カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』感想
2017年にノーベル文学賞を受賞した作家、カズオイシグロさんの『忘れられた巨人』を読みました。
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物語は6世紀のイギリスを舞台にして描かれた歴史ファンタジー。
当時、イングランドとウェールズの辺りは「ブリタニア」と呼ばれていました。この地域を侵略しようと攻め込んできた民族がアングロ・サクソン族。
アングロ・サクソン族と勇敢に戦ったブリトン人の将軍をモデルに、あの有名なアーサー王伝説が生まれました。
『忘れられた巨人』は、アーサー王が亡くなって50年ほど経った後のブリタニアで、ブリトン人の老夫婦が息子を訪ねて旅をする…という物語。
魔法やドラゴンなどのファンタジー的な要素と、実際の史実が複雑に絡みあった物語が、イシグロさん独特の美しく静謐な文体で綴られています。読んでいると、いつしか世界に引き込まれ、長い旅に出かけたような錯覚にとらわれます。
さてこの小説では、ブリトン人とサクソン人がお互いを強く憎み合い、蔑んでいます。
遠い日本に住む私にとって、ブリトン人もサクソン人も大した違いはなく、「どちらにも善悪も優劣もない」というのが正直な印象です。
それに、今のイギリス人の方々に"Are your ancestors Britons or Saxons?"と聞いたところで、答えられる人って、どのくらいいるのでしょうか?疑問です。
おそらくイシグロさんがこの小説で伝えたかったのも、そういうことではないか?と予想しています。彼は
「数世紀もの間、多様な民族が混ざり合って、イギリスは発展してきた。だからイギリスがEUを離脱して、移民が入ってこれないようにすることは、本当に悲しい」
…と語っているそうです。彼自身が、5歳の時にイギリスにやってきた日系人ですものね…。
余談ですが、2017年、ノーベル賞の授賞式の晩さん会にて、イシグロさんは素晴らしいスピーチをしました。
「私は5才の時にイギリスにやってきたので、日本語を話せません。しかし、故郷の長崎を片時も忘れたことがありません。
原子爆弾が落され、長崎の人々が受けてきた痛みを、いつも思っています。ノーベル賞は平和を築く人に授与される賞です。私はこの賞を、世界の平和のために捧げます」
…ざっくり言うと、このような内容だったように記憶しています。私はこのスピーチを聴いた時は感動で泣きました。本当にノーベル文学賞にふさわしい作家さんだな…と思いました。