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【第1回】これまでの日本アカデミー賞 作品賞は納得か!? 個人的な好みだけで検証してみた。【2023年〜2010年まで】

どうも、こんにちは。
賞レース大好き芸人のトマトくんです。

今回は、僕がnoteに投稿しているシリーズ『これまでのアカデミー作品賞は納得か!? 個人的な好みだけで検証してみた。』のスピンオフ企画として、日本アカデミー賞版をやっていこうと思います。

これまでに日本アカデミー賞 作品賞を受賞した作品に「妥当性はあったのか」、「その判断は正しかったのか」について、個人的な見解のみで語っていきます。

言ってしまえば「ぼくのかんがえたさいきょうの日本アカデミー賞」、日本トマデミー賞です。余裕でネタバレに触れていると思うので、未見の方はお気をつけください。

かなり主観強めなので、好きな作品はとことん褒めますが、苦手な作品には毒を吐いたりします…。どうかご了承ください。


ルール

今回は普段の検証シリーズと違って、明確なルールを設けようと思います。まず単純な僕の好みだけで選んでしまうと、選出が大きく偏ってしまうので、ひとつの指標としてキネマ旬報ベストテンに入っているかどうかを基準としていこうと思います。

キネマ旬報ベストテンは映画評論家や新聞記者、映画雑誌編集者などから選抜された100人以上の選考委員によって各10本の映画を選び、その合計から選出されたベストテンのことです。どの選出委員がどの作品に投票したか、またその選考理由についても全て公表されるため、合議制によって選出する他の映画賞に比べて透明性が高く、賞の中立性と信頼性が担保されているという点があります。

また前哨戦とも呼ばれる映画賞・映画祭で、どれほど受賞しているかも一応指標としています。参考にしているのは、主に「毎日映画コンクール」「ブルーリボン賞」「報知映画賞」「山路ふみ子映画賞」「ヨコハマ映画祭」「日刊スポーツ映画大賞」「日本映画批評家大賞」「日本インターネット映画大賞」「おおさかシネマフェスティバル」「TAMA映画祭」の10つです。

今回は、この「キネマ旬報ベストテン」と「前哨戦となる映画賞・映画祭」での結果を踏まえた上で、語っていこうと思います。一部例外もあると思いますが、それに関しては(この作品のことをどうしても語りたいんだなあ)と温かく見守ってください。

それでは早速、直近の2023年からいきます。


第47回 2023年

作品賞 ノミネート一覧
☆『ゴジラ-1.0』
・『怪物』
・『こんにちは、母さん』
・『福田村事件』
・『PERFECT DAYS』

はい。最も直近の年ですね。監督賞から外れている『こんにちは、母さん』以外は、割と妥当なノミネートでしょう。『月』か『せかいのおきく』が入っていれば完璧でしたね。キネマ旬報ベストテンでは、上から『PERFECT DAYS』が2位、『福田村事件』が4位、『怪物』が7位、『ゴジラ-1.0』が8位に選ばれており、その中で最も下位の『ゴジラ-1.0』が見事作品賞に輝きました(ベストテンに入っているだけ十分に素晴らしい)。

前哨戦では『ゴジラ-1.0』がブルーリボン賞を、『PERFECT DAYS』がおおさかシネマフェスティバルを、『怪物』がTAMA映画祭を受賞し、残りは『月』と『せかいのおきく』が2賞ずつ分け合っている状態。ノミネート作品の中では飛び抜けて作品賞を手にした作品がなく、本命不在とも言える年だった。

そんな中で『ゴジラ-1.0』が作品賞まで漕ぎ着けたのは、本家アカデミー賞でアジア映画史上初の視覚効果賞にノミネートされ、受賞を果たしたことや、国内だけでも75.9億円のヒットを記録したことがかなり影響しているだろう。決して興行収入と作品の出来がイコールになるわけではないのだが、投票するのは人間なわけだから、こういう要素に引っ張られてしまうのは仕方がないことだと思う。

それにゴジラが題材というだけあって、映画的スペクタクルが凄まじい作品になっているし、ゴジラを原爆や空襲のメタファーとして描き切ったことで、特攻批判や反戦の物語としても光っているのも好印象。戦後の日本という舞台設定や、ゴジラの撃退法もこれまでにない発想で、非常に面白かった。

台詞や展開の稚拙さこそあるため、脚本賞は流石に『怪物』が獲るべきだったと思うが、そこまで叩かれるほど酷い出来とは個人的には感じない(そもそも本家に倣って脚本賞と脚色賞で分けていれば良かっただけなの話だ)。どちらかと言えば安藤サクラの助演女優賞の方がもっと言われても良かった気がする。あの僅かな出演時間で受賞するのは安藤サクラすらも気が引けていたはずだ。

いくら面白かったとはいえ、『ゴジラ-1.0』の作品賞受賞が妥当かどうかで考えると、胸を張って妥当とも言えない。比較的好きな作品なので、否定意見はあまり書きたくないのだが、ノミネート作の中でもずば抜けて批判が多い。ご都合主義な展開や、役者陣の過剰な演技、主人公の成長のために突然消える女性キャラ(通称:冷蔵庫の女)、そして終戦直後の日本が舞台ゆえの批判が挙げられる。例えば、政府がゴジラの対処を民間人に丸投げすることが戦意高揚映画であるという指摘や、特攻を全否定していないことへの指摘、また衣装やセットが戦後とは思えないほど小綺麗でリアリティがない、など。

それに、2016年に作品賞を受賞した『シン・ゴジラ』と比較した場合、明らかに国内で人気に差があるのも懸念点と言える。『シン・ゴジラ』と同じ賞を与えていいのか…、と考えてしまうと余計に引っかかる気持ちは分からなくもない。ただ賞レースというのは絶対値ではなく、あくまで相対値なので、その年最も素晴らしかった作品が受賞すればいいわけだから、それは作品賞に選ばない理由にはならないか。

百歩譲って作品賞に相応しかったとしても、『ゴジラ-1.0』が『PERFECT DAYS』や『怪物』より優れた作品だったのか?と言われると、実に微妙なラインだ。まず『PERFECT DAYS』だが、ドイツの名匠ヴィム・ヴェンダースによる日本語作品で、役所広司演じる公衆トイレの清掃作業員の何気ない日々を描く。第76回カンヌ国際映画祭では、役所広司が日本人俳優として19年ぶり2人目となる男優賞を受賞(前回は『誰も知らない』の柳楽優弥)。本家アカデミー賞の国際長編映画賞・日本代表にも選ばれ、ノミネートされるまでに至っている。

ドキュメンタリー・タッチの作風でリアルとフィクションの境界が曖昧になっていくヴィム・ヴェンダースらしい作家性と、繰り返す日々の中で東京の美しさ、人生の美しさを浮かび上がらせていく手腕には脱帽する。キネマ旬報2位も納得のクオリティなのだが、ヴィム・ヴェンダースの監督賞と役所広司の主演男優賞で十分と言われるとそれもそうかもしれない(そもそも役所広司は既に4回受賞済みなので、今回の主演男優賞は『エゴイスト』の鈴木亮平に与えてあげてほしかったという気持ちが強い)。

また、作品賞を与えるにしては地味すぎるところも引っかかるし、公開が12月22日と遅い時期であったため、世間にはそこまで認知されていなかったというのも大きいだろう。その証拠に、キネマ旬報の読者選出ベスト・テンでは圏外となっている。

そこで『怪物』だ。本作は是枝裕和にとって『万引き家族』以来5年ぶりの邦画作品で、脚本家・坂元裕二との異例のタッグが注目を浴びた。というのも、是枝監督にとって自身が脚本を執筆していない作品の映画化は、デビュー作『幻の光』以来であったからだ。また音楽を担当した坂本龍一は公開前の2023年3月に死去し、本作が遺作となったことも話題となった。

第76回カンヌ国際映画祭では、脚本賞とクィア・パルム賞を受賞。ひとつの事件を羅生門形式(厳密には違うけど)で、複数の視点から描いた構成が高い評価を得た。この脚本が本当に巧みで、「本当の怪物は誰だったのか…」なんて考えることすら野暮に思えてしまうほど、全ての歯車が尽く噛み合わないのだが、ミステリーのように少しずつ「真実」が明らかになっていくと共に、本作のテーマがくっきりと見えてくるといものなのだ。ああ素晴らしい。

