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夏日記⑪ 節約と贅沢

しばらくぶりに、いつもの夏日記の再開である。
最近の連載でちょっとひんやりしていただいたかもしれないので、今度はのんびりとした日常でいきたいと思う。

毎日、猛烈に暑い。
言われなくともわかっとるわい、と思われるだろう。でもあえて言わせていただく。猛烈に、ただただ、暑い。

息苦しいし、電車から降りてオフィスに行くまでにすでに汗だくだし、ついにハンディファンを買った。
みんなが持っているFrancfrancの可愛いやつにしようかと思ったが、常に閉店セールをしている類の店舗で、日本語の若干怪しいスタッフが売っていたものが似たような形をしていたので、そちらを購入した。
Francfrancより1500円安く、折ればスマホも置ける優れものだったが、レシートの日付は5年前の1月1日だった。

まぁ、でも快適だし問題ない。Francfrancに行くと店舗全体が明るくスタイリッシュで、大人が持てる華やかな可愛らしさであふれている。結果余計なものまで購入してしまうので、これでよかったのかもしれない。ハンディファンも突然爆発とかしなければ全然OKである。


最近、惰性で入っていたサブスクリプションサービスを退会した。あまり使わないのにダラダラと籍だけ置いてしまったが、ある日ふっと辞めなくては……と思い、するりと抜けたのだ。
退会したら、なくても全然かまわないし、私の人生にそこまで必要なサービスでもなかったのかなと思った。

若干皺が残るブラウスをごまかすために着ていたジレも、35度を超せば脱ぐ。便利で7月上旬まではよく着ていたけれど、もう無理だ。
セールになったら似たような品を洗い替えにもう一品買おうかと思ったが、やめた。

皺を気にするなど、まだ気持ちに余裕のある証拠である。皺?どうぞご覧あれだ。暑いのにアイロンなんてかけていられない。てろてろしたブラウスを着てごまかしているが、たたみ皺が寄っているときは、もう堂々と晒していく。

夏は暑くて、余計なものをそぎ落としたくなる。
私の場合、この断捨離的な気持ちの節約モードに波があり、人からすれば信じられないものにお金を使うときもあれば、「それくらいは出せよ……」というところを削ってしまったりする。
自分の中の基準で、冠婚葬祭やお祝い事、プレゼントなどにはきちんとお金を使おうと決めている。
だが、自分に対する費用……食費や趣味のお金なんかは削ろうと思えばいくらでも削れるため、削るモードに入るときはとことん節約してしまう。ごはんはちくわ2本、完。というときもある。

だいたい、夏だ。
この節制モード、夏に発動することが多いのだ。

冬は寒くて、心もひもじくなりがちなので、発動しても長続きしないだけなのかもしれない。しかし夏はどこに行っても暑い。話題のごはん屋さんも暑い中並んでまで食べたくない。温泉は暑くて長いこと入っていられない。日中のテーマパークは地獄だ。というか、電車を待つ数分が、すでに不快。

けちけちしているわけではないのだが、この季節はどんなサービスを受けても、自分の中で金額に見合った効果が見いだせない。

どうせだったら、削ることを楽しむか。
そう思うことにしている。

そういうモードの時に、読みたい小説がある。
そう、お金の小説だ。
そもそも私はお金の小説が大好きだ。お金の価値観は人によって違うし、まったくぴったり誤差なく一緒!という人は、ほぼほぼいないのではないだろうか。人間性をよく表すものだと思う。


「この人はこういう人です」と文章で説明されなくても、登場人物がどういうお金の使い方をしているかを見れば、その人の背景が透けて見える。そういう露骨さを読むのが好きなのだ。

使い方ではなく、稼ぎ方もそうである。なんのために、どのような雇用形態で、どんな場所で稼ぐか。選択肢はあふれている。仕事だってひとりにつきひとつにしぼる必要はない。
お金を稼ぐ描写で、リアルな人間の営みが読める。
エピソードによってキャラクターを身近に感じたり、あるいは自分の近くにいたら仲良くするのは無理かもな、と思ったりする。

自分の価値観と照らし合わせてみたり、新たな価値観を知ることができる。それがお金の小説の楽しいところだ。

以下、読んで楽しかった「お金の小説」を紹介していこうと思う。

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まず原田ひ香先生の「3千円の使いかた」。それぞれの登場人物が3千円を手にしたらどう使うか……という話なのだが、これが10万円や100万円でなく3千円だからこそわくわくする。
ぱあっと飲みに行ったら即なくなる金額だし、かといって価値がないなんてことは全くない。
サラダとドリンク、プチデザートのついたちょっといいランチも食べられるし、美術館の展覧会で売っている画集もこれに近しい金額だと思う。(もう少し高いかな?)
食べるもよし、学ぶもよし、プチ投資するもよし。
3千円。人の個性を現すのに、これほど適した金額はないのではないか。

