価値共創の営業 vol.2: Value-based Selling (バリュー・ベースド・セリング)
価値共創の営業 vol.0: 営業活動が届ける価値をサービスの観点から考える
価値共創の営業 vol.1: Buyer-Sellar Relationship
価値共創の営業 vol.2: Value-based Selling
価値共創の営業 vol.3: Key Account Management
noteの説明
最初に今回のnoteの目的です。このnote(合計4本、残り1本は9月最終週までにup予定です)で達成したい目的は、B2Bセールスに携わる皆さんが自分たちがお客様に届けられる価値って何だろうかと考えるきっかけとなり、それらを実現するための一つの参考図書的存在になることです。ここで説明される内容はスキルではなくマインドであり行動様式ですので、例えば業種やプロダクトが変わっても適用できる普遍的かつ土台となるものを目指します。
vol.2の今回はValue-based Selling(バリュー・ベースド・セリング)です。言葉時代は耳馴染みがあまりないかもしれませんが、やっている事(やろうとしている事)は皆さん既に身近な内容かもしれません。私は今の職場でValue-based Sellingを使いながら営業活動をする様にトレーニングを受けておりますが、発見と納得することの多い営業理論だと思います。今回は、前回の補足noteで触れたValue-based Sellingの背景に触れながら、実践に向けた理解を深めたいと思います。
結論から申しますと、Value-based Sellingは多くの営業組織がチャレンジすべき営業理論だと考えます。とても高度な営業手法ですので、それをどのように組織に伝達するか、人を育てたり役割を配置するかが重要なので、スタートアップやSaaSテック企業など組織のアジリティが高く優秀な人材が増えてきている(変革真っ只中な)ところでVBSモデルが出来上がってくると面白いのではないかと思います。
なぜValue-based Selling(VBS)なのか
私は10年来のB2B営業経験の中で2つの大きな営業手法に出会いました。ひとつはSPINセリングでもう一つがこのValue-based Selling(VBS)です。VBSはその名の通り、価値を基点としたセールス手法です。私は社内トレーニングで、この時の価値とは顧客が実現できる財務的にインパクトとして教え込まれました。つまり、自社の製品やサービスは顧客のビジネスへどの様なインパクトがあるのか?を検証することが重要で、それに対する価値提案(Value proposition)を行い、価値の実現(顧客ビジネスにおける財務インパクト)に向けてパートナーに選んでもらえるかを顧客に選定していただく訳です。私の役割は一貫してアカウントマネジャーというもので、担当顧客のすべての契約と新規案件創出を管理する事ですので、担当する顧客の課題や実現したい価値に対してどの様な提案ができるか、伴走できるかhead-to-tailで実践するためのコミュニケーションが社内外共に必要でした。
一方で、営業組織の多くはTHE MODEL型の分業制(つまりMarketing - Inside Sales - Field Sales - Customer Success)をとっています。本来的には顧客の購買ジャーニーに即した(かつ最善な)対応が出来る様に最適化されたシステムであるはずのTHE MODELですが、チーム内KPIが優先されたり、各チーム間での優先度にコンフリクトが生じたり、契約後の価値共創の実行段階に十分なリソースが割かれていないようなケースも散見します。また以前のnoteでも触れた様に、この様な仕組みの中では営業組織は契約をゴールと捉えがちで、そこからスタートする顧客側での価値の実現にはCS(Customer Success)の一部分の機能でしか対応していない(というよりは、できていない)ように見受けられます(実際は違うかもしれませんが)。
こうした状況で、多くのB2Bビジネスケースに対応でき、かつ多くの営業担当者と組織が価値共創を実現できる様な道標はないだろうかと、VBS研究の歴史と現在地を紐解き始めたのが今年(2022年)の初め頃になります。そこで、まだまだ深掘りしきれていなかったB2Bビジネスにおける価値共創を捉えたサービスドミナントロジックに出会ったり(note vol. 0参照)、最近学び始めた顧客体験(CX)との関係性が見えてきたり(これもnote vol. 0参照)、営業パーソンとして企業の最前線に立つものがどの様に顧客価値の実現携わることが出来るだろうか、というテーマにおける目指すべきものがたくさんあると気付きました。
