やさしい法律講座v56「『航空法違反』と『安全阻害行為』」
以前の掲載記事をご覧ください。
やさしい法律講座ⅴ55「『マスク拒否おじさん』の社会的規範と法律」|tsukasa_tamura|note
今回は以前の報道記事より詳しい解説記事を見つけましたので紹介する。
以前のブログの中の「検察側は、緊急着陸はマスク不着用が理由ではなく、奥野被告が客室乗務員の指示に従わず安全な運航を妨げたためと主張」を解説する記事です。
皇紀2682年12月19日
さいたま市桜区
政治・法律研究者 田村 司
「マスク拒否」ばかり論じるな! ピーチ運航妨害の主題は「航空法違反」と安全阻害行為だ
日野百草(ノンフィクション作家) の意見 - 14 時間前
航空法違反は重罪
航空法違反は重罪である。日本でも罪は重いが、他国であれば国にもよるが容赦がない。
特に国際的な緊張状態にある国や政情不安の国では、ハイジャック犯やテロリストとみなされ、他の乗客の命を脅かすとして身柄拘束の上で逮捕、下手をすれば私服警察官や警備員、あるいは機内配備の軍人に射殺されることもある。古くはエル・アル航空219便(1970年。特殊部隊により射殺)やエチオピア航空(機内の航空保安官により刺殺)事件など数多い。
そうした国々で機内の安全のため、武装して旅客機に乗る搭乗員を「スカイマーシャル」とも呼ぶ。
記憶にあるところでは9.11「アメリカ同時多発テロ事件」直後は本当に厳しく、空港内や搭乗時のセキュリティーチェックはもちろん、機内にも多数のスカイマーシャルやそれに類する武装警備員が同乗していた。数百人の命をあっという間に奪う航空機事故、9.11では衝突したビルや地上の一般市民、警察や消防なども含め約3000人が犠牲となった。
世界的に航空法が厳しいのは当然のことで、事によってはその国の国体すら転覆させかねない。航空法違反の「国際的な常識」とはそういうものだ。
航空法「安全阻害行為等の禁止等」とは何か
釧路から関西空港行きのピーチ・アビエーション126便の機内で指示に従わず、さらに客室乗務員の女性を負傷させて運航を妨害したとして、傷害罪や威力業務妨害罪などの罪に問われた男(36歳)の裁判が12月14日、大阪地方裁判所で開かれた。検察側は懲役4年の実刑を求めたが、判決は懲役2年、執行猶予4年となった。
この男はほかにも罪状があるのだが、本稿では客室乗務員に対する
・傷害罪と威力業務妨害罪
・それに起因する航空法違反(安全阻害行為)
に本稿を絞る。
男のこうした行為は航空法「安全阻害行為等の禁止等」によって禁止されている。
第七十三条の三 航空機内にある者は、当該航空機の安全を害し、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産に危害を及ぼし、当該航空機内の秩序を乱し、又は当該航空機内の規律に違反する行為(以下「安全阻害行為等」という。)をしてはならない。
第七十三条の四 機長は、航空機内にある者が、離陸のため当該航空機のすべての乗降口が閉ざされた時から着陸の後降機のためこれらの乗降口のうちいずれかが開かれる時までに、安全阻害行為等をし、又はしようとしていると信ずるに足りる相当な理由があるときは、当該航空機の安全の保持、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産の保護又は当該航空機内の秩序若しくは規律の維持のために必要な限度で、その者に対し拘束その他安全阻害行為等を抑止するための措置(第五項の規定による命令を除く。)をとり、又はその者を降機させることができる。
特にこの件に関連する箇所を抜粋したが、検察はなんとしてもこの男を実刑に持ち込みたかったことが伺える。一概には言えないが執行猶予はおおよそ3年程度の懲役につくもので、4年を求刑ということは「実刑であるべき」という検察の意思表示だろう。
それはもっともな話で、機内で暴れて執行猶予、まして初犯だからと男の主張通りに無罪では、航空法違反という航空会社のみならず、重大脅威に対する国家としての示しがつかない。
法的に正しい緊急着陸の判断