一方で、是枝監督の「LGBTQに特化した作品ではない」という発言はバッシングを受けた。あくまでクィアの要素は、作中の仕掛けのひとつでしかなく、性的マイノリティを不可視化・隠蔽しうるものという批判であった。しかし、この作品で「気付き」を得た観客は沢山いたのではなかろうか。僕は自分の視野の狭さにゾッとさせられた。

もちろん僕自身も引っかかったところはいくつかあり、特に第三幕(子供たちのパート)は、ただただ残酷な話でしかないのに、妙に美しく描かれていて、そこに物凄くギャップを感じた。どの視点から見ても希望なんて1ミリも感じないし、誰も救われない超絶胸糞エンドなのに、そんな綺麗な着地で良かったのかなと。もっと性的マイノリティに真摯に向き合っても良かったんじゃないかと思う。

それに是枝監督は2015年に『海街diary』で、2017年に『三度目の殺人』で、2018年には『万引き家族』で、と短いスパンで3回受賞しており、4回目ともなると流石にハードルが高いというのもあるだろう。その点、『ゴジラ-1.0』の山崎貴監督は、2005年に『ALWAYS 三丁目の夕日』、2014年『永遠の0』と大体10年ほど期間を空けて獲っているため、受賞させやすいのかもしれない。

『ゴジラ-1.0』も『PERFECT DAYS』も『怪物』も良いところも悪いところも両方兼ね備えている。残った『福田村事件』も関東大震災から5日後に起きた「朝鮮人と疑われた日本人が虐殺された実話」を描いた作品だが、被害者の服装や、行商としての仕事の描き方が史実とは違うことが当事者の末裔から批判された。

またこれは個人的な意見でしかないが、関東大震災が起こるまでの導入部分が1時間、問題の虐殺事件が起こるまで更に30分くらいあるため、物語が動き出すまでが非常に遅く退屈で、映画としての面白さよりも「この題材を映画化したこと」を評価されているという印象であった。

やはりこの中から選ぶなら、世界的にヒットして、なおかつ本家アカデミー賞でも受賞に至った『ゴジラ-1.0』の受賞が妥当なのだろう。『怪物』と『PERFECT DAYS』でも全く異論はない。ノミネートされなかった作品の中なら『キリエのうた』が断トツで好きなのだが、賛否両論ありすぎてまず無いだろうなあ。

というわけで、『ゴジラ-1.0』の作品賞受賞は辛うじて納得の結果となります。


第46回 2022年

作品賞 ノミネート一覧
☆『ある男』
・『シン・ウルトラマン』
・『月の満ち欠け』
・『ハケンアニメ!』
・『流浪の月』

この年はノミネートがなかなかに酷くて、当時SNSで結構叩かれた記憶がある。中でも『さがす』や『PLAN75』『ケイコ 目を澄ませて』などが無いことが激しくバッシングされていた。それに『シン・ウルトラマン』と『月の満ち欠け』は他の映画賞では一度もノミネートを受けていなかったこともあり、日本アカデミー賞特有の「謎の圧力」を感じざるを得ないノミネートとなった(以下『シン・ウルトラマン』と『月の満ち欠け』は存在しないものとして話す)。

キネマ旬報ベストテンでは、『ある男』が2位、『ハケンアニメ!』が6位だった。個人的には『流浪の月』が一番好きだったのだが、意外にも14位で圏外。世間的には『ある男』と『流浪の月』の一騎打ちと思われていたはずなのだが、本当は『ある男』と『ハケンアニメ!』の一騎打ちだったらしい。ちなみにノミネートされていなくて叩かれた『ケイコ 目を澄ませて』は1位、『PLAN75』は6位、『さがす』は9位となっている。

『ある男』は、亡くなった夫が別人だと知った妻と、その身元調査を相談された弁護士の話。平野啓一郎による同名小説の映画化で、2019年に『蜜蜂と遠雷』で作品賞まであと一歩だった石川慶が監督を務めた。

サスペンス・ミステリーでありながら、差別(マイクロアグレッション)や死刑制度、加害者家族など、様々な社会問題を浮かび上がらせていき、最終的には辛い現実から逃げ出してしまった者の人生を優しく肯定してくれる物語となっている。着地としてもすごく鮮やかで、個人的にはとても良い映画だと思った。

またキャスティングも良くて、妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝らの演技にはぐっと惹き込まれる。彼らの魅力を最大限にまで引き立てた石川監督の演出力も圧巻で、恐ろしい完成度の映画であった。だからと言って妻夫木聡と安藤サクラが本作で三度目の最優秀を受賞したのはやり過ぎな気もするけれど、この完成度なら少しは目を瞑ってしまう。

対抗馬であるい『ハケンアニメ!』は、テレビアニメ制作の裏側を描いた所謂「お仕事映画」で、新人監督と天才監督の覇権争いを描く。作品賞を与えるにしてはエンタメ寄りすぎる作風ではあることや、アニメが題材のため高齢の選考委員には刺さらないあろうことが危惧されていた。一方で『おくりびと』や『舟を編む』と比較する声もあり、今思えば作品賞を受賞してもそこまで違和感はなかったのかもしれない。

ただ『ハケンアニメ!』は、他の映画賞ではノミネートこそされたものの、受賞は一度もなかったため、報知映画賞とブルーリボン賞を受賞した『ある男』と比べられると、そりゃ『ある男』に軍杯が上がるのも無理はない。

そして『流浪の月』は、第17回(2020年)本屋大賞を受賞した凪良ゆうによる小説が原作。実は本屋大賞と日本アカデミー賞は非常に相性が良く、過去には『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』や『告白』『舟を編む』が作品賞を受賞している(ちなみに『ある男』も、第16回(2019年)本屋大賞で5位に選ばれている)。

『流浪の月』は誘拐犯とその被害者という複雑な関係を、丁寧な心理描写で紐解き、世間から見た「事実」と、当事者から見た「真実」は似て異なるものだと訴えかける作品。DVや性的虐待、デジタルタトゥー、性腺機能低下症など、極めて難しい題材に挑戦している。

『フラガール』で作品賞や監督賞を受賞し、その後も『悪人』『怒り』などでも高い評価を得た李相日が監督というのも、日本アカデミー賞的にはプラスの要素だろう。『ある男』の妻夫木聡・安藤サクラほどとは言えないかもしれないが、広瀬すずや松坂桃李など「会員たちのお気に入り俳優」が主演を務めているのも大きい。

興行収入は『流浪の月』が8億円、『ある男』が5億円、『ハケンアニメ!』が1.8億円。『ハケンアニメ!』は少し劣るが、『流浪の月』と『ある男』はそこまで大差はない。正直僕からすれば面白さはほとんど同じくらいなのだが、一度受賞済みの李相日と、まだ一度も受賞していない石川慶なら、自分でも石川監督の作品に投票する気がする。

個人的に、この年で最も好きだった日本映画が『さがす』なのだが、実は僕自身も本作が日本アカデミー賞にノミネートされなかったことで怒り心頭していたうちの一人である。

『さがす』は、300万円の懸賞金欲しさに指名手配犯を捕まえようとして姿を消した父親と、その父親を捜索する娘のサスペンス映画。真実に近づいていくにつれて、介護疲れ・安楽死・自殺幇助・嘱託殺人などの要素が浮かび上がってくる構成となっていて、2017年に日本を震撼させた「座間9人殺害事件」とリンクする部分もあり、SNSで当たり前のように誰かとすぐ繋がれる現代社会において、決して他人事ではない作品となっている。

興行収入が1億円にも満たなかったため、あまり認知されていなかったという可能性も無くはないのだが、東宝・東映・松竹が牛耳っている日本アカデミー賞においては、配給がアトミック・エースだったということが最も大きな要因であろう。

『さがす』だけでなく、高齢者の安楽死を描いた『PLAN75』も、耳の聞こえないボクサーを描いた『ケイコ 目を澄ませて』も、配給がハピネットファントム・スタジオだったせいで、作品賞にノミネートされなかったと言われている。しかし、どちらも主演女優賞にはノミネートされているのだから、『さがす』の佐藤二朗もノミネートを受けるべきだった。と言うか、受賞するべきだったとさえ思う。

そもそも片山監督から佐藤二朗への当て書きだったというのだからハマり役だったのは当たり前なのだが、中でもALS(筋萎縮性側索硬化症)を患っている妻を懸命に支えていながら、あの決断に揺れるシーンは本当に衝撃的だった。『さがす』が作品賞を獲るべきだった、とまでは行かなくても、何か1部門でもノミネートされてほしかった…。

