もう、おじさんだ、と自覚した7月25日のバレーボール
右足のふくらはぎ内側の上のほうに、ちょうどゴルフボールのような、しっかりと重みのある小さい硬いボールのようなものが後ろからボテッと当たった感覚がありました。瞬間的に「痛っ!」と声が出ました。
振り返ったらそこには何もないし、誰もいない。目線を元に戻すと、一緒にバレーボールをしていたイラストレーターのわかるさんと目が合いました。わかるさんはすごく驚いた顔をしていました。
え、何が起きた?
あそうか。ぼくたぶん肉離れしたんだ。7月25日、木曜日、東武練馬の出版権法保健組合の体育館でバレーボールをしていたときのことでした。
2月14日。イラストレーターのわかるさんがXでつぶやいていました。
バレーボールがしたいけどなかなかできない、というその投稿に、すぐさまイラストレーターのunpisさんが反応します。
それを見たぼくも続きます。
こんな感じで話がトントン進みました。
でも、その頃のぼくは本作りでバタバタしていました。頭の片隅にはバレーボールのことがつねにあるんだけど、手がつけられない状態……(まじでただの言い訳です。時間作ろうと思えばいくらでも作れました)。口だけになってるなあ。ぼく口だけのやつがいちばん嫌いなのに自分がそうなってるなあ。心に小さなしこりができた状態で日々を過ごしていました。
6月23日。青山ブックセンター本店で開かれた、大津萌乃さんとunpisさんのトークイベントに行きました。トーク終了後、希望者はサイン会の準備が整うまで席で待ちます。ご挨拶がてら、unpisさんに装画をお願いした『ラジオじゃないと届かない』にサインをしてもらうためにサイン会の列に並びます。
辻「お久しぶりです!」
up「お久しぶりです! 来てくださってありがとうございました!」
辻「とんでもないです。おもしろかったです〜」
up「バレーボールしましょうよ!!!」
辻「ぼくもその話しようと思ってました……ほんとに、ほんとに企画しますね!」
そのとき、Xでわかるさん、unpisさんとやりとりしてからもう4ヶ月が経っていました。ここで手をつけられなかったらもう終わり。家に帰る電車の中で、わかるさんとunpisさんにあらためてバレーボールをしましょうとご連絡。忙しいおふたりのスケジュールを確保。そのまま出版健康保険組合が運営するサイトへ直行。7月25日水曜日、18:00からバレーボールコートを予約。料金は3時間3000円です。
呼びたい方がいたらぜひ声かけてみてください! ごようすわかったら教えてください〜! とおふたりにお伝え。試合ができて、ちょっとあまるくらいの人数を呼びたい。14人くらい集まったら完璧。わかるさんとunpisさんがそれぞれ1人〜2人くらいは誘ってくれるはずだから、ぼくを含めてもう5人、多くて7人は集まったと同じこと。あとぼくが7人〜9人集めればいい! いけそうだ!
当日まではけっこう時間に余裕がありました。おふたりがどのくらい声をかけてくれるのかわからないから、ぼくはいったん待ちの状態です。数日後、ごようすいかがですか〜と聞いたところ、おふたりからそれぞれ「ぜんぜん人呼べなくて……」と心苦しそうなご連絡が返ってきました。それではぼくにおまかせください! と元気に返信しつつ、内心焦っていました。目論見がはずれたからです。そこからぼくのバレーボールの人数集めがはじまりました。(よく考えたら、この期間ちょうどおふたりとも個展の準備の真っ最中。なんてお忙しい時期に謎のバレーボールを企画してちょこちょこ連絡してんだよ……! ばか)
バレーボールをしましょうと言ってすぐ人数を集められるほどぼくには人脈がない。まずは手がたく、絶対に来てくれそうな会社の後輩2人に連絡。すぐにオーケー。きみたち頼もしすぎるよ。これで5人。あとはどうしよう。同僚に声をかけるのは簡単だけど、自分の会社の人ばっかりにはしたくない。知り合いに手当たり次第に声をかけるのはなんだか違う。経験者か否かはどうでもいいから楽しんでくれそうな人を呼びたい。あと、会いたい人を。とはいえ、この真夏にアクセス悪い場所でバレーボールしたい人なんているのか??
ご無沙汰しております。突然のご連絡すみません。
謎のお誘いなのですが、バレーボールをしませんか……
というぐあいで、メールやXのDM、LINEで連絡を送っていきます。
ひさしぶりにご連絡するデザイナーさん
児童書編集時代にお仕事をしていたイラストレーターさん
展示で3回ぐらいご挨拶したことがあるイラストレーターさん
初めて展示でお会いしてその当日に声をかけたイラストレーターさん
7年ぶりに飲みに行ってそのときに誘ったイラストレーターさん
(イラストレーターさんばかりだ笑)
いま仕事を進めている作家さん
スポーツができそうな他社編集者さん
営業時代にお世話になった取次の社員さんや書店員さん
仕事じゃないけど2回ぐらいお会いしたことがあるライターさん
幡野広志さんのワークショップで会いまくっている狩野さん……
着実にご連絡をしていきました。このときにはもう、RPGのラスボスを倒すための仲間を集めているようなわくわく感すら感じていました。
こんなお誘いにのってくれる方なんていないだろうと思いつつお声がけをはじめましたが、意外にも来てくださる方が多い!(じつはみんなこういう誘いを求めているんだろうか?) なんと……16名の方に参加いただけることになりました! イラストレーター、デザイナー、編集者、作家、ライター、フォトグラファー。 見る人が見たらすごい方が集まっています。会社の同僚は4人に留めて、当初の目論見を達成。(もちろんお断りの方もいらっしゃいましたが、ひさしぶりにご連絡するきっかけになってすごくよかったです。)
そして、7月25日を迎えました。当日、4人の方の都合がつかなくなってしまいましたが、それでも12人います。6人、6人の試合形式でプレイできる人数です。じゅうぶんです。出版健保の体育館は東武練馬駅から徒歩12分。遠い。しかもこの日の日中は36.6度。暑すぎる。来てくださる方に深い感謝の気持ちを抱きつつ、会社の後輩とぼくは早めに到着。着替えて、コートのようすを見にいくと、すでにポールもネットもボールもセッティングされている! しかも暑くない(涼しいと言うわけじゃないけど)! めちゃくちゃ良い環境じゃないか!
