いまだ成らず 羽生善治の譜

落合博満氏の「嫌われた監督」以来のファンである著者の本。

大山康晴、米長邦雄といった棋士たちから、平成に入りずっとその中心に居続けた棋士が羽生さんだった。将棋界のスターは、決闘士のような、白黒はっきりとつける斬り合いの時代から、あらゆる色をつけれる可能性に開かれた思考を展開する羽生さんと時代の流れはシンクロしていたのかもしれない。

そんな羽生さんと対峙することで、自らの将棋を再考にせまられ、そして自らの性格や運命にすら、剥き出しの命で対峙するライバルたち。その削り合う棋士たちに魅了されて、将棋に関わる仕事をしているものたち。
将棋を通して、己と向き合う。将棋と同時に人生が描かれている。

いい表現は、エピソードで語るものだ。
本書は、すばらしいエピソードが、丁寧に、かつ大胆に織り込まれている。
迷いながらも将棋AIと研究に踏み出し、最後は人間を支える文脈に気づく豊島将之。
論理的な解に重きを置く自分の性分から離れ、恐れながらも自分の好きを基準に指し始めた森内俊之。
はじめて将棋の勝ち負けに執着し、運にすら解明できる理を見つけようとした渡辺明。

ぶつかりあう棋士たちは、お互いに影響を与えあい、完成された将棋を迎えることはない。
「いまだ成らず」常に変わり続ける人の心と人の世。
本書はそれを描いているように思う。

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