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【歴史19】エジプト史備忘録24(アレクサンドロス帝国・ペルシア帝国滅亡・プトレマイオス朝樹立)

エジプト史の学習内容を深めていきます。

①BC334年にマケドニアのアレクサンドロス大王が東方遠征を開始して翌年にイッソスの戦いでペルシアのダレイオス3世の軍を破った。

BC332年にはシリアを支配下に置いてエジプトに侵攻した。

②エジプトの人々はペルシアの統治から解放してくれる存在としてアレクサンドロス大王を迎えた。アレクサンドロス大王はエジプトの王としてメンフィスで即位した。エジプトはマケドニア王家の支配下に置いた。

③デルタ地帯西部に新たな都アレクサンドリアを建設した。エジプトの伝統的な宗教を重んじて神殿の改築などを行った。

④再度遠征をしたアレクサンドロス大王はダレイオス3世を負かした。BC330年にダレイオス3世が謀反により倒された。こうしてペルシア帝国は滅亡した。アレクサンドロス大王は遠征を進めたがBC323年にバビロンで病死した。

⑤アレクサンドロス大王の死後に内紛が起こった。アレクサンドロス帝国は複数の有力者たちによって分割された。

そしてエジプトはアレクサンドロスの学友・戦友のプトレマイオスが統治した。

⑥プトレマイオスはアレクサンドロス大王の遺体をアレクサンドリアに埋葬する事で後継者としてふさわしい事を示した。エジプト王プトレマイオス1世として即位した。最後の古代エジプト王朝であるプトレマイオス朝(BC305年~BC30年)が始まった。

⑦プトレマイオス朝はエジプトの伝統的な文化や宗教を守って各地の神殿で建築活動を行った。

多くのギリシア人がエジプトに移住して高い社会的地位を得ることでエジプト社会は大きく変化した。

⑧エジプト語のみならずギリシア語が公用語とされた。貨幣が頻繁に使われるようになった。またセラピス神というエジプトとギリシアの合体神が生まれた。

⑨最盛期はプトレマイオス1世~3世の治世で首都アレクサンドリアは繁栄した。

交易の拠点、王宮、神殿、学術研究を行う、ムセイオン、大きな図書館がつくられてヘレニズム文化の中心地となった。

⑩社会的地位の高いギリシア系住民に対するエジプト人の不満が募った。上エジプトで自立傾向などが見られるようになりシリアが複数回エジプトに侵攻した。プトレマイオス4世はエジプト人を多く徴兵して撃退したためエジプト人の独立傾向は強まった。

⑪上エジプト南部がプトレマイオス朝の支配から脱してデルタ地帯でも反乱が起こった。

■参考文献
『1冊でわかるエジプト史』 山崎世理愛 五十嵐大介 河出書房新社

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