そうこうしてるうちにポツポツとメンバーが集まっていきます。わかるさん、unpisさんとはほんとに実現しましたね、なんて言いながら、ぼくはちょっとした達成感を抱いていました。
ひととおりメンバーの紹介して、ガムテープとマジックで名札もつくりました。それからみんなで円になって一緒に準備体操です。ぼくが1、2、3、4と声を出し、みんなが5、6、7、8とつづく。こんなの高校の部活以来です。
まずは3グループくらいにわかれてレシーブの練習。1グループ3人〜4人なのですぐに息が上がります。でもみなさん連絡をくれた段階では「私、初心者なんでできるかわかりません」なんて保険をかけまくっていたけど全然プレイできそう。続いてサーブの練習。こちらもみなさん全然いけそう。みんなやれちゃいそうなのでさっそく試合形式で遊ぶことにしました。
unpisさんとわかるさんはバレーボール経験者。戦力均衡のためおふたりをべつべつのチームにして、グッパーでチーム分けをします。グッパーの掛け声は地域によって違うので、声を出すのをちょっと躊躇しました。(このときはグッパーで通じました。)
最初はボールをお見合いしちゃったり、ラリーが続かなかったりすることもあったけど、やっていくうちにみんなどんどん上達してくる。さすが経験者、わかるさんはサーブがうまいし、unpisさんはレシーブがうまい。全然試合になってるじゃん。しかもめちゃくちゃ楽しいぞ。みんなも楽しそう。ああよかった。開催してよかったなあ。ぼくは序盤でもうそんなこと思っていました。
そのとき、ぼくのふくらはぎにゴルフボールが当たったような感覚があったんです。オーバーハンドトスをしたあと、2〜3歩あるいたときに痛みが走りました。はじめての肉離れ。でもこんなどうってことない動きで肉離れしますか? スライディングしてレシーブしたとかならまだわかるけど。
みんなに動かないほうがいいと言われてその場に座りこみます。座っているぼくを中心に、みんなの心配する顔が目の前にずらあっと並びます。やべえやってしまった。痛みなんかより恥ずかしさがこみあげてくる。
「ぼくは大丈夫なので、そのまま試合してください!」
「いやできないですよ……ほんとに大丈夫ですか?」
「お願いします、試合続けてください。これで試合できなくなるほうが心のダメージでかいので」
「……そうかもしれませんけど」
そのうちに施設の人が氷袋を持ってきてくれました。車椅子まできた。とりあえず病院行きましょう、と施設の人が病院を探してくれます。その間、ぼくはどういう顔をすればいいかわからない顔をしながら、ふくらはぎを氷で冷やし続けます。
ぼくはこのときオードリー若林正恭さんのラジオのトークを思い出していました。若林さんは、ハライチ澤部さんたち芸人仲間とバスケをしている最中に膝の靭帯を損傷したそうです。その場で座り込んで、メンバーがまわりに駆け寄ってくる。痛いけど自分のせいでみんなに迷惑をかけられない。そのとき「続けてください!」と言ったと。その気持ちが痛いほどわかりました。
ちょっとして落ち着いてから、会社の後輩たちがぼくの気持ちをくんでくれてプレイを再開する流れにしてくれました。後輩、君たちはなんて心優しいんだ。ぼくは自分のせいでよどんだ雰囲気をすこしでも和らげようと、ナイスレシーブ! ナイスサーブ! うまいっ! とか必要以上に声を出していました。でもその声はボリュームは大きいけれど、ぜんぜん力がこもっていない。声というよりもはやそれはただの音でした。
口から音を出しながら、ぼくの心の中は、なんでこういうときにケガすんだよ。いちばんダサい。おまえ主催者だろ。病院行くのだるいわあ。でも来週は仕事で外出の予定がないはずからずっと在宅勤務でもいけるな。歩けないからここからタクシーだな。タクシー代めっちゃ高いだろうな。さっき後輩が病院の付き添いしますって言ってくれたけど、まじで申し訳ないわ……みたいなネガティブなことでいっぱいになってました。
結局、病院は行けるところが見つからず、明日の朝に行くことに。みんなで着替えて当初の予定通りかるく飲み会へ。第二回もやりましょうねと約束して解散となりました。
こんなことでケガするなんて、ぼくももうおっさんだな。34歳だしそりゃそうか。タクシーをおりて、片足ケンケンしながらなんとか家の玄関までたどり着いたのでした。タクシー代は13,000円でした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?