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お次に青木祐子先生の「派遣社員あすみの家計簿」。
この小説の見どころのひとつは、各話の最後に必ず主人公あすみの家計簿が載っているところである。
あすみは何かをやろうとするとだいたい過剰な初期投資をしてしまう。
このあすみの人間らしさが読んでいてたまらない。

まず家計簿をつけるのに、モンブランの万年筆を購入する。スタートダッシュがキマりすぎている。
しかし、家計簿は続いている。途中で投げ出してしまったら、一文無しに近かったあすみが生活を立て直すことはできなかっただろう。
うきうきした気持ちで家計簿をつけられるなら、万年筆にお金をかけた価値があったのだ。そこらへんのボールペンでは、あすみの気持ちは上がらなかったかもしれない。
あすみの散財は無計画なようで最終的に帳尻が合うときもあり、読んでいてわくわくする。

そして、あすみは人のためにお金を出せる女の子である。
通帳残高が1000円を切ったことがあるのなら、人のために身銭を切ることに躊躇するだろう。シャンプー配りのアルバイトで、あすみはお金を稼ぐことの大変さをよく知っている。
それでも彼女は友人を助けるために3万円を渡した。
このとき、あすみが恐れていたのは3万円を失うことではなく、ATMでお金をおろしている間に大事な友人がいなくなっているかもしれないことだった。

ふわふわとしているようでいて、あすみのこういったところはとてもかっこいい。
一方、せっかくウーバーイーツ的な副業でためたお金で、あすみは衝動的にかわいいサンダルを購入する。
このあすみのお金の使い方に目が離せないのである。支出もそうだが、収入を得るときも彼女らしい。生活費が足りなければ自転車に乗って稼ぐ。たとえもっと楽に稼げる仕事があっても、効率が良くなくてもだ。あすみの中でお金の稼ぎ方には線引きがあり、それが彼女を生きているキャラクターにしている。

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お次は漫画なのだが、吉本浩二先生の「定額制夫の「こづかい万歳」 ~月額2万千円の金欠ライフ~」 お菓子が大好きな吉本先生が月額2万1千円のお小遣いから自分がわくわくするお菓子を購入していく。また、よその小遣い制のお父さんのお金の使い方も紹介していく連載だ。
お菓子に一喜一憂するお父さんあり、ポイ活に精を出すお父さんあり、お小遣い増額を祈るお父さんありである。

月額2万円もあれば結構お菓子が買えるだろうと思うかもしれないが、壊れた家電の買い替えや服飾費、子どもにねだられたクレーンゲーム代などもここから出していくので、お小遣いはみるみる少なくなっていく。
ドキドキする。少なくなったお小遣いで何を買うのか……。読んでいてじりじりしてしまう。このじりじり感たまらないのである。

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私も自分の小説にはお金の話を出すことが多い。「愚痴聞き地蔵、カンパニーのお家騒動に巻き込まれる」は、主人公が(散財癖のある兄のせいで)やりくりに困り、特別ボーナスを目当てに社長の密命に乗ってしまうという話にした。
詩央の趣味は推し活だ。女性アイドルのファンで、イベントに通い詰めている。推しを追いかけるにはお金がかかる。そのあたりの葛藤も書いていて楽しかったシーンのひとつだ。

大好きなアイドルを推すため、特別ボーナス欲しさに密命を受ける主人公詩央。
3人の次期社長候補の中から1人を選ぶのが彼女のミッションであった。

また、『彼女はジャンヌ・クーロン、伯爵家の降霊術師』のマリーズは不動産投資で利益を得ていたし、銀行家のヘンゲルというキャラクターも登場させた。

マリーズは性格的に、やりくりをするよりはドカンと価値のあるものを購入し、うまく運用していく方だと思った。
ここぞというときに迷わないタイプだ。
ヘンゲルもこてこての拝金主義の銀行家である。金の匂いのする女をめざとく嗅ぎつける。
そのうち漫画版にヘンゲルも登場すると思う。楽しみに待っていてほしい。


ジャンヌ自身はお金より幽霊派だが、姉のマリーズは不動産をいくつも貸し出していた

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ちょこっと宣伝してしまったが、お金の話は、読んで楽しい、書いて楽しい、私にとっては大好物のテーマである。


お金が大好物!というとだいぶやらしい感じだが、使うことも締めることも、それぞれ大切な経験をさせてくれるのもまたお金ではないかと思う。

登場人物と一緒にお金を使ったような経験をさせてくれる作品は、実は購入金額以上に贅沢ができているのでは? と思う。
いつか私も、もっとコテコテのお金の小説、書いてみたいなぁ。


と思いながら、次は高殿円先生の「私の実家が売れません!」をいつ読もうかと考えているのであった。