というわけで、『ある男』の作品賞受賞は納得の結果となります。


第45回 2021年

作品賞 ノミネート一覧
☆『ドライブ・マイ・カー』
・『キネマの神様』
・『孤狼の血 LEVEL2』
・『すばらしき世界』
・『護られなかった者たちへ』

近年の日本アカデミー賞の中で最も予想が簡単だったのがこの回だろう。なんと言っても、世紀の大傑作『ドライブ・マイ・カー』がノミネートされているからだ。

『ドライブ・マイ・カー』は、『寝ても覚めても』や『ハッピーアワー』を手掛けた濱口竜介監督の作品で、妻を亡くした喪失感を抱えながら生きていた男が、寡黙なドライバーと出会ったことで、様々なことに向き合っていく再生の物語だ。

2014年に刊行された村上春樹の短編集『女のいない男たち』に収録された1編の映画化なのだが、50ページにも満たない原作を179分の作品にまで拡張し、村上春樹の魅力を一切崩さずにこれをやってのけた脚色力にまず圧倒される。

本作は、広島の劇場が主催する『ワーニャ伯父さん』上演のワークショップに、男が演出家として招かれるところから物語が動き出す。台詞が多い本作にとって、濱口竜介が用いる「濱口メソッド」と呼ばれる独特の演出方法が良いエッセンスとなっており、これが物語にもよく効いてくる(濱口メソッドとは、撮影前の本読みの際に「感情を込めてはいけない」というルールを設けることで、本番で役者たちのリアルな演技やリアクションが撮れるというもの)。

尤も、その『ワーニャ伯父さん』は「多言語演劇」となっており、日本語だけでなく、英語や中国語、ドイツ語、韓国語の手話など、9つの言語が使用されている。キャストが自身の母国語でそのまま演じるという試みがなされているのが特徴。また『ワーニャ伯父さん』の台詞が
本編の物語と一部リンクしているところもあり、演劇づくりを通してコミュニケーションや意思疎通に希望を見出していくという展開も非常に良くできている。何層にも重なったギミックには、もはや暴力的なまでに衝撃を受けた。

第74回カンヌ国際映画祭では日本映画として初となる脚本賞を含む計3部門を受賞。本家アカデミー賞でも、作品賞や脚色賞を含む計4部門にノミネートされ、そのうち国際長編映画賞を受賞した。当時は、日本の様々な媒体が『ドライブ・マイ・カー』のことを取り上げており、大衆受けしづらいアート系作品ながら、その話題性も相まって興行収入は13.5億円を記録。

キネマ旬報ベストテンでは、『ドライブ・マイ・カー』が1位、『すばらしき世界』が4位、その他はベストテン圏外という結果になった。ベストテンだけ見れば『ドライブ・マイ・カー』と『すばらしき世界』の一騎打ちのようには感じるが、ほとんど『ドライブ・マイ・カー』の一強状態である。

一応『孤狼の血 LEVEL2』はブルーリボン賞を、『すばらしき世界』は山路ふみ子映画賞を、『護られなかった者たちへ』は報知映画賞を受賞しているが、『ドライブ・マイ・カー』は毎日映画コンクール、日刊スポーツ映画大賞、おおさかシネマフェスティバル、TAMA映画祭などを総ナメにしている状態だった。

国内だけに留まらず、アジア・フィルム・アワードやアジア太平洋映画賞といったアジア圏の映画賞はもちろんのこと、ニューヨーク映画批評家協会賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞、全米映画批評家協会賞などアメリカの重要賞も受賞していた。

中には「海外で評価されていなかったら、ノミネートすらされていない!時流に流されただけだ!」なんて声もあるけれど、それで正しく評価されるのなら、素晴らしいことだと思う。

『孤狼の血 LEVEL2』は鈴木亮平の助演男優賞を、『護られなかった者たちへ』は清原果耶の助演女優賞を受賞できただけでも大勝利と言えよう(本来なら岡田将生や三浦透子がノミネートされ、受賞しておくべきだったため)。

というわけで、『ドライブ・マイ・カー』の作品賞受賞は納得の結果となります。


第44回 2020年

作品賞 ノミネート一覧
☆『ミッドナイトスワン』
・『浅田家!』
・『男はつらいよ お帰り 寅さん』
・『罪の声』
・『Fukushima 50』

この年はコロナ禍真っ只中だったこともあって、『劇場』や『37セカンズ』などの配信映画や、『スパイの妻 〈劇場版〉』や『本気のしるし〈劇場版〉』などのテレビドラマを再編集して公開された作品など、特殊な環境下で公開された作品が高い評価を得た。にも関わらず、そのどれもが日本アカデミー賞の選考対象にならないことが批判を受けた。

特に『スパイの妻』は、第77回ヴェネツィア国際映画祭で『座頭市』以来17年振りの銀獅子賞を受賞したことが話題となった。キネマ旬報ベストテンでも『スパイの妻』が1位、『本気のしるし』が5位、『37セカンズ』が7位と軒並み高評価であった。今の時代に配信映画/テレビ映画を認めないことは周回遅れだし、正直これは批判されても仕方がないことだと思う。未だにこのルールが改正されないのもおかしい。

そんなこんなで開催された日本アカデミー賞で、栄えある作品賞に輝いたのは『ミッドナイトスワン』だった。草彅剛演じるトランスジェンダーの主人公が、ひょんなことから育児放棄されていた少女を預かることになるという話。

低予算の自主制作映画ながら、公開前から宮藤官九郎や伊藤沙莉などの著名人が称賛の声を上げるなどSNSで口コミが広まり、ロングラン上映となった。コロナ禍のなかでのロングラン上映だ。なんとも素晴らしいことである。

しかし、絶賛された一方で、同じく批判もなかなかに多い作品であった。特にトランスジェンダー描写に対する批判や、性別適合手術に関する描写の問題点が後を絶たなかった。前者ではヘテロの役者がマイノリティのキャラクターを演じていることや、トランスジェンダーがシスジェンダーを奉仕し献身する構図が指摘され、後者では今の時代には現実的ではないあえて悲劇的にされたラストの批判が挙げられている。

正直、世界的に見ればかなり時代遅れな内容だと思うし、それに関しては本作肯定派の僕も引っかかってはいたのだが、この手の作品は(そもそもが遅れている)今の日本には必要なピースのひとつだとも考えていた。

しかし、後に内田監督がTwitterで「自分の映画を社会的にはしない。これは娯楽。娯楽映画で問題の第一歩を感じれればいい。社会問題は誰も見ない。映画祭やSNSでインテリ気取りが唸り議論するだけ。なので娯楽です。」と発言したことを踏まえると、許容し難いものに感じてしまう。こんな作品をその年のベストに選んではいけない。

そもそもキネマ旬報ベストテンでも14位だし、授賞式の直前までは『罪の声』と『Fukushima 50』の一騎打ちとされていた。むしろ『ミッドナイトスワン』の作品賞はサプライズ受賞だったと言える。少し言い方は悪くなるが、日本アカデミー賞は『万引き家族』以降、やたら社会性を重視しており、『ミッドナイトスワン』はそのシフトチェンジに丁度良かった作品だったというだけなのだ。

では何が受賞するべきたったか。ノミネートされた作品の中から選ぶなら、やはり『罪の声』か『Fukushima 50』のどちらかだったのだろう。『罪の声』は、昭和最大の未解決事件と呼ばれた「グリコ・森永事件」を題材とした作品で、事件で使われていた子供の声が自分の声だと知った男と、その事件を追いかける新聞記者、そして事件に関わった人々の人間ドラマが交差するサスペンス映画。

ノミネート作の中で唯一のキネマ旬報ベストテン(7位)に選出されており、興行収入も12.4億円を記録している。また『ミッドナイトスワン』が他の映画賞では無冠だったのに対して、『罪の声』は報知映画賞、日刊スポーツ映画大賞、おおさかシネマフェスティバルで作品賞を受賞している。そこそこ評価が高い。

土井裕泰監督は『いま、会いにゆきます』『涙そうそう』『ハナミズキ』『映画 ビリギャル』など数々のヒット作を生み出しており、テレビドラマでも『オレンジデイズ』や『逃げるは恥だが役に立つ』『カルテット』などの名作も手がけている。受賞までの下地は十分である。