VBSは、顧客価値の実現を目指したB2Bマーケティング戦略(Value-based Marketing)の実行計画としてのセールスプラクティスです。これまでの営業手法と共存しながら、現代の複雑で高度化した(そしてCOVID-19の影響で大きく変革が迫られる)B2Bセールスの現場において身につけるべきスキルであると私は確信しているため、価値共感の営業noteとしてまとめはじめた次第です。この様な背景から、VBSについてまとめる今回のnoteは価値共感の営業の最重要パートとして考えております。
このnoteは前回のvol. 1.5で触れたVBS研究の背景を元に重要なポイントを整理してから、実際のビジネスシーンでどの様に適用できるかを考察したいと思います。VBSは全てのビジネスモデルに対して相性が良いわけではありませんが、例えばSaaSビジネスにおいてその効果が発揮される可能性は高いと考えていますので、その見解を最後にまとめたいと思います。
VBS研究の歴史:初期のVBS研究について
前回のnoteで触れた通り、VBSはTerho H. とTöytäri P.が同時期(2011年後半から2012年)に定義付けして、B2Bビジネス実践に向け発展させた営業手法です。特にVBSの基礎を作り上げる研究初期では、顧客価値の提案手法としてリレーショナルマーケティングや価値起点のマーケティング、そしてサービスによる価値共創を目指すサービスドミナントロジック(S-Dロジック)の流れを汲んだマーケティング戦略の営業実践という立ち位置にありました。この視点は現在も大きく変わっておず、特にS-Dロジックにおける価値共創のための価値提案(Value proposition)や顧客との相互作用を起こすための長期的な関係性の構築を営業担当者(あるいは営業組織)がどのように実現できるかというポイントが検証されています。もともと価値にフォーカスしたセールスという活動自体は目新しいものではなかったのですが、B2Bビジネスにおいて重要視されるようになった(顧客)価値の特定、価値提案の設計、価値の伝達、価値の定量化を目指す実践的なセールス手法としてB2Bマーケティング研究者にとっての研究対象になりました(Terho. H, 2012)。
Terho H. とTöytäri P.はそれぞれ、VBSを以下の様に定義づけています。
VBS研究においては一般的にTerho H.の定義が引用されることが多いため、まずはTerho H.の定義から確認します。
顧客のビジネスモデルを理解する
VBSでは、顧客ビジネスの理解に絶対的なウェイトを置いています。これは、VBSで目指す価値の実現が顧客のビジネスにおける財務的なインパクトを指しているためです。すなわち、価値創造とは顧客のビジネスにおける成功であり、売り手はVBSを通じて買い手の財務的なインパクトを共創するように働きます。
価値提案を作る
S-Dロジックの説明(note Vol. 0参照)で触れたように、真の顧客価値とは使用価値(Value-in-use)にあり、価値を決定するのは顧客(買い手)です。売り手はその価値を共創する提案としてのValue propositionのみが可能であり、これは買い手に対する価値共創のプロポーズです。
顧客価値を伝達する
いくら価値提案が優れていても、それが買い手の価値創造プロセスとかけ離れているものでは買い手によって受け入れられません。価値共創においては、売り手は買い手と(ビジネス上の)目的を一致させ、相互作用する必要があり、そのような関係が構築されることで価値が正しく売り手から買い手に伝達されます。
この定義は後のVBS研究で引用されるように、VBSを実践するうえで(かつ価値共創を実現するうえで)重要なポイントがたくさん詰まっています。まず、売り手である営業担当者が買い手のビジネスプロセスをしっかり理解しないことには価値の創造がどのように起こるかわかりません。さらに、同じ業界であっても企業ごとに競争優位を発揮するビジネス上のコンピテンシーが異なるように、同じ価値提案であっても受け取る側の買い手によってはビジネスインパクトの大きさが異なります。また、価値提案は単なるアイデアではなく実現可能である必要があります。これは価値の創造プロセスは顧客も多くのリソースを投入(投資)し、顧客がその価値を受益、認識する必要があるためです。このように高度に顧客を巻き込みながら共通の目的を達成するセールス手法は、これまでの適応型営業(Adaptive selling)やソリューション営業、コンサルティング営業などのテクニックとは異なったものであるとTerho H.は述べています。