そもそもピーチ・アビエーションが決めたことを守れない、気に入らないなら「使わない」という選択肢が消費者にはある。またピーチ・アビエーション側にも「乗せない」「降ろす」という選択肢がある。そもそも多くの乗客の命を預かっているピーチとしてはそうせざるをえない。また航空法でもそう定められている。
第七十三条の二 機長は、国土交通省令で定めるところにより、航空機が航行に支障がないことその他運航に必要な準備が整つていることを確認した後でなければ、航空機を出発させてはならない。
第七十三条の四
第五項
機長は、航空機内にある者が、安全阻害行為等のうち、乗降口又は非常口の扉の開閉装置を正当な理由なく操作する行為、便所において喫煙する行為、航空機に乗り組んでその職務を行う者の職務の執行を妨げる行為その他の行為であつて、当該航空機の安全の保持、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産の保護又は当該航空機内の秩序若しくは規律の維持のために特に禁止すべき行為として国土交通省令で定めるものをしたときは、その者に対し、国土交通省令で定めるところにより、当該行為を反復し、又は継続してはならない旨の命令をすることができる。
この条文の
・航空機を出発させてはならない
・航空機に乗り組んでその職務を行う者の職務の執行を妨げる行為
がそれだ。
程度によっては出発したものの、やはり問題が起きた、処理しきれないほどの事件が起きた、などケース・バイ・ケースとなるが、ピーチ・アビエーションは法にのっとり、他の乗客の危険も考慮した上で新潟空港に緊急着陸した。男によって客室乗務員が腕をねじれあげられけがを負った時点で機長の緊急着陸の判断は法的に正しい。どう考えても普通ではないからだ。
男の訴える要求が「マスク」するしないが起因だとしても、それを口実にしたハイジャック犯かもしれないし、テロリスト、もしくは旅客機もろとも墜落することを望むローンウルフ(一匹狼)かもしれない。男は「そうではない」と主張するだろうが、機長の判断は「極めて危険」な安全阻害行為と法にのっとり、その権限をもって判断したということだ。
今回の件にマスク着用有無は無関係
筆者(日野百草、ノンフィクション作家)は本文中、ここで初めて「マスク」と書いた。なぜならこの通り、事件は航空法違反の話であってマスクは関係ないからである。
「マスクをするしないは好き好き」
で、日本政府は法的権限でマスクの着用を強制していない。しかし先にも言及した通り「マスク着用」を決めている企業や医療施設、サービスはある。それもまた「好き好き」であり、それが気に入らないのなら「使わない」という選択肢がある。それを消費者として強行するなら単なる目的外利用でしかない。
2019年、ビーマン・バングラデシュ航空147便に乗った男が「バングラデシュの首相と自分の妻と話がしたい」と要求して特殊部隊に射殺される事件があった。
日本では執行猶予で済む。話がしたいと要求することとマスクをしないと要求すること、銃器所持の有無はあるにせよ、実のところ航空法において同列の安全阻害行為であり、それがバングラデシュなら射殺、日本なら執行猶予ということだ。
マスクをするしないは自由だし、ノーマスクを主張するのも自由だが、マスク着用の有無を決める側もまた自由である。ましてや客の「使わない」は自由だが「降ろす」は航空会社の判断であると同時に、航空法に定められた法律でもある。
もちろん、マスク着用の難しい方はどうするのか、という問題はあるが、だからといって機内暴力と航空法違反という飛躍につなげるのは「普通の人」が考えるなら無理な話である。
そもそも、なぜ航空法がここまで世界中で厳しいのか考えてみてほしい。墜落すれば機内の数百人どころか地上の数千人も犠牲にするだけでなく国体をも揺るがしかねない。それを日夜、日の丸を背負い安全運行に尽くす航空関係者たちがいる。当たり前に飛んで当たり前に着く飛行機の「当たり前」は多くの人たちの「職務」によって支えられている。
最後に繰り返し書く。この件にマスクはまったく関係ない。あるのは航空法と、それを脅かした安全阻害行為だけだ。
参考文献・参考資料
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