【短編小説】 出来るだけ早く、そして、遅く。
めんどくさい・・
親父に呼ばれて、迎え火とやらに付き合っている。
「ご先祖様を迎えるんだ。」
長い「おがら」をバキバキへし折って、鉢の上に乗っている新聞の上に乗せて、マッチで新聞に火を点ける。
定年後は仕事にもついていないのに、紺のスーツを普段着のように着ている、絵にかいたような真面目人間。
程よく吹く風が新聞をぶおっと燃え上がらせて、あっという間に「おがら」にも火が点いた。
親父が熱心に手を合わせて何か唱えている。
オレも一緒におざなりに手を合わせる。
「おがら」が全部燃え尽きそうなところで、煙の中からチャライ男がヒョイっと現れた。
「え? え? え?」っと驚くオレにチャラ男が、クチの前に人差し指を立てて、親父を指さしている。
親父はチャラ男に全く気付くことも無く、一心不乱に唱え続けている。
真っ白なスーツで、ポケットチーフは真っ赤な差し色のチャラ男が「ありがとな!」とオレに言うが否や、颯爽とどこかへ消えて行った。
「おがら」が燃え尽きると同時にオヤジが顔を上げて、オレの顔を見て、うんうんと頷いた。
ってか、あれ、誰?
数日後、親父が送り火をやるからと言って来たので、付き合った。
あのチャラ男が気になり過ぎる。
だが「口止め」されているから、聞けずにいる。
親父が「おがら」を軽く折った。
迎え火よりも妙に量が多く、そして鉢には新聞が無い。
「新聞は?」と聞くと、「無くていいんだ。」と。
「燃えにくいんじゃないの?」と聞くと、「それがいいんだ。」と。
小雨の中、マッチを擦るけど、なかなか着火しない。
「変わろうか?」と手を出しても、首を振ってマッチ箱を握りしめている。
何本かマッチ棒が無駄になりつつあるところで、ようやく「おがら」から煙が上がった。
親父がまた一心不乱に唱え始めた。
「おがら」数本に火が上がり始めた辺りで、しゃがんだオレの横に白いスーツの裾が見えた。
チャラ男がオレの横にしゃがみこんで言った。
「今年も会えた。ありがとな!」
ポンっとオレの肩を叩いて、そして一心不乱の親父を見つめた。
盛大に燃え上がる「おがら」が、急速に勢いを無くして燃え尽きた。
親父が、顔を上げて、うんうんと頷いた。
チャラ男はいつの間にか消えていた。
夜になり、親父がチビチビとビールを飲みながら話してくれた。
チャラ男は親父の父親で、オレのじいちゃん。
赤紙が届いて、一番酷いと言われた戦地に招集されて前線へ飛んだ。
新聞や広報ではイケイケどんどんの戦況が流れていたけど、国民は薄々これはダメだと気付いていたらしい。
じいちゃんの部隊が全滅したとの広報が入り、石ころ一個だけが「形見」として、ばあちゃんのところに届いた。
じいちゃんとばあちゃんは幼なじみで相当ラブラブだったらしく、親父は一粒種だった。
今もだけど、当時はもっと女一人で子供を育てることが難しかったようで、ばあちゃんは相当年上のごうつくジジイのところへ泣く泣く後妻に入ったらしい。
ばあちゃんは心労が祟って、親父が5つになるかならないかで亡くなった。
連れ子の親父にごうつくジジイは辛く当たった。
親父は我慢に我慢を重ねて、中学生になるや否やで家を飛び出し、ありとあらゆる仕事をして、先日、驚異の勤続60年の会社を「定年」まで勤め上げた。
親父は「父さんと母さんを会わせてあげるんだ。帰るのがうんと遅くなるようにするのが大切なんだ。」と言って、話を締めくくった。
親父は年末に「今までありがとう。」と言って、穏やかに病院で息を引き取った。
今年からオレが迎え火と送り火をしている。
煙が立ち上る辺りでパリっとした白スーツと、紺のスーツがオレの両サイドに立っている。
顔を上げたオレに白スーツは笑いながらどこかへ。
紺のスーツは、白スーツを見送ると、オレに「ありがとう。」と言った。
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