています。
持ち主である子どもが主体になれるボランティア活動として、少しずつ定着しています。
ですが、目的は寄贈だけではありません。アフガニスタンの現状や人のいのちを救うジョイセフの活動を多くの人に知ってもらうこと、活動の大きな目的です。
「誰に頼まれたわけでもないんです。勝手に応援しています」
活動のきっかけは長男・駿斗くんの小学校卒業でした。わが子のランドセルをミニランドセルにリメイクした知人の話を聞き、自分もやりたいとネットで調べていて「思い出のランドセル」に出合いました。
大学では国際学部に在籍し、卒業後は海外での国際支援も考えていた級木さんにとって、盛岡から外国を支援する方法は魅力的でした。駿斗くんに相談すると「寄付していいよ」とすぐに賛同してくれました。
調べると1個も2個も送料が変わらなかったため、実際に寄付したのは2つ年下の次男・崚斗くんが小学校を卒業した2021年。話をすると同級生のお母さんが参加してくれました。周囲に話すたびに寄贈の輪が広がり、ついに場所を提供してくれる企業まで現れます。
自分にとっては要らないものでも
誰かにとっては人生を変える力がある
保管場所はパートとして働く地元工務店の2階、8帖ほどの事務所です。募集期間が終わると協力店からランドセルを回収し、ホームセンターで買ってきた160サイズのダンボールに梱包。近くの郵便局まで車で運びます。事務所に保管できる数が多くないため、一連の工程を何度もくり返さなければなりません。
手間のかかる作業を続ける励みは、毎年ジョイセフから届く感謝状。中には活動報告も書かれています。
感謝状を初めて読んだとき、級木さんも子どもたちも驚きました。ランドセルを受け取ったことで就学でき、医師や教師になって故郷で活躍している女の子や男の子が紹介されていたのです。
自分にとってはいらないものも、必要としている人がいる。自分たちのランドセルを手にした子も、何年後かにはこうして紹介されるかもしれません。
「自分の持ち物や行動が、誰かのためになっていると実感しました」と駿斗くんは話します。
それでも「ランドセル・フロム・イーハトーブ」は三男・逞斗くんが小学校を卒業する2028年までと決めています。
「やりたいことがたくさんあります」。2022年、盛岡市の農家から規格外のリンゴを買い取ってサイダーの製造販売を開始。台風で落ちたリンゴを埋めている現場に立ち合ったことがきっかけです。今年は紫波町の農家から規格外のブドウを買ってジュースをつくる予定と目を輝かせます。
積極的に活動する級木さんを「ちょっと変わってる」と評する駿斗くんと崚斗くん。この3年、事務のパートと不動産関係の自営業を掛け持ちながら、男の子3人の育児、家事、ボランティアと、忙しくも楽しそうな母親の姿を間近に見てきました。
「他の人のために働く母を誇りに思っています」と駿斗くん。
勉強や仕事を面白がる大人の態度は子どもの心に強い印象を残します。「誇り」と感じた母の姿も忘れることはないでしょう。そして、記憶に焼き付いた母の姿は、人生の岐路で必ず現れてくるはずです。
級木 美子(まだのき よしこ)
1978年、岩手県盛岡市出まれ。文教大学国際学部卒業。
2021年「ランドセル・フロム・イーハトーブ」を発足、活動開始。
2022年「さんさスパーク」の製造販売開始。
趣味は山菜取り、さんさ踊り、ツーリング、天体観測など。現在は子どもたちが参加するスポーツのおっかけ。
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