学校依存社会の象徴 『夏休み短縮(廃止)』を絶対にしてはいけないワケ
もうすぐ夏休みも終わろうかという令和6年度の8月中旬、教育界に激震が走った。
文部科学省が、教員の負担軽減策の実例として、『夏休み短縮』を実施している自治体を紹介したのだ。
同時期、東京のNPO法人『キッズドア』が、主に世帯年収が300万円未満の子育て世帯にインターネット経由で実施したアンケート結果が公表された。
アンケートに回答した子育て世帯のうち、小中学生のいる1399世帯で、夏休みについて『今より短い方がいい』という回答が47%、『なくてよい』という回答が13%、合わせて60%……およそ840世帯が、『夏休みの短縮(廃止)を望んでいる』という結果だ。
また、その理由の78%は、『子どもが家にいる事で生活費がかかる』事だという。
もちろん、文部科学省がは『負担軽減策の実例として紹介』しただけであり、来年度から全国で夏休みが短縮・廃止されるという事ではない。
しかし、法的拘束力のない文科省からの通知が、半ば命令のように受け取られて教育委員会から学校現場におろされるという事は、往々にしてある事だ。
そこで今回は標題の通り、『夏休み短縮(廃止)を絶対にしてはいけないワケ』について、私なりの見解を記したいと思う。
今回は、
夏休み短縮(廃止)による、子どものメリットとデメリット
夏休み短縮(廃止)による、保護者のメリットとデメリット
夏休み短縮(廃止)による、教員のメリットとデメリット
という、大きく3つの観点で、夏休みを短縮(廃止)してはいけない理由を考察していきたい。
夏休み短縮(廃止)による、子どものメリットとデメリット
☆子どものメリット
夏休みを短縮(廃止)した場合にメリットがあるのは、主に今回のアンケート対象になっている、困窮家庭の子どもだ。
困窮家庭の子どもにとって、学校給食は大きな意味をもつ。普段家では満足に食事のできない子が、学校給食で命を繋いでるという話を、聞いた事のある方もいるのではないだろうか。そのような子にとって、食事を食べられるかどうかわからない家で過ごすより、たとえ一食でも、カロリーと栄養豊富な給食を確実に食べられる事は、メリットと言えるだろう(ただし、これは本来教育ではなく、福祉分野で担うべき内容)。
また、個人的にはメリットとは思わないのだが、経験の平準化が挙げられる。つまり、夏休みに色んな所に行ったり遊んだりできる家庭の子と、そうでない家庭の子に、差ができないという事だ。
夏休みを短縮(廃止)する事によって、このような格差が是正できるとする意見があるのだ。
『皆で不幸になろう』という思想では、誰も幸せになっていかないと思うのだが……。
★子どものデメリット
まず、夏休みの短縮を望んでいない子どもが多そうだという事だ。
肌感で申し訳ないのだが、夏休み前というのは、子どもが落ち着く時期だ。これは、子どもが新しい学級や学年に慣れてくるからというのもある。
ただそれ以上に、もうすぐで夏休みがやってくるというのは、子どもにとってはかなり大きい。
ここで是非を論じるつもりはないが、やっぱり子どもにとって夏休みは待ち遠しいものだ。皆さんも、子どもの頃の気持ちを思い起こしてほしい。ほとんどの人は、夏休みを心待ちにしていたのではないだろうか。
また、仮に夏休みが短縮(廃止)されたとしよう。
まず初めに考えられるのは、登下校時における熱中症リスクの増加だ。最近の暑さは異常だ。我々が子どもの頃は、気温が35度を超えるような事など、ほとんどなかったように記憶している。しかし、昨今は35度を超えるのが当たり前の気候になってきている。8月は、気温上昇のピークを迎える。こんな時期に、遠い子は1時間弱かけて、学校まで歩いてくるのだ。大人だって、熱中症で倒れる人が出てもおかしくない。
次に考えられるのは、学校トラブルの増加だ。今の学校は、熱中症にはかなり気を遣っていて、熱中症指数が基準値を上回った場合、外遊びや外体育、水泳の授業ができない事になっている。しかし、これらの活動を楽しみにしている子どもは多い。それらが熱中症指数によってできなくなった場合、子どもがいたく荒れるのだ。クソ暑い中で学校に来たうえ、好きな活動が軒並み禁止されたら、そりゃあストレスも溜まるだろう。
このように、夏休みの短縮(廃止)によって、困窮家庭の子どもの命が繋がれるというメリットが考えられる。しかしそれは、その他多くの子の負担のうえに成り立つものなのだ。困窮家庭の割合が少ないからその子達がどうでもいいわけでは、当然ない。しかし、その子達を救うのは、教育ではなく福祉分野のはずだ。
夏休み短縮(廃止)による、保護者のメリットとデメリット
☆保護者のメリット
先述した『キッズドア』による調査結果について、60%もの家庭が夏休みの短縮(廃止)を望んでいるという結果が出た。これらの家庭にとっては、夏休みが短縮(廃止)される事で、経済的負担が減少する事はメリットだろう。
