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司馬史観を、本気で指摘する人がいるようだ。そういうのを見ると、頭は大丈夫ですか?と心配になる。

司馬遼太郎という作家がいた。主に、江戸から明治、その辺りの近代史を基にした物語を書く小説家だ。
僕が大阪に住んでいる時、一度だけ彼の博物館に行ったことがある。と言っても、この建物は生前に司馬遼太郎が住んでいた家で、彼の書斎や蔵書などを観覧できる程度のものだ。

司馬遼太郎と聞くと、誰?と思う人も多いと思うが、彼の作品は非常に映像化しやすいらしく、多くの作品がドラマや映画の原作となって知られている。
有名なところでは、「坂の上の雲」「龍馬がゆく」「燃えよ剣」「関ヶ原」功名が辻」など、かなり人気作家であることがわかる。大金持ちだろう。
ちなみに、僕はほとんど見たことが無いし、作品を読んだことも無い。ドラマ化された「坂の上の雲」だけは見た。

司馬遼太郎の作品の根底には、後に「司馬史観」と呼ばれる思想が流れている。
実際の歴史を基に、彼の視点とその思想をミックスさせたような作風が、多くの人に好まれているようだ。とにかく、いかにも「漫画的」で、ファストな面白さがある。コミックを読まない大人が読みそうな作品、という感じか。
もちろん、幼稚と言っているのではない。ただ、そういう面白さがある、という事実を語っているだけだ。

つまり、歴史に詳しい人が読むと、これは事実とは違うと言いたくなる記述が、たくさん出てくるはずだ。僕は、全く歴史に詳しく無いので、それほどはわからないが、ここで大切なのはそもそも「これは小説ですよ」という大前提である。
多くの人が知っている通り、小説は「創作」であって、「事実」では無い。どうも、平成以降の人たちは、この辺りの分別ができない感性を持っているようだ。そこが心配になる。

僕の勝手な想像だが、ツイッタのような個人が発信できるような場では、「司馬遼太郎の小説は、事実と大きく異なっている。こんな物を読んで歴史を理解した気になるな」みたいな議論が繰り広げられているのではないか。もし繰り広げられていなかったら、若者も捨てたものじゃないが、繰り広げられていなくても問題は無い。そもそも、若者は本なんか読まないのだから。

当然のことながら、漫画では人が簡単に死ぬし、わけのわからない怪物や、かめはめ波のような謎の物質まで出てくる。実際の物理現象とは違うような動きをする人や物が出てきたり、あり得ない世界が描かれる。
これは「漫画」だから、という理由からか、「事実と違う」とマウントを取る人が出てこない。絵が描いてあるし、大衆娯楽としてかなり広まっている。少年漫画から少女漫画、青年漫画まで多岐に渡る。
おそらくだが、多くの人が触れている物だから、あまりマウントをとりたがる人が出てこないのだと思う。なぜなら、そんなことをしても多くの人に「馬鹿か」と思われる可能性が極めて高い。だから、言わないのだ。言っても、それほど効果は無い。誰も、漫画に知識など求めていない。面白いか、面白くないかだけだ。
しかし、僕の感覚では、「君はなぜ、漫画は現実と違っておかしいと言わないのか。漫画を舐めているのか?」と感じる。そもそもが低俗な物だから?

何も、マウントを取ることや、知識をひけらかすことは悪いことではない。どうぞご自由に、と思う。
ただ、大切なのは「思想」だと僕は思っていて、それだけ強い意志や「己の価値観」を持っているのなら、それを貫き通せばいいのにと感じる。
漫画の世界に対しても、「あんな背の高い巨人が自立できるわけ無いだろ」とか言うべきだ。「この作家はスケール効果を知らないのだ」となぜ非難しないのか。そういうイイ加減さが、サムいなと感じてしまうのだ。

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10分もかからず読める。つまり、なんか読書した気になれます。「気になれる」ということが大切。この世の全ては「錯覚」ですからね。

最低でも、月の半分、つまり「2日に1回」更新します。これはこちらの問題ですが、それくらいのゆとりがあった方が、いろいろ良いかと。 内容とし…

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