一方で、Töytäri P.の研究におけるVBSの定義も重要です。特に価値の定量化は様々な形で議論されますが、Töytäri P.が同時期に発表しているValue-based Pricing(VBP)戦略は、その後のVBS発展にも大きく寄与しています(Töytäri P., 2015)。VBPのアプローチは、歴史的にも実例の多いパフォーマンスベース契約(PBC)と比較されています。PBCと比較して、VBPによるVBS手法は顧客の成果(買い手のビジネスインパクト)を共創することを目指すため、この成果である共創価値創出の不確実性は買い手にも責任があるというのがポイントです(つまり買い手のリスクテイクの思考と行動が必要)。それほど買い手のビジネスにとって重要で、リターンが見込める提案であると判断されることがVBSによるビジネス創出の醍醐味であり、難しい点だと思います。
また、VBS研究の初期段階からVBSはどのビジネスモデルにも万能に適用できるものではないという見解が出ています。その理由として、1) 非常に難易度の高いセールス手法であり、どの営業担当者でも実践できるわけではない、2) 顧客側の購買志向によっては、そもそも価値共創を期待していないことがある(つまり、コモディティなビジネスで取引的に価格やQCDが関心事である)、3) 基本的には買い手と売り手の信頼性からなる長期の関係構築を目指しているため、企業間の関係性や商習慣にも影響を受けるという点が主な理由として見受けられます。
VBSを実践するために:営業パーソン(営業マネジャー)として
ここまで見てきたように、VBSは価値共創を目指す企業のマーケティング戦略において重要な営業実践手法であることがわかりますが、要求される内容はとても厳しく、営業現場での実行の難易度がとても高いです。また、そもそも買い手のビジネスモデルや売り手との関係性の中でVBSのような価値共創を望まれないケースがあることも忘れてはいけません。その中で、VBSを取り込むことを目指して、さらに成果を上げるためにはどのような点に気を付けるべきでしょうか。
VBSの重要なポイントの一つに価値の定量化(または可視化)があります。これは先程取り上げたTöytäri P.の研究におけるVBSの定義に含まれるものです。Hinterhuber A.らは研究の背景の中で、IT バイヤーはバリュー・プロポジションを定量化できないこと、およびそのビジネス・インパクトを明確にできないことをサプライヤーの重要な弱点と見なしているというMcMurchy, 2008の研究を引用しています。このことから、営業担当者は顧客への価値提案とそれにつながる価値共創機会を得るために、(少なくとも売り手の感覚的に)正しく価値を定量化できる必要があるという事です。そして価値の定量化能力は(売り手)企業の競争優位性を示し、金銭的な顧客メリットに変換する能力を指すので、営業担当者(あるいはマネジャー含む組織として)は売上や粗利の増加、コストとリスクの削減、資本経費削減などの定量的な顧客便益と、取引のしやすさ、顧客との関係、業界での経験、ブランド価値、感情的な利益、その他のプロセスの利益などの定性的な顧客便益の両方を、受け取った総顧客便益と等しい一つの貨幣価値(買い手による支払い)に変換する必要があります。
この価値の定量化は、営業担当者(もしくマネジャー)に多くの能力を要求します。つまり、顧客ビジネスインパクトの理解、最善の代替案との比較、金銭的な表現などを買い手の言葉で伝えて納得させないといけません。それを実現するために、営業担当者は偏りのない傾聴力、顧客とのネットワーク構築、顧客の利益志向、社内コラボレーション、問題解決志向に基づく的確な質問、自信、起業家精神など特定のコンピテンシーが必要とされます(Hinterhuber A., 2016)。営業パーソン個人として、これらの能力を磨く事は大きなキャリア成長機会となりますし、これらの能力を実践的なビジネスの場で学ぶためには、特に顧客とのネットワーク構築を軸にした窓口機能としてのコミュニケーション能力と、それらを社内外でオーケストレーションするリーダーシップが不可欠です(営業ではない仕事を行う上でも活躍が期待できるコンピテンシーになりそうですね)。つまり、VBSを目指す営業組織としてはこのようなコンピテンシーを備えた候補者を採用することでVBSを通じた顧客との価値共創を実現しやすくなると考えられます。