授賞式では『Fukushima 50』の台頭によって監督賞や助演男優賞(宇野祥平)を逃してしまったのは勿体なかったが、辛うじて野木亜紀子が脚本賞を受賞できたのが僅かな救いであった。本来なら作品賞を含むこの辺の賞はあっさり受賞できていたはずだ。

『罪の声』から話題を掻っ攫った『Fukushima 50』は、ジャーナリスト・門田隆将が90人以上の関係者への取材をもとに描いたノンフィクション本『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発』の映画化で、東日本大震災の影響で制御不能となった福島第一原発の暴走を止めるため、命を懸けて原発内に残って戦い続けた作業員たちの姿を描いた作品。

東日本大震災と福島第一原発事故からちょうど10年という節目であることや、授賞式の1週間前に「金曜ロードSHOW!」で放送されたことなど、作品賞への追い風が凄まじかった記憶がある。なんせ金ローも日本アカデミー賞もどちらも日本テレビが主催している番組なので、忖度が働きやすいのだ。

尤も、監督賞や助演男優賞(渡辺謙)など最多6部門で最優秀賞を獲得していたため、しっかり忖度は働いていたはずである。授賞式の空気も完全に『Fukushima 50』の流れになっていたので、尚更『ミッドナイトスワン』の作品賞には驚かされた。『Fukushima 50』、正直そんな良い作品とは思えなかったので、余計に圧力を感じざるを得なかった。

もしくは『朝が来る』が作品賞にノミネートされていたら、そちらを全力で推していた気もする。子供に恵まれず特別養子縁組で子供を授かった夫婦と、その子の生みの親である女性を巡る物語。とてもよく出来ている。個人的には時系列や情緒が行ったり来たりするせいで、散漫としている印象もあったが、それでも感動させられてしまったのは原作のパワーもあるだろう。

これだけの高評価を受けて、まさかの主要部門は監督賞と主演女優賞だけの候補という悲劇。その年、数々の助演女優賞を総ナメにした蒔田彩珠は何故か新人賞送りになってしまったし、『朝が来る』にとっては浮かばれない結果となった。

キネマ旬報ベストテンでは3位を獲得しているし、本家アカデミー賞の国際長編映画賞・日本代表にも選ばれている。どう考えてもこの年は『朝が来る』が作品賞にノミネートされるべきだったと強く思っている人も多いだろう。せめて作品賞は無理でも、監督賞は河瀬直美が、助演女優賞は蒔田彩珠が獲っておくべきだった。

というわけで、『ミッドナイトスワン』の作品賞受賞は不服の結果となります。


第43回 2019年

作品賞 ノミネート一覧
☆『新聞記者』
・『キングダム』
・『翔んで埼玉』
・『閉鎖病棟 -それぞれの朝-』
・『蜜蜂と遠雷』

この年は、本家アカデミー賞で『パラサイト 半地下の家族』が外国語映画として初めての作品賞を受賞し、世界的にアジア映画への注目が高まっていた時期であった。もちろん、日本アカデミー賞がどのような作品を頂点に選ぶのか…というのも話題の渦中であり、その結果『新聞記者』が作品賞を受賞した。

報道のあり方や、当時の政治批判を行った作品で、個人的にはこれまでの日本映画には無かった社会派サスペンスというところや、現代社会のタブーに挑んだ内容、そして全編に張り巡らされた緊張感など、十分クオリティの高い作品だと思っている。特にラストシーンの松坂桃李の表情には鳥肌が立つ。あれが更に本作の余韻を増幅させている。

しかし、一部からは「左翼のプロパガンダ映画」や「トンデモ陰謀論」などの批判が殺到し、日本アカデミー賞史上最悪の作品賞なんていう声もあった。一応フィクションではあるものの、題材が題材だし、それをリアリティたっぷりに描いているため、そのような意見が出てくるのも仕方がないと言えば仕方がないのかもしれないが、流石にそれは言い過ぎだと思う。

もし『新聞記者』がダメなんだったら何が受賞するべきだったか。それはどう考えても『蜜蜂と遠雷』一択であろう。むしろ『新聞記者』のアンチは、全員『蜜蜂と遠雷』の受賞を信じて疑わなかったはずである。

そもそもノミネート作品がもれなく酷く、キネマ旬報ベストテンでは『蜜蜂と遠雷』が5位に選ばれただけで、他は全て圏外なのだ。『キングダム』や『翔んで埼玉』は話題にこそなったものの、そこまで優れた作品ではないし、『閉鎖病棟』に関してはもう話にならない。

前哨戦では『新聞記者』が日刊スポーツ映画大賞を、『翔んで埼玉』がブルーリボン賞を受賞しているのに対して、『蜜蜂と遠雷』は毎日映画コンクール、報知映画賞、山路ふみ子映画賞の3賞を受賞している。本家アカデミー賞の国際長編映画賞・日本代表に『天気の子』が選ばれた際にも、「なぜ『蜜蜂と遠雷』じゃないんだ」という声も多くあった。

『蜜蜂と遠雷』は恩田陸原作の同名小説の映画化で、原作は史上初めて直木賞と本屋大賞をダブル受賞した作品としても知られる。ピアノコンクールを舞台としており、音楽が聞こえる本としても話題となった(ちなみに、もし『蜜蜂と遠雷』が作品賞を受賞していたら、本屋大賞受賞作として4つ目の作品賞受賞となっていたのでとても惜しい)。

また群像劇というだけあって、人物描写も複層的で分厚い。松岡茉優、松坂桃李、森崎ウィン、鈴鹿央士ら俳優陣の演技も見応えたっぷりで、ピアニストという難しい役柄を、繊細かつ、感情的に演じきっていた。あの濃厚な原作を無駄なく見事に映画化したという点においても、石川慶の技量の高さを感じられる一本である。

本来なら『翔んで埼玉』にも触れるべきだと思うが、関西人なので向こうのあるあるが全然分からないし、心の底からくだらない映画(褒め言葉)だと思っているので、受賞はない。むしろ獲らない(獲れない)方が作品の魅力が増すと思うので、語るだけ無駄だ。

やはり『新聞記者』と『蜜蜂と遠雷』、どちらかが作品賞を獲るべきであり、どちらが獲っても違和感はない。まぁでも『蜜蜂と遠雷』の方が納得かな。

というわけで、『新聞記者』の作品賞受賞は個人的には納得だが、世間的に見れば不服なのも分かる…という結果となります。


第42回 2018年

作品賞 ノミネート一覧
☆『万引き家族』
・『カメラを止めるな!』
・『北の桜守』
・『孤狼の血』
・『空飛ぶタイヤ』

この年も極めて予想が簡単な年だった。キネマ旬報ベストテンは『万引き家族』が1位、『孤狼の血』が5位であり、作品賞はこの2作のどちらかが選ばれるのがまず順当だった。実際、主要部門と技術部門のほとんどは『万引き家族』と『孤狼の血』が分け合っており、他作品は『カメラを止めるな!』が辛うじて編集賞を受賞しただけである。

その2作の中でぶっちぎりの大本命だったのが『万引き家族』だ。本作は第71回カンヌ国際映画祭において、『うなぎ』以来21年ぶりに最高賞であるパルム・ドールを受賞。アジア・フィルム・アワードでは『トウキョウソナタ』以来9年振りとなる日本映画の作品賞を受賞し、本家アカデミー賞でも国際長編映画賞にノミネートされるなど、国内外ともに評価が高い作品を得た。その流れで興行収入は45.5億円を記録し、大ヒットとなった。

唯一のマイナス要素は是枝監督が既に『海街diary』と『三度目の殺人』で受賞済み(しかも『三度目の殺人』は去年)だという点のみ。日本アカデミー賞はお気に入りの人を何度も受賞させる傾向があるため、これももはやマイナス要素とは言えないだろう。

対抗馬の『孤狼の血』は、『凶悪』や『日本で一番悪い奴ら』で知られる白石和彌監督によるヤクザ映画。なのだが、実は白石監督は日本アカデミー賞の最優秀賞を一度も受賞したことがない。本来なら受賞経験のない人に票が流れるはずだが、白石監督の作品は演出や脚本よりも役者陣の演技に注目が集まりやすいため、その点で票が集まりづらいのだろう。

