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死ぬな、生きろ、ただ愛せ

「幸せになるのには、覚悟が必要だよ」酔った勢いで誇らしげに言うわたしが、二日酔いの頭にリフレイン。安いウイスキーを煽ったせいで、鼻の奥からまだ酒の匂いがする。頭を抱えながら水を飲み干し、自分に改めて問う。

「自分には、幸せになる覚悟あんのかよ」

小さくつぶやいたその声は、反響もせず孤独に吸い込まれてゆく。まだ若い、と言われる年をもうすぐ終える。28歳夏、わたしはまだ迷っている。



わたしが今暮らすのは、古い大きなゲストハウス。恋人もひと月滞在することになり、なんだか夏休みが来たみたい。集まった旅人たちと酒を酌み交わしては、馬鹿騒ぎをしたり、時には涙をこぼしたり。簡単に青春、って言ってしまうのが悔しいほどに、青春だ。

わたしは昔から修学旅行がだいすきだった。友だちと朝までいられること、好きなひとの知らない一面を見れること、そして、家族から離れられること。ワクワクとドキドキ、ほんの少しの寂しさで胸はいっぱい。夜になれば何度でも枕投げをしたし、どんなに夜が更けても恋バナをした。そんな夜を、心から愛していた。

そのうち学生時代は終わり、自然とみんな大人になった。修学旅行は期間限定で、もうみんな「明日」のことを考え始めていた。わたしひとり、ただ置いてけぼりのまま、修学旅行の夜を繰り返していた。まるで閉じ込められたタイムリープSFのように。

そんな日々を変えるトリガー、それがこの夏だった。旅人たちと顔を突き合わせ、恋人は軽率に肩を抱く。そんな一瞬のきらめきを詰め込んだ飲み会は、真夜中最低な話っぷりになる。普段は言わないような下品な話で溢れ返ったオードブルでお腹はいっぱい。それでも物足りなくて街へ出た。「ナンパしちゃうか〜!」なんてふざけながら、カラオケでオールする。マイクスタンドにかじりつくように、ガラガラの声でブルーハーツを。

「写真にはァ写らない…ゥウ美しさァがァあるからァァァ!」

リンダリンダ…!

飛び跳ねながら大声で騒ぐ。まるで世界の鬱屈をすべて晴らすように。誰も悲しむものなどいなくていいように。わたしたちの美しさも愛も友情も、写真には写らない。だからこそ、こんなにも愛おしい。

朝7時、じゃんけんでグリコをしながら帰る道。恋人は「ぼく、人生でオールしたのなんて10年ぶりだよ」と疲れた顔で笑う。酒と煙草が香水の最悪なわたしのまま、口づけをした。

美しい朝焼けだった。



そんな日々は続かない。いくら楽しくても、いくら最高の夜でも。"未来"が、"明日"が人間にはある。それを今更知ったわたしは、自分に明日など存在していなかったことに気づく。明日のこと、未来のこと。逃げ続けてきた"幸せ"。

誰かのせいにしたってどうにもならない現状と、過去のせいにしても癒されない心の傷。両手いっぱい抱えた荷物で、見えない足元。ほんとうはどこを進んできたのかも、どこへ進めばいいのかもわからない。絶望にまみれた今日も、わたしたちは"生きる"ことしかできなくて。

友人は午前2時にこぼす。「どうすれば幸せになれるのかな」みんなが言葉少なになってくる時間帯、酔った頭で人生論を戦わせる。どうにもならない現実と、どうにもできない自分のこと。分かることなどないひとの気持ち、分かるわけない未来のこと。わたしたちは青春を味わう代わりに、不安も存分に味わっている。時には泣き出してしまうほどに。

許されたモラトリアムだと、他人は簡単に言う。毎日が闘いの中で、削られていくHP。常に選択を強いられ、起きるか死ぬか、水を飲むか死ぬか。無自覚なor death の日々、生きることを掴み取っていることを忘れてしまう。

自由の代償は大きい。常についてくる不安は、国保や年金の支払いで割増料金。夢を目指すことも安心を取るのも自由だからこそ、勝手に重さをつけて背負った気になる。そして、潰れてしまう。

絶対に幸せになるという決意はある意味不幸だ。歯を食いしばるほどに苦しくても、幸せに向けて絶対に妥協しない。それほどまでの覚悟がなければ幸せにはなれなくて。食いしばって自分を諦めず、人生を絶対に投げ出さず、ただ貪欲に明日を、未来を目指せるひとしかきっと、幸せにはなれない。

そして、きっとわたしはそうはなれない。



「毎日がさあ、修学旅行みたいで楽しいねえ」酔った頭で恋人に抱きつく。恋人は頭を撫で笑ってくれる。そしてちいさく言う、毎日が修学旅行じゃ疲れちゃうよ、と。

恋人は幸せになる価値があるひとだ。そして、幸せになる勇気ももっている。明日があって、未来がある。

わたしにはない、と続けそうになる。そうではない、そうではないのだ。呪いをかけているのはいつだって自分自身だ。わたしが幸せになる勇気を持たないことは、覚悟がないことは、愛しいひとを傷つける。ただそれだけがどうしようもなく事実なのだと、知っていて見ないふりをしてきた。

わたしたちは常にひとを色眼鏡で見ないように努力している。誰かを決めつけないように、いい人になれるように。なのに、それを自分には向けてあげられない。自分のことは可能性も肩書きも決めつけて、勝手に思い込んだ挙句どうでもいいと投げ捨てている。

障がいを持っていても、精神疾患でも、毒親育ちでも、セクシャルマイノリティでも、フリーターでも、引きこもりでも、アラサーでも、独身でも、離婚しても、シングルマザーでも、なんでも、なんでも。自分自身の肩書きを、思い込むことだけは、決めつけることだけはしてはいけない。

終わらない幸せも、終わらない青春もない。その代わり、終わらない不幸もないんだよ。



今晩もこのゲストハウスは修学旅行だ。昨日は恋人の作ってくれた豚汁、今日は旅人が作ってくれたカレー。お腹いっぱい同じ釜の飯を食べ、青春をいまだ謳歌している。終わってゆく春の中で、桜吹雪を身体中に浴びながら。

それでも、部屋に帰ればそれぞれにこぼす涙がある。少しの違和感や苦しみ、シェアできない気持ち。キャリーケースにみんな少しずつ絶望をパッキングしている。

どこにも下ろせない荷物、どこにも降りれない自分。そんな自分を愛せなくてもいい、ただ自分は幸せになれると信じること。それだけをみんな必死で食いしばりながら信じている。心の中で何度もみんなと円陣を組む。頑張るしかない毎日に、頑張って生きることしかできない不器用なわたしたちに。

ただ応援を、ただエールを。

死ぬな、生きろ、ただ愛せ

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