VBSを営業パーソンレベルで浸透させるために、これまでの営業テクニックとは異なるトレーニングが必要になってくると感じます。具体的には以下の通りです。
顧客のビジネスモデルを理解するための基礎的なビジネス知識を得る
顧客価値にフォーカスした仮説設定と質問が可能になる
社内外の(価値創造を目指す)ステークホルダーを納得させて、行動を引き起こすプレゼンテーションができる
1)に関しては、日々の積み重ねに加えて、業界ドメインについての知識の深化が重要です。営業担当領域が業界ドメインによって分けられる場合は比較的やりやすくなるかもしれませんが、ドメイン内の対象企業がどのようなビジネスプロセスと利益の源泉を基にして企業活動しているか、さらに担当するドメイン内での一般的な事象、最新のニュースや企業相関図などをフレッシュな状態に保てるようにしたいです。組織としても(製品ベースではなく)ドメイン領域フォーカスのスペシャリストを配置するなどして、ターゲットするドメイン領域での情報発信やネットワーキング構築などもできると良いです。
2)については、よく言われるクリティカルシンキングやロジカルシンキングの様な思考の構造化、俯瞰化とデザイン思考など(Luotola, H., 2017)、すでに実施済みの方も多いかと思いますがSPINトレーニングをワークショップで実施するのが良いかと思います。初期段階では、まずこれらのスキルの習得に向けて触れる(触れ続ける)ことが重要です。そして、第二段階は実務上でスキルの利用と個人への落とし込みのために、OJTとして日々の営業案件の中で営業担当者がこれらを使った顧客ミーティングのpreparationを行い、(少なくとも)社内ステークホルダーと共有、議論することです。SPINセリングの効果はすでに多くの営業組織で認識されていますが、SPINを使う事が手段ではなく目的になっていないか、やって終わりではなく案件の進捗に活かしきれているか、VBSの実践に向けた価値提案というキーワードを意識することで再度考えたいところです。
3)については、クロージングを目的とするスクリプト化されたプレゼンではなく、自分たちが顧客ビジネスを理解していて、自社の提案によって顧客側にどのようなビジネス(財務)インパクトが期待できるか、そのために両社がどのような実務的アクションを必要とするかなどを伝えなくてはいけません。これまでの営業トレーニングでは、自社製品やサービスを正しく伝え、自社が考える製品とサービスの価値を自社目線で伝えることを目標とすることが多かったかと思います(新人のオンボーディングや新製品のセールストレーニングなど)。また、機能を中心にして自社の製品やサービスで達成できることを伝えて、買い手に判断を仰ぐことが多いかもしれません。VBSによる価値提案プレゼンは、買い手企業に価値共創アクションを起こすコミットメントを得ることが重要なマイルストーンです。決して、製品を今買う事がお得であることを理解させるプレゼンではありません。このプレゼンのために1)、2)の内容な前提条件として必要になりますし、このプレゼンを誰に届けるべきかを社内外で十分に検討する必要があります。
VBSを実践するために:営業組織として
個人としてのVBSの実践に対して、営業組織(あるいは企業)はどのような支援ができるでしょうか。また、組織はVBSが効果を発揮する環境をどのように作るべきなのでしょうか。営業組織の戦略(つまり営業戦略)は、企業のマーケティング戦略の実践的表現です。すなわち、営業組織がパフォーマンスを発揮するにあたり、企業がどれほど顧客志向をもっているかは重要なポイントになります。Terho H.はPanagopoulos & Avlonitis, 2010, p. 48を引用して、営業戦略とは「企業が顧客との関係を管理するために、希少な営業資源(人材、販売努力、資金) の配分に関する一連の活動や意思決定にどの程度関与しているかであり、企業にとっての各顧客の価値に基づいている」と定義しています。つまり、営業組織は企業と顧客の橋渡しであり、接点(note vol. 0の表現では接面形成)です。そのため、企業が顧客志向であり、営業組織がその目的を達成するためにどれだけ顧客の価値創造に向けた活動へリソースをかけられるかは、間接的に営業パーソンの成果につながる可能性があります。そして、先に説明した通りVBSはどのビジネスモデルでも適用できるものではないため、営業組織として顧客ターゲット(業界ドメインとしても企業単位としても)を見定めて営業パーソンにVBS実践を要求する必要があります。これは、営業パーソンが自律的にVBS手法による成果を高めるための努力や学習を進めるために大事なポイントになるかと思います(不適切なVBS推進は過度な仕事要求となり、ストレスと共に自己効力感を毀損し、エンゲージメントとパフォーマンスレベルの低下を招くかもしれません)。