本当の対抗馬は『カメラを止めるな!』だったのかもしれない。予算300万円のインディーズ映画で、たった1館からの公開ながら、オリジナリティ溢れるアイデアが話題となり、SNSの口コミで全国公開へと拡大。最終的には353館で222万人を動員し、興行収入は31.2億円を記録。国内及び海外の映画賞を数々受賞した。

その年の新語・流行語大賞にも「カメ止め」がノミネートされたことを考えると、当時どれほど本作が注目されていたのかが伺える。正直僕は絶対つまらないだろ〜と舐め腐っていたので、授賞式から1週間後に放送された『金曜ロードSHOW!』が初見となったのだが、あれほど映画館で観なかったことを後悔した映画は久々だった。

もしリアルタイムで映画館で観ていたら、『カメラを止めるな!』を全力で応援していただろう。しかし、それも『万引き家族』が大本命という予想の上で応援していたはず。どう考えても完成度は『万引き家族』が頭ひとつ抜けているからね。

というわけで、『万引き家族』の作品賞受賞は納得の結果となります。


第41回 2017年

作品賞 ノミネート一覧
☆『三度目の殺人』
・『君の膵臓をたべたい』
・『関ヶ原』
・『ナミヤ雑貨店の奇蹟』
・『花戦さ』

この年のノミネートが史上一番と言ってもいいほど酷いのではなかろうか。キネマ旬報ベストテンは『三度目の殺人』が8位に選ばれただけで、その他は諸々圏外。とにかく評価が良くないものばかり。『君の膵臓をたべたい』が興行収入35.2億円とノミネート作品の中では最大のヒットとなったのでまだ妥協できるが、誰の目から見ても受賞なかったはずである。

他の映画賞を見てみると、ブルーリボン賞、報知映画賞、日刊スポーツ映画大賞、日本インターネット映画大賞を受賞した『あゝ、荒野』が4冠を獲得(キネマ旬報 読者選出ベストテン1位を含めると5冠)。

次いでヨコハマ映画祭、TAMA映画祭を受賞した『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』が2冠(キネマ旬報1位を含めると3冠)。TAMA映画祭は『散歩する侵略者』も同時に受賞しており、僕は『散歩する侵略者』がこの年最も好きな日本映画である。

『散歩する侵略者』は、地球を侵略しにきた宇宙人たちが、人間から様々な「概念」を奪って、知識を得ていくSF映画である。誰しもに共通する「愛」という普遍的なテーマを描きながら、黒沢清らしい哲学的な台詞が飛び交っていく。日本アカデミー賞では監督賞と長澤まさみの主演女優賞のみのノミネートとなったが、なぜこのふたつを候補にしておいて、作品賞は無視できるだという怒りすら湧いてくる(『朝が来る』の年と同様の怒りを抱いている)。

黒沢清は『CURE』や『カリスマ』『回路』などが海外で人気を博し、ある程度の地位を築いている監督のはずなのだが、なぜか日本アカデミー賞では冷遇されている印象がある。ホラー映画の監督と見なされているからなのだろうか。後にも先にもノミネートされたのが『散歩する侵略者』だけというのが全くもって納得できない。

残りの映画賞が、毎日映画コンクールは『花筐/HANAGATAMI』が、山路ふみ子映画賞は『幼子われらに生まれ』が、おおさかシネマフェスティバルは『彼女がその名を知らない鳥たち』がそれぞれ受賞している。日アカノミネート作品の中では唯一『三度目の殺人』が日本映画批評家大賞を受賞したのみなので、そりゃあのノミネートされた5本の中からなら本作の作品賞が妥当だろう。

そういう意味では納得の作品賞なのだが、個人的に『三度目の殺人』は掴みどころがなくて苦手な映画なので、理想は別の作品が受賞してほしかった。それこそ『あゝ、荒野』や『散歩する侵略者』がしっかりノミネートされて、獲るべきだったのでは…?と思うが、『あゝ、荒野』は前篇/後篇で別れていること、『散歩する侵略者』は“黒沢清”であることがマイナス要素になったのだろう。

というわけで、『三度目の殺人』の作品賞受賞はノミネートの中なら納得の結果となります。


第40回 2016年

作品賞 ノミネート一覧
☆『シン・ゴジラ』
・『怒り』
・『家族はつらいよ』
・『湯を沸かすほどの熱い愛』
・『64-ロクヨン- 前編』

この年の日本映画はアツかった。『君の名は。』が社会現象級のヒットを記録したことを皮切りに、『聲の形』や『この世界の片隅に』などのアニメ映画が立て続けに大ヒット。特撮もその流れに乗るようにして、『シン・ゴジラ』がゴジラ映画史上最高の82.5億円の興行収入を記録。流行語大賞にも『シン・ゴジラ』がノミネートされるなど、かなり話題となった。

キネマ旬報ベストテンでは『シン・ゴジラ』が2位、『湯を沸かすほどの熱い愛』が7位、『怒り』が10位を獲得。前哨戦では『シン・ゴジラ』が毎日映画コンクールとブルーリボン賞を、『湯を沸かすほどの熱い愛』が報知映画賞と日本映画批評家大賞を、『怒り』が山路ふみ子映画賞を受賞し、ほとんど拮抗状態だった。日本アカデミー賞でも『シン・ゴジラ』と『湯を沸かすほどの熱い愛』『怒り』の三つ巴という構図が生まれていた。

残りの賞は『この世界の片隅に』が総ナメしたため、本当に作品賞に相応しかったのは『この世界の片隅に』だったはずなのだが、まあジブリ以外のアニメ映画には風当たりが強いことを考えると、ノミネートされなかったのも無理はないだろう。それに『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』が作品賞を受賞したときには、まだアニメーション作品賞は存在していなかったのだ。作品賞レースにアニメ映画が絡まなくなったは、間違いなくこの部門が設けられていることが影響しているはずだ。

ちなみに本作は公開から少しずつ上映館を増やし、2019年12月19日まで1133日に渡って上映され、アニメ映画史上最長、どころか洋画・邦画含めて映画史上最長となるロングラン記録を打ち立てた。バケモノだ…。

『シン・ゴジラ』は、『ゴジラ FINAL WARS』以来約12年ぶりの和製ゴジラ映画で、『エヴァンゲリオン』シリーズで知られる庵野秀明が脚本と総監督を、特撮で知られる樋口真嗣が監督と特技監督を務めた作品。拘り抜かれたゴジラの迫力は然る事乍ら、国そのものを主人公としたポリティカルサスペンス群像劇という新しさもウケたのだろう。人間ドラマもスケール感も圧倒的で、納得の作品賞である。

一方の『湯を沸かすほどの熱い愛」はこの世で一番嫌いな日本映画なため、受賞してなくてよかった…という気持ちでいっぱい。被害者でしかない主人公が、自分の余命宣告をきっかけに自ら行動を起こし、加害者たちのことを赦していくという話の展開からしてもう受け付けない。サイコパス映画である。

『怒り』は李相日監督による群像劇で、指名手配犯にそっくりな素性のわからない3人の男が東京・千葉・沖縄に現れるという話。一貫して「信じること」を大きなテーマとしているが、同時にそれぞれの場所にそれぞれの社会問題が絡んでおり、東京では性的マイノリティを、千葉では軽度知的障害者のセックスワーカーを、沖縄では基地問題(米兵による相次ぐ性的暴行事件など)を描いている。

一部からは、これらのテーマがわざわざ物語に絡めるほど必要不可欠な要素ではないという批判や、未成年の広瀬すずに性的暴行シーンを演じさせることの危うさを指摘する声もあった。

やはり、この中で最も批判が少なく、なおかつ大ヒットした『シン・ゴジラ』の受賞は揺るがないであろう。しかし、本当に評価されるべきは『この世界の片隅に』だったのではなかろうか。

というわけで、『シン・ゴジラ』の作品賞受賞は納得の結果となります。


第39回 2015年

作品賞 ノミネート一覧
☆『海街diary』
・『海難1890』
・『日本のいちばん長い日』
・『母と暮せば』
・『百円の恋』

この年のキネマ旬報ベストテンは『海街diary』が4位、『母と暮せば』が9位。『百円の恋』が前年のベストテンで8位となっている。前哨戦では『海街diary』が山路ふみ子映画賞と日本インターネット映画大賞、ヨコハマ映画祭を、『日本のいちばん長い日』がブルーリボン賞を受賞したのみで、残りの賞は『恋人たち』と『ソロモンの偽証』が分け合うような形となった。

