佐々木蔵之介と行く 神話と絶景のギリシャ旅 | 絶対と相対、意思決定

NHK BSの番組を見た感想を。

アポロンの神託あたりの話が一番印象的だった。

ギリシャ神話の特徴は、神だけど人間っぽく語られていて、絶対的存在ではあるが、若干相対化された存在であるという二重性にあるように思った。
対して、ユダヤ、キリスト教では、神の肋骨から人間が似た形で作られた形なので、絶対に神が先じている世界観である。あまり解釈の余白がない。

50分~あたりから紹介されるサラミスの海戦のエピソードでは、アポロンの神託を聞いたギリシャの人々が、神の抽象的な言葉に対し、”解釈”し”選択”したという話になっている。
この話はおそらく、相対と絶対のバランスを、古代ギリシャの人々がどう考えていたかを物語っているのではないかと思えた。

神の言葉は絶対である、だが人間ができることも少しはあり、自由意志を持つ存在という余白がある。人間の”選択”は相対的である。すべてを認知、考慮して意思決定することはできない。だからこそ、人間は意思決定に迷うし、決定を下したあとも、あのときこうしていればと後悔もする。

相対的な存在である人間が選択をしても、「神の言葉」という絶対を用意しておくことで、難しい問題に対処していたに違いない。そして神の言葉を解釈し、”決断”したあとは、「この選択は絶対」だと思って行動できる。
たぶん、神という絶対は、相対的でしかあり得ない人間の意思決定をサポートする仕組みであったし、生き方の迷いを払拭する役割を担っていたのだろう。

さて現代では、神や絶対はほとんど死んでいる。
人間の認識や選択の限界を意識させる機能を提供する装置がなくなった。
そして人生は、「選択の連続」になった。
ニーチェは、神は死んだあと「超人」みたいな概念を出してくるのだが…
神からのサポートなしの”選択”が永遠と続くのだ。

医療の神、アスクレピオスも人間として生と死を経験し、神として復活したという二重性が込められている。母親を知らずに生まれたという背景を設定しているのも、こういう意図があったのかと思わされて感心した。
患者たちは、この神なら苦しみをわかってくれると思い、診療に来る人が多かったという話になっている。
つまり、人生のどうしようもない痛みや苦しみに対処する知恵だったのだと思う。全体的にかなり勉強になる番組でした。

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