また、組織としてはVBSの採用という変化を受け入れて、それを身につける事による営業部隊と営業パーソンの成長を促すための環境を作ることが重要です。Terho H.はVBSが既存の営業アプローチで達成した以上の成果を予測できるとしたうえで、効果的なVBSの実施には、特定のタイプの営業担当者と組織的なサポートが必要であることに言及しています(Terho H., 2017)。まず、繰り返し説明されたとおりVBSの実践において営業パーソンは多くの学習を必要とします。これは変化を伴う各顧客固有のビジネスプロセスや目標、その中での価値ドライバー、価値創造のためのインタラクションを理解するために学習し続けることです。高度な学習のためには、営業組織は顧客価値の定量化ツールや顧客リファレンスマーケティングといった、単なる営業コンテンツやプロダクトナレッジだけではないリソースを営業パーソンに提供することが有用であると説明されています。我々にはこれらはなじみのないアクションにも見えるため、少し解釈を広げてみると以下のように考えることができます。
営業部門を超えた顧客価値フォーカスのコミュニケーション機会を営業パーソンに与えて、価値の定量化を手助けする
すでに実現できている顧客事例を用いたナレッジ共有を収集、整備して営業パーソンが活用できるようにす
価値共創のために必要なケイパビリティを常に取込みながら組織を変容変革し続ける。
私がVBSをもっと広げたい理由とモチベーション
最後は完全に個人的な視点での話ですが、私はSaaSビジネスモデルにおいてVBSを積極的に採用していくべきではないかと考えております。もしかすると、呼び方は異なっていても既にVBSの要素を実践されている方も多いかと思います。しかし、よく見かける(ググって出てくる)VBSの概念は少し研究背景とは異なる趣であり、改めてVBSにとって重要なポイントを踏まえてVBSが広まることを願います。その理由は大きく2点あります。
多くのSaaSツールは部分最適な課題解決にフォーカスしながらも顧客のビジネス変革を目指しているため相性が良い
とても優秀な営業パーソンが集まり始めているため、VBSモデルのSaaSセールスを個人だけではなく組織として組み立てるのに面白い
それぞれの理由について深堀したいと思います。
多くのSaaSツールは部分最適な課題解決にフォーカスしながらも顧客のビジネス変革を目指しているため相性が良い
私の理解が正しければ、多くのSaaSテックツールは顧客が抱えるある課題を解決して、その利用者のビジネスプロセスを変革する事で価値の実現を目指しています。そして多くの場合でサブスクリプション利用に基づいた契約形態です。そのため、SaaSビジネスではARR; Annual Recurring Revenueが重要な財務指標となっています。さらに、多くの場合SaaSツールは一つのソリューションで顧客のすべての課題を解決するわけではありません。この点がERPなど統合的なソリューションを提供する従来型のITサービスと異なる点です。そして、SaaSビジネスでは要件定義により契約前にサービスの成果が明確になるのではなく、顧客に利用いただく中でソリューションの価値を実現していくことになります。
これは、SaaSビジネスにおける価値提案は顧客との価値共創を目指す姿であると想定させます。しかし、多くの場合はTHE MODEL型の分業制営業部隊の中で、価値共創に重要な顧客ビジネス理解と価値ドライバーの認識、バイヤーサイドとの相互作用を起こす関係構築と価値提案のそれぞれが部分最適だったり断片的になっていないでしょうか。
このビジネスモデルにおいて、顧客との契約は価値共創プロセスのスタート地点です(note vol. 0の導入部分参照)。多くの企業では(Customer Successとしての)CSを採用して、ソリューション提案後の導入とアップセル・クロスセル案件をフォローするようにしています。しかし、このCSはソリューションにおける価値の実現(つまり、顧客のビジネスインパクトの創成)ではなく、いかに離脱を防いで自社の追加利益を上げるかだったり、顧客満足やNPSのために顧客をサポートすることにフォーカスしていないでしょうか。従来のCSへの要求される役割の変化(Customer ServiceからCustomer Success)において、顧客価値共創の実現にどれだけリソースが当てられているか、ジョブタスクとして求められているかを改めて考えたいです。