『海街diary』は吉田秋生原作の同名コミックを是枝裕和が映画化した作品で、綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずの豪華キャストが四姉妹を演じた。是枝監督の日常を切り取ったような静かなタッチが、見事に海街diaryの世界観にマッチし、高い評価を得た。2013年に『そして父になる』で受賞まであと一歩だったことを踏まえると、『海街diary』の受賞は揺るぎなかっただろう。

個人的にはこの辺りの是枝監督の作風が苦手なので、そこまで好きな映画というわけではないのだけれど、穏やかなのに身近に死を感じさせる構成は素晴らしいし、ほとんど無名だった広瀬すずを発掘したという意味では物凄い価値を見出している。

また『東京物語』『秋刀魚の味』などで知られる小津安二郎監督の作品を彷彿とさせるテイストなのも良い。それは是枝監督自身も意識していると語っており、カンヌ国際映画祭で上映された際には「小津安二郎の後継者」とも評された。

一方の『母と暮せば』は、THE 松竹映画。THE 山田洋次映画な作品。原爆で亡くなったはずの息子が突然目の前に現れるという話。『父と暮せば』の逆バージョン、もしくは『異人たちとの夏』の逆バージョンと言えば分かりやすいだろう。

個人的には山田洋次の作風はとても苦手だ。全ての作品がそういうわけではないのだが、何かあれば人情で押し切ろうとする脚本や、こちらに押し付けてくるかのような前向きな描写の数々、戦時中とは思えないほど小綺麗なセットや身なり、撮影やキャラクターも昭和的で好きになれない。「男の子だから」「私の子だから」のような型に嵌めるような言葉選びも苦手だ。

比較すればするほど、なおさら昭和的なテイストを現代版に再解釈した『海街diary』の魅力が引き立ってしまう。『百円の恋』は昨年公開の映画ながら、作品賞にノミネートされ、安藤サクラの主演女優賞や脚本賞に漕ぎ着けただけでも立派だろう。個人的には塚本晋也監督の『野火』が一番好きなのだが、まぁ内容が内容はだけに苦手な人がいるのも分かる。やはりマイナス要素がひとつもない『海街diary』こそ作品賞に相応しいだろう。

というわけで、『海街diary』の作品賞受賞は納得の結果となります。


第38回 2014年

作品賞 ノミネート一覧
☆『永遠の0』
・『紙の月』
・『小さいおうち』
・『蜩ノ記』
・『ふしぎな岬の物語』

キネマ旬報ベストテンは『紙の月』が3位、『小さいおうち』が6位、『蜩ノ記』が10位となった。キネマ旬報ベストテン入りを逃した映画が、日本アカデミー賞で作品賞を受賞するは、2007年の『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』以来7年振りとなった。

そんな『永遠の0』だが、本作は2013年12月公開の映画で、口コミで噂が広まり、幅広い客層を集めてロングランが続き、観客動員数は700万人、興行収入は86億円を突破。歴代の邦画実写映画でも6位にランクインするほどの大ヒットを記録した。

しかし、本作は恐ろしいくらい批判の多い映画であることも、映画好きの中では周知の事実だと言えよう。例えば、映画評論家の清水節は「表面的に反戦を唱えながらも、結果的に日本を取り戻す民族意識の強化に奉仕する巧みなプロパガンダだ」と批判。映画監督の井筒和幸は「見たことを記憶から消したくなる映画」と述べ、ストーリーや登場人物が実在しないのに、ありえない内容で特攻隊を美化していると非難した。

僕自身も「命が命がって言う割には敵は撃つんだな」とか「故障してる飛行機を譲るのは下手すれば殺人になるだろ」とか「大石と結婚する理由が心の中に宮部がいるからはホラーすぎるなぁ」とか、戦争描写以外でも色々気になるところがある作品だったため、そこまで全力で肯定できない部分がある。

しかし、多くの人が本作で心を動かされた理由も分かるし、ノミネート作品の中では最もスケール感があって、人気もあるため、その年のトップに選びやすいのも分かる。納得とも不服とも言えない微妙なラインではある。

ノミネートの中では『紙の月』が一番好きだ。バブル崩壊直後の1994年を舞台に平凡な主婦による巨額横領事件を描く。主人公が年下の大学生と出会ったことで、金銭感覚が、少しづつ、少しづつ狂っていく様子が面白すぎる。

また主演の宮沢りえはもちろんのこと、主人公を追い詰めていく先輩銀行員役の小林聡美や、無自覚に背中を押す同僚役の大島優子がめちゃくちゃ良い味を出していた。このどちらも最優秀助演女優賞を受賞できなかったのが本当に悔しい。

しかし、監督の吉田大八は2年前に『桐島、部活やめるってよ』で日本アカデミー賞を席巻したばかりで、そう考えると評価的にも興行的にも少し見劣りしてしまうのは分かる。最終的に宮沢りえの主演女優賞のみの受賞だったのも頷ける(受賞でいえば、三浦春馬が『永遠の0』で助演男優賞にノミネートされて、『蜩ノ記』の岡田准一に負けたのも絶妙にモヤモヤしている。あそこまで『永遠の0』が総ナメにしたのなら春馬にも与えてあげて欲しかった)。

もし『永遠の0』や『紙の月』じゃ無ければ、何が受賞するべきだったか。それは『そこのみにて光輝く』だろう。キネマ旬報ベストテン1位、読者選出も1位、ヨコハマ映画祭、おおさかシネマフェスティバル作品賞受賞。

クラウドファンディングや、函館市民からの寄付で得た資金を軸にして製作され超低予算の映画ながら、9月のモントリオール世界映画祭での受賞も追い風になり、全国に評判が広まった。その結果、本家アカデミー賞外国語映画賞部門に日本代表作品として出品されるなど、2014年最も光輝いた日本映画となった。

それなのにまさかの池脇千鶴の主演女優賞ノミネートだけで、作品賞にも監督賞にも主演男優賞にもノミネートされないという悲劇。いくら単館系の映画だからとはいえ、これほど良くできた映画が全く評価されないのは気に食わない。完成度で言えば、どう考えても『永遠の0』より良く出来ている。

個人的には特別好きな作品というわけではないが、『超高速!参勤交代』もアリだと思う。本来一週間以上かかる参勤交代を、5日以内にしなければならないという作品で、11.6億円のヒットとなった。数多ある時代劇の中で、参勤交代に注目するというアイデアがもう面白い。その題材の妙から、監督賞と脚本賞にノミネートされ、最優秀脚本賞を受賞している。その年最も優れた脚本の映画だと認めているのに、作品賞にはノミネートしないなんて…。配給も大手の松竹なので、余計に違和感がある。

とは言っても、本家アカデミー賞でも外国語映画を除けば、2004年の『エターナル・サンシャイン』や、2000年の『あの頃ペニー・レインと』などがある、しかし、どちらも低予算の映画であることや、興行的には失敗で終わったことなどが作品賞から漏れた理由として挙げられるため、同列には語ることができない。

コメディ映画ではあるものの、意外と真面目な時代劇をしているのも好印象だし、作品評価も別に悪いわけではなく、キネマ旬報ベストテンこそ圏外ではあるものの、ブルーリボン賞や日本インターネット映画大賞を受賞している。どのみち日本アカデミー賞で作品賞の受賞はなかったとしても、ノミネートくらいはされても良かったんじゃないだろうか。

というわけで、『永遠の0』の作品賞受賞は不服の結果となります。


第37回 2013年

作品賞 ノミネート一覧
☆『舟を編む』
・『凶悪』
・『少年H』
・『そして父になる』
・『東京家族』
・『利休にたずねよ』

まさかの5位が同票数となり、史上初めて6作品がノミネートされるという異例の事態となった年。投票権を持つ日本アカデミー賞協会員は、2014年度時点で3934名いるため、5位が同票なんてそんなことありえるのか…?とは思うのだが、まあこれは組織票が存在することの現れだろう。

そんな中で作品賞を受賞したのは、新しい辞書を作るという難事業に取り組むことになった編集者たちの苦労と情熱を描いた『舟を編む』であった。石井裕也監督は、日本アカデミー賞史上最年少となる30歳という若さで監督賞を受賞したということも覚えておきたい(最近は『月』や『茜色に焼かれる』など社会派の映画を手かげて軒並み高評価を獲得している印象が、その割には日本アカデミー賞で比較的冷遇されている気がする。まさかとは思うが、若くして成功したやっかみでもあるのだろうか)。

