飛沫の奥に、命の鰭が震える 世界はめくるめき ひるがえる翅の裏に月の溜息を隠す 地を乱れ打つ月雫 鋭い銀糸の雨が裂く 天と海の境界は溶け 眼球の裏で果てる光景 紙の舟 指先に纏わる夢の断片 折り目の奥で密やかに微笑む たゆたう甘美な影 それは触れればほどける薄膜の声 あるいは 呼吸の内に潜む秘密の蒸気 ひそめきあう音の群れ 互いに囁き 絡まり そして消えゆく それらは 彼の人の瞼の裏で燃え尽きる残像 ひとつの羽ばたき ひとしずくの時間 夜はその体温をそっと増してゆ
太陽の熱を閉じ込めた翡翠色のたわみ その内側で、太陽と月が秘めやかに絡み 滲む甘露が記憶の深部を揺らしていく 果実のような あるいは柔らかい毒のような香り その香りはかすかに開かれた唇の裏側に 夢の欠片を含ませる まどろみの中で囁く見知らぬ誰かの声がする 触れればただとろけてしまう 蒼白い光が封じ込めた時間の粒 指先でそっと押し当てれば微かな震えが 掌を滑る 腕は這い上がる 魂の奥底に消える そこで芽吹いたものが甘美な誘惑 遠くでプルプルと 掌の鈴の音のように震える 虜
風任せ揺れるだけの身を知りつつも 秋の光を抱く 誰がため色をまといし此花よ 見ぬうちに散る君のほほ笑み 道端にひとり咲きたる薄紅の 影が夜風に溶けて消えゆく ついばむ鳥さえ見向かぬ色に咲き 誰にも見られぬ秋の花 忘れられ咲き散りゆくもまた美し ただ風まかせコスモスの舞 たそがれにそっと佇むその姿 誰を待つやら影のひとひら 人知れず咲き人知れず散る花は 秋のひかりに夢を隠せり ひとり咲きひとり散りゆく徒花の 呼ばぬ名を風だけが知る ひとときの美を知られぬ徒花よ