これらの戦略的な矛盾を解決するのにVBS手法の浸透に期待されることは、改めてSaaSモデルを通して自社が提供したいと考える価値とその実現に向けた行動を見つめなおし、顧客と相互作用できる関係性の構築を営業組織としてどのようにデザインし直すかです。分業制の営業部隊においても、チーム間のコンフリクトをうまく抑えながら目的を一致させ、顧客への価値提案のための活動で各役割を存分に発揮する(そのために必要なVBSの要素を取り込む)ことで、価値共創パートナーの地位を確立できるものと考えます。
また、もう一点重要なポイントは、多くのSaaSビジネスが顧客のビジネス環境下では他のツールやデータと共存しながら価値を発揮するという事です。そのため、自社が発揮できる価値は自社の製品やサービスのみに依存せず、(他社ソリューションを含めた)顧客の環境の中で創造されます。価値共創に焦点を当てたVBS手法では、このような顧客環境において実現される顧客価値(財務的なインパクト)にフォーカスしたコミュニケーションを促進できるものと期待されます。
とても優秀な営業パーソンが集まり始めているため、VBSモデルのSaaSセールスを個人だけではなく組織として組み立てるのに面白い
非常に多くの優秀な営業パーソンがSaaSテックの業界に参入している印象を持っています。さらに、多くのSaaSスタートアップが立ち上がることで業界自体も活性化し、新たなビジネスモデルや組織モデルが出来上がろうとしているのではないでしょうか。このような環境においてVBS手法を取り入れる価値は非常に高いと感じます。まず、前述の通りVBSは誰にでもどこにでも適用できるセールス手法ではありません。VBSを使いこなすには、まず営業パーソン個人としても継続学習志向や顧客志向、起業家精神など多くのコンピテンシーを求められますが、SaaSビジネスに携わる営業パーソンにはこれらが備わっている可能性が高いようです。ただし、一方でSaaSビジネスに携わる営業パーソンは多くの場合が顧客の属する業界ドメイン出身者ではないことがあります(感覚値なので確証はありませんが、コンサルティングやITベンダーをバックグラウンドとしているケースなどを想定しています)。つまり、価値の定量化やValue Championの部分で触れたような価値の認識について、現場に近いところでの(泥臭い?)生の経験が不足している可能性もあります。SaaSビジネスに携わる営業パーソンに対してVBSをより浸透させるためには、顧客価値にフォーカスしたコミュニケーションをOJTで行うとともに、業界ドメインやビジネスモデルに関するトレーニングを提供したいところです。
また、VBSに取り組むことは組織のレジリエンスにも繋がり、危機的な状況でこれからビジネスを作り上げていくSaaSスタートアップの環境においても強力なサポートになり得ます。そして、VBSに求められる組織としての価値の定量化や価値提案に必要なツールや教育、役割などのソフトな部分に柔軟な対応がとれる可能性が高いです。SaaSビジネスが顧客の「ある」課題解決を通した顧客ビジネスの変革にフォーカスしていることが功を奏して、このようなSaaSビジネス組織はターゲットとする市場や環境の変化を常に感知し、それらを捕捉して取り込みながら磨き上げ、組織を変容するダイナミックケイパビリティの実践が可能です。VBS手法の取り込みは営業組織(あるいは企業レベル)にとっても大きな変革であり、かつ顧客の価値創造の場は動的で変化し続けることからも、ダイナミックケイパビリティを有する組織(それを実現しやすい組織)であるSaaSビジネス組織でのVBS実践は効果が期待できます。
このnoteのまとめ
今回はValue-base Sellingに対する想いを書き連ねる内容になってしまいました。私にとって、このVBSに営業トレーニングを通じて出会えたことは営業パーソンとしての在り方に大きく影響を与えたと思っています。そのような営業methotorogyについて改めて深堀してもっと実践の場で活かして生きたい、もっと日本の営業現場でも取り込まれてほしいと思うので、この個人的な学びが皆さんに届いて、共感いただけたら嬉しいです。
参考文献(と解説Twitterつぶやき)
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