キネマ旬報ベストテンでは『舟を編む』が2位、『凶悪』が3位、『そして父になる』が6位。『少年H』『東京家族』『利休にたずねよ』はトップテン圏外となった。他の映画賞では『舟を編む』が毎日映画コンクール、報知映画賞、日刊スポーツ映画大賞、日本映画批評家大賞を受賞し、ほとんど独走状態のまま、その勢いに乗って日本アカデミー賞も受賞する快進撃だった。

他は、辛うじて『凶悪』がヨコハマ映画祭とおおさかシネマフェスティバルを、『そして父になる』が日本インターネット映画大賞を受賞した程度である。『そして父になる』は第66回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞し、最終興収は32.0億円のヒットとなったが、思ったより国内での評価は伸び悩む結果となった。

『凶悪』は実際に起きた凶悪殺人事件を基に、死刑囚が自分の刑を先のばしにするため、世間に知られていない事件や首謀者の秘密を雑誌の編集者に告白していくという話。

少し前にも書いた通り、白石和彌監督の作品は役者陣の演技に注目が集まりやすく、本作もピエール瀧やリリー・フランキーの演技が絶賛された。個人的なイメージなのだが、白石和彌の描くキャラクターって、みんな漫画の中から飛び出てきたような厨二臭さがあり笑ってしまう。それを演じる俳優たちが評価されるのは当たり前っちゃ当たり前なのだろう。

一方の『そして父になる』は、息子が出生時に病院で取り違えられた(別の子どもだった)ことを知らされた親たちの物語。一貫して「家族」をテーマに描いてきた是枝監督のひとつの到達点とも言える作品だった。

『凶悪』と『そして父になる』は、ほぼ同時期に公開された作品で、前者では冷酷な不動産ブローカー役を演じ、後者では暖かな家庭の父親役を演じたリリー・フランキーの演技の振れ幅が話題となった。また、『そして父になる』には真木よう子が出演しており、『さよなら渓谷』で主演女優賞を、本作で助演女優賞をダブル受賞したことも併せると、是枝監督の観察眼にも震えさせられる。

正直、この年は『舟を編む』と『そして父になる』ならどちらが作品賞でも文句がない。どちらも素晴らしい作品だと思っている。

というわけで、『舟を編む』の作品賞受賞は納得の結果となります。


第36回 2012年

作品賞 ノミネート一覧
☆『桐島、部活やめるってよ』
・『あなたへ』
・『北のカナリアたち』
・『のぼうの城』
・『わが母の記』

キネマ旬報ベストテンは『桐島、部活やめるってよ』が2位、『わが母の記』が6位を獲得。前哨戦では『桐島、』がヨコハマ映画祭と日本インターネット映画大賞を受賞。その他『あなたへ』も『北のカナリアたち』も『のぼうの城』も『わが母の記』も無冠という本命不在の年であった。

基本的に、前哨戦は『鍵泥棒のメソッド』と『終の信託』『かぞくのくに』の3作品が争っている状態であったため、これらがノミネートされないことを疑問に思う声が多くあった。もし何の圧力もなく順当にノミネートされていたら、きっと結果は変わっていたように思う。

このような圧力のせいで消去法に見えなくもない理由で作品賞を受賞した『桐島、部活やめるってよ』。映画好きの中では少数派だと思うが、個人的にはあまりこの映画の魅力が分からない。別に苦手というわけではなく、みんなほど良さを掴みきれていないという感じ。

田舎出身というのもあるのかもしれないけど、いまいちスクールカーストに馴染みがないし、部活もしてなくて遊んでばかりだったのが悪かったのかな〜なんて思ったり。ただ人気がある理由も分かるには分かるため、作品賞受賞をそこまで不服とも思わない。

個人的に、この年は前哨戦を快走した『鍵泥棒のメソッド』が一番好きなのだが、『超高速!参勤交代』同様に作品賞はスルーされ、脚本賞の受賞のみで留まった作品となった。娯楽色が強すぎるゆえに軽く観られてしまったのは(正直納得はできないが)理解はできてしまう。せめて助演女優賞は広末涼子が獲るべきだったとは思う。

キネマ旬報ベストテンでもしっかり8位にランクインしているし、なんなら読者選出では1位に選ばれている。前哨戦でも報知映画賞や日本映画批評家大賞を受賞していて、作品評価が低かったというわけでもない。興行収入も6億円と、そこそこの成績を残している。やはりノミネートされないのは不可解に思ってしまう。

また純粋に、この年最も評価の高かった『かぞくのくに』もノミネートされるべきだったと思うが、日本アカデミー賞は何故か在日韓国人・朝鮮人を描いた映画を作品賞には選ばない傾向があるため(『月はどっちに出ている』や『GO』『血と骨』『パッチギ!』等)、若干浮かばれない結構だな…と感じる。最近は『新聞記者』や『ある男』が作品賞を獲っているため、その風潮も変わってきていると信じたいが。

というわけで、『桐島、部活やめるってよ』の作品賞受賞はノミネートの中なら納得の結果となります。


第35回 2011年

作品賞 ノミネート一覧
☆『八日目の蟬』
・『大鹿村騒動記』
・『最後の忠臣蔵』
・『ステキな金縛り』
・『探偵はBARにいる』

キネマ旬報ベストテンでは『大鹿村騒動記』が2位、『八日目の蟬』が5位。前哨戦では『大鹿村騒動記』がヨコハマ映画祭、おおさかシネマフェスティバル、日本映画批評家大賞を、『八日目の蟬』が報知映画賞を受賞。残りは『一枚のハガキ』と『冷たい熱帯魚』が交互に受賞するという結果となった。

こうして結果を並べてみると、相変わらずノミネートの酷さを実感できてしまう。この段階で妥当だと言えるのは『八日目の蟬』と『大鹿村騒動記』のみ。こんなに自社の映画を推したいのなら、本家アカデミー賞のように作品賞を10本にすればいいのに。それなら評価の高い作品もノミネートできるし、今ほどヘイトを集めないで済む。

作品賞を受賞した『八日目の蟬』は、不倫相手の子供を誘拐した女性の逃亡劇と、彼女に育てられた過去を引きずったまま大人になった女性の複雑な思いを描いた作品。公式のテーマは「母性」であり、家族観や愛情についてを独自の切り口で展開する。今見返すとフェミニズム的な要素もあって非常に面白い。

特別好きな作品というわけではないのだが、当時テレビで放送していたのを家族でたまたま観ていて、翌日すぐに原作を買いに行った思い出がある。当時小学生だった僕にとっては物凄い衝撃的な作品だったのだ。

ただひとつ気に入らない点があって、前哨戦ではほとんどの主演女優賞を永作博美が受賞していたのだが、なぜか日本アカデミー賞では井上真央が主演女優賞を、永作博美が助演女優賞に回されてそちらを受賞するという結果になってしまった。そのせいで前哨戦を快走していた小池栄子が最優秀を獲れなかったのが可哀想だった。

井上真央はちょうど自身が主演の朝ドラ『おひさま』が放送している最中で、視聴率も18.8%とそこそこ高かったため、そのスター的人気が更に追い風になったと思われるが…。井上真央の演技がダメだったというわけではないのだが、やはり主演女優賞は永作博美が獲るべきだったし、助演女優賞は小池栄子が獲るべきだったと思う。どうしてもダブル主演のふたりに花を持たせたいという気持ちは分からなくもないけどさ。なんかモヤモヤする。

対抗馬だった『大鹿村騒動記』は、長野県大鹿村を舞台に、300年以上も続く大鹿歌舞伎の公演5日前から起きる様々なトラブルを描いた群像劇コメディ。

ある日、駆け落ちした妻と幼馴染が村に帰ってきて、夫に「彼女はアルツハイマーを患っているみたいだから君に返すよ」という無茶苦茶な話題から始まるのだが、そこに性同一性障害に悩むアルバイトや、郵便局員、村役場の職員、農家、バス運転手など、小さな村ゆえに大勢を巻き込んでいき、大騒動に発展していく。もうこれが馬鹿馬鹿しくてめちゃくちゃ面白い。

特に何か大きなことが起きるわけではないのだけど、村のいつもの日常と非日常が交互に切り取られていく感覚が心地よくなっていく。また登場人物たちにも少しずつ愛着が湧いていき、村の人たち、いや、村そのものを愛おしく思えてしまう魔法にかかってしまう。

