【12月23日】人間の価値は、何があっても変わらない。しかし、その価値がどれくらいかは、誰にもわからない。

ある有名な授業で、こんな話がある。

先生が、「この千円札が欲しいか?」と生徒に聞いたら、ほとんどの人が「欲しい」と答える。
その上で、千円札を握りつぶして見せ、「これでも欲しい?」と聞く。同じだけの人が変わらず「欲しい」と答える。
さらに、これを床に落とし、踏んで見せる。同じ質問をすると、それでも人々は「気にしない。欲しい」と答える。
そして、先生は、「このように、お金の価値はその扱いがどうであれ変わらない」と語り、人間もそれと同じだと話す。
人間の価値は、その人がどう扱われようが変わらない、という話だ。

いじめられたり、虐待にあったり、何かの差別にあったり、嫌な思いをしても、お金の価値と同じように「恒久的に」人間の価値は変わらず、それは原則だということ。
この議題で最も大切な視点は、何より自分が自分自身を卑下しないこと、その価値を見失わないことであり、どれだけ他者に虐げられても、個人の価値は揺らぐことがないことだと知ることである。

僕もそう思う。この国の憲法にあるように、それは基本的人権と言えるものだ。極端な話だが、自分以外の人間が全て敵になっても、自分の価値は変わらない。
これは、逆に言うと、誰かにとってのあなたの価値は変わるということ。
人は色々な価値を見出す生き物だから、その価値に意味を感じる。
友達の価値、恋人の価値、家族の価値、社会の価値など、立場や相手によって多様だ。
つまり、誰かにとっての個人の価値は簡単に変わってしまうものだし、

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10分もかからず読める。つまり、なんか読書した気になれます。「気になれる」ということが大切。この世の全ては「錯覚」ですからね。

最低でも、月の半分、つまり「2日に1回」更新します。これはこちらの問題ですが、それくらいのゆとりがあった方が、いろいろ良いかと。 内容とし…

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