また、子どものメリットで書いた通り、『自分だけ◯◯できなかった(行けなかった)』という事態は防げる。皆学校に行くから。
★保護者のデメリット
しかしこの結果は、困窮家庭を対象にしたアンケートだ。
一方で、令和5年度の東京の小学生はおよそ60万人、中学生はおよそ24万人だ。
仮に、1世帯に3人の小中学生がいるとして、世帯数は28万世帯という事になる。
計算した段階で間違いじゃないかと思って何回も資料を見たが、間違っていない。
28万世帯中、840世帯が、夏休みの短縮(廃止)を望んでいるという事になる。
回答の母数が1399世帯なので、東京の世帯数と比較して数字に大きな差が出るのは当然だ。しかし、仮に全28万世帯からアンケートを回収したとして、60%にあたる16万8千世帯が夏休みの短縮(廃止)を望んでいるとは考えにくいのだ。
何故なら、今回のアンケートで夏休みの短縮(廃止)を望んでいる家庭のうち、78%の家庭は経済的負担を理由に挙げているからだ。
もちろん、それ以外の理由が増えていく可能性もある。しかし、夏休み短縮(廃止)希望の理由の78%が経済的負担ならば、世帯収入が上がるに従って、夏休み短縮(廃止)を希望する割合は減っていくだろう。先述した子どものデメリットが大きい為、希望者の割合はそのままで、理由だけが別のものに置き換わっていく……という結果にはならないと思う。
また、子どものデメリットはそのまま、保護者のデメリットだ。自分の子どもに心身の負担をかけたい親は、基本的にはいない。子どもがしんどい思いをするのに、それでも夏休みは短い方がいいという親は、そう多くないはずだ。
夏休み短縮(廃止)による、教員のメリットとデメリット
☆教員のメリット
文科省からは、夏休み短縮(廃止)は、教育の負担軽減策の実例として紹介されている。
小学校高学年でいくと、週29コマ×年間35週=1015コマを実施している学校が多い。
例えば、夏休みを8日程短縮すると、35コマ程度余分に授業ができるため、週29コマの授業を週28コマに減らせる。夏休みを短縮する事で、普段の授業時間数が少し減らせるという事のようだ。
★教員のデメリット
しかし待ってくれ。年間で実施する授業時数は変わらない。これって朝三暮四でしかないのではないか。そもそも、5時間授業の日が週1だったものが週2になるのは、果たしてメリットなのだろうか。
夏休みを楽しみにしているのは、正直言って教員も同じだ。
勘違いしてほしくないのは、夏休みは教員の夏休みではない。閉庁期間という、日直を置かずに基本的には出勤しない期間はあるが、それ以外は勤務日である。では、なぜ教員は夏休みを楽しみにしているのか。それは、普段なかなか取得できない年休(有給の事)を取得できる、ほぼ唯一の期間だからだ。ちなみに、先述の閉庁期間も、年休を使って休んでいる事がほとんどだ。特休というものもあるのだが、本記事の趣旨と逸れるので今回は割愛する。
つまり、夏休みが短縮(廃止)される事によって、教員の年休取得率が大きく低下する事が予想されるのだ。
これは、昨今ブラックだと言われる教育界隈において、由々しき事態だ。
元大阪府知事の橋下徹さんが、某番組で、『こんなに長期の休みがある職業は他にない(からおかしい)』と言っていた。
しかし先述した通り、夏休みは教員にとっては休みではない。有給取得可能期間、なのだ。しかも、主に中学校教員の場合は、部活動があって年休の消化すらままならない状況だ。
この際書かせてもらうが、橋下さんの発言はフェアではない。
そりゃ、どんな職業にもメリットデメリットはあるだろう。
教員の夏休みは、長期に渡って休暇のまとめ取りができるという点では、メリットかもしれない。
しかし、他の多くの職業にはない、
勤務時間前に子ども(顧客)が来る
休憩時間に職場を離れられず、仕事せざるをえない職場も多い
残業代が一切出ない(本記事では、給特法や教職調整額については深掘りしない)
災害等の緊急時にも、無給で働かなければいけない
という様々な大変さがある。そういった、他の職業にはない大変さには触れず、教員の優遇されている点だけを論って、さも教員が楽をしているかのような印象を与えるのは、アンフェアでないか。
話が逸れた。
本来、福祉分野で担うべき案件が、残業代が出ない事によって無定量に教育に丸投げされている、という構造的な問題もある。
このように、夏休みの短縮(廃止)で救われる子ども、保護者もいる。
しかしそれは、本来は福祉分野で救済すべきものだ。多くの子ども、保護者、教員に負担を強いて、教育分野で担うべきものではない。
このような施策を、『教員の負担軽減策』等という名目で紹介しないでほしい。
多くの子ども、保護者、教員に多大な負担を強いる夏休みの短縮(廃止)は、絶対に行ってはならない。