また主演の原田芳雄は、本作の公開から3日後の7月19日に亡くなったため、本作が遺作となったことでも知られる。原田はその年の日本アカデミー賞主演男優賞を受賞し、故人としては『午後の遺言状』の乙羽信子以来2人目の記録となった。乙羽は助演女優賞での受賞だったので、主演男優賞として史上初のことだった。

原田芳雄、本作が最後になるかもしれないって分かってたのかな…ってくらい魂のこもった演技をしていて、基本的にはコメディなのに妙に感動してしまった。これは故人じゃなかったとしても、主演男優賞を獲って当然の演技だった。すごく良かった。

ただ原田芳雄の主演男優賞で十分だ、と言ってしまえばそれに尽きる。豪華キャストが共演しているという魅力こそあれど、やはりコメディであることや、話としては地味であること、作品賞らしい重厚感がないこと、また興行収入的もそこまでヒットしたわけではないことを踏まえると『八日目の蟬』に負けてしまうのも仕方なし。

ノミネートされなかった『一枚のハガキ」は、当時98歳だった新藤兼人の監督作にして、遺作となった作品。キネマ旬報ベストテン1位、毎日映画コンクール、山路ふみ子映画賞、日刊スポーツ映画大賞、TAMA映画祭を受賞した。また本家アカデミー賞外国語映画賞部門の日本代表作品にも選ばれ、遺作にして最高傑作とも呼び声が高い作品である。

太平洋戦争で夫を立て続けに二人亡くした未亡人と、戦死したと思われ妻に捨てられた男の話。戦争映画なのに戦争シーンが無く、戦争シーンが無いのに強烈な反戦映画になっている。新藤監督自身の体験を基にした映画というだけあって、最後の最後にどうしてもこれを撮りたかったんだなという気持ちが節々から伝わってくる。

それに答えるかのような大竹しのぶの熱演も凄まじく、もはや鳥肌が立ってしまうレベル。これ主演女優賞にすらノミネートされなかったのが気の毒だ。しかし、本作も作品としては非常に地味なので、作品賞にノミネートされなかったのは正直分からなくもない。純粋な評価で言えばノミネートされていないのおかしいのだけれどね。

最後『冷たい熱帯魚』に関しては、なかなかにグロい作品だし、多分苦手な人の方が多いからそりゃそうだよねという感じ。逆によくでんでんに助演男優賞を与えられたな!と感心さえしてしまう(もちろん正しい判断だと思う)。やはり色んなバランスを踏まえると、『八日目の蟬』が一番作品賞に丁度良い気がする。

というわけで、『八日目の蟬』の作品賞受賞は納得の結果となります。


第34回 2010年

作品賞 ノミネート一覧
☆『告白』
・『悪人』
・『おとうと』
・『孤高のメス』
・『十三人の刺客』

キネマ旬報ベストテンは『悪人』が1位、『告白』が2位、『十三人の刺客』が4位と三つ巴状態。前哨戦では『悪人』が毎日映画コンクール、報知映画賞、山路ふみ子映画賞、日刊スポーツ映画大賞、おおさかシネマフェスティバルの5冠(キネ旬1位を含むと6冠)を記録しており、日本アカデミー賞こそ逃したが、その年の最多受賞となっている。

出会い系サイトで知り合った女性を殺してしまった男が、自首する直前に偶然出会った女性を車に乗せて逃避行に及ぶという話。様々な人物の視点から事件を描くことで、本当の「悪人」とは一体誰なのかと思わせるテクニックが凄すぎる。

もちろん人を殺してしまった時点で、それは完全に「悪人」なのだが、それまでの経緯や事情を知ってしまうと感情移入せずにはいられなくなるという。別に羅生門形式でも群像劇でも無いのだが、ある意味では『怪物』に近い作品なのかもしれない。

日本アカデミー賞においては、主演男優賞・主演女優賞・助演男優賞・助演女優賞の演技部門の全てを受賞。助演の二人に関しては正直やりすぎだと思うけれど、そもそもノミネートが酷いので妥当っちゃ妥当とも言える。作品賞や監督賞こそ逃したが、この演技部門全制覇は作品賞を獲るよりも意味のある受賞なのではなかろうか。

次いで『告白』がブルーリボン賞、日本インターネット映画大賞、TAMA映画祭の3冠(キネ旬読者選出1位を含むと4冠)を獲得。また『告白」は本家アカデミー賞 外国語映画賞の日本代表作品に選ばれ、ノミネートこそされなかったものの、最終選考まで残ったことで話題となった。本作が日本アカデミー賞で作品賞を受賞できたのは、この影響も大きいだろう。

とある中学の女性教師が「娘はこのクラスの生徒に殺された」と告白したことから始まる復讐劇。原作はイヤミスの女王と呼ばれる湊かなえの同名小説。監督は『下妻物語』や『嫌われ松子の一生』『パコと魔法の絵本』で知られる中島哲也である。

実は言うと、僕はこの作品が“この世に存在する日本映画”の中で一番好きだ。生涯オールタイムベストに入れるくらい好きだ。脚本、キャスト、撮影、演出、音楽。全てが異次元で、とにかくどこを取っても素晴らしい。ひとつも非がない。

中島哲也の作家性が至る所に溢れ出ており、『映画芸術』誌選出の「2010年度日本映画ベストテン&ワーストテン」ではワースト1位に選出されるほど賛否の別れた作品なのだが、これを最優秀に選んだ会員たちには拍手を送りたい。よくやってくれた!

主演の松たか子は前年に『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』で主演女優賞を受賞していたため、深津絵里に敗れたのはまだ分かるのだが、岡田将生や木村佳乃が助演を獲れなかったのは非常に悔やまれる。それに『悪人』の柄本明は『ガンゾー先生』で主演男優賞を、樹木希林は『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』で主演女優賞を既に受賞済みであったため、尚更悔しい。

ギリギリ三つ巴に絡んだ『十三人の刺客』は、前哨戦ではヨコハマ映画祭のみの受賞だったが、実は『悪人』や『告白』が受賞した毎日映画コンクールや日刊スポーツ映画大賞、おおさかシネマフェスティバルでは三池崇史が監督賞を受賞しており、演出に関しては評価が高かった。日本アカデミー賞では撮影賞・照明賞・美術賞・録音賞など技術部門を総ナメにした。

暴君・松平斉韶を暗殺するために、13人の刺客が集結する…という話で、1963年に公開された同名映画のリメイクとなっている。そこら辺のホラー映画よりも恐ろしく、アクションシーンは派手でずっと面白い。とにかく引き込まれる。純粋なエンタメ時代劇としてこれ以上ない完成度なのだが、まぁリメイクというのが足枷になっていたのだろうと思う。あとは時代劇離れとかもあるのかな。

個人的には暴君・松平斉韶を演じた稲垣吾郎が本当に極悪非道で怖くて怖くて…。日本映画史に残る悪役として名を刻んだとすら僕は思っているのだが、なぜか助演男優賞でスルーされたのが不思議で仕方なかった。出演者が豪華だから票割れしたのかな?と思ったけど、この映画を観た人なら誰でも吾郎ちゃんに票を入れてしまう気がするんだよなあ。

最終的に『告白』は作品賞・監督賞・脚本賞・編集賞などの主要部門を、『悪人』は演技部門を、『十三人の刺客』は技術部門を総ナメするという、まるで狙ったかのように綺麗な結果になったのが本当に面白い。細かいことを気にしなければ、かなり理想的な配分だと思う。

というわけで、『告白』の作品賞受賞は納得の結果となります。


2023年から2010年の検証はここまでとなります。かなり言いたい放題だったので、好きな作品を乏されて傷付いた方がいましたら申し訳ございません。一方で、気に入ってくれた方がいましたら、他のシリーズも読んでもらえると嬉しいです。いつかその気になったら2000年代や19990年代もやっていきたいな〜と思っているので、そのときもよろしくお願いします。

最後に、2023年から2010年までの僕の理想の作品賞を、一覧として載せておきます。最後までご愛読ありがとうございました。

2023:怪物
2022:流浪の月
2021:ドライブ・マイ・カー
2020:朝が来る
2019:蜜蜂と遠雷
2018:万引き家族
2017:散歩する侵略者
2016:この世界の片隅に
2015:海街diary
2014:そこのみにて光輝く
2013:舟を編む
2012:桐島、部活やめるってよ
2011:八日目の蟬
2010:告白

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