#011.トランペットの構え方
クラシック音楽の奏者や声楽家は演奏しているその立ち姿だけで「あ、この人いい演奏しそう」「上手そう」と感じませんか?
これは決して、クラシック音楽だから姿勢を正していなければならない、と気をつけているわけではありません。
中高生の吹奏楽部時代のこと
中学・高校の吹奏楽部にいたとき(30年ほど前です)、頻繁に先輩や指導者から
「姿勢良くしなさい」
「イスはできるだけ浅く座りなさい」
「肘を上げなさい」
「顎を引きなさい」
「股を大きく開きなさい」
などと言われたものです。皆さんはいかがですか?似たようなことを言われたり、もしくは後輩に言ったり、そうしようと心がけたりしますか?
僕は言われるがまま、訳も分からず姿勢良くしようと頑張っていました。先輩に怒られるから。
特にイスに浅く座ることについては(多分見てすぐわかるから)厳しく指摘されていました。もうそれって空気椅子では?と思わせるほどに浅く座らせられる。それがキツくて、太ももに力が入るし、腰や背骨もピキピキするし、楽器を吹く以前のことに集中力を削がれてしまう。
そこで僕は思いました。
「なぜイスに浅く座らないといけないの?なぜ深く座ることがダメなの?」
と。
「そうでなければならない(理由は知らない)」と指示だけが残ってその根拠や理由を誰も知らない、というものが部活動には蔓延していると思います。それを伝統という名で引き継いでいくのは良くないと僕は思っていますが、今はその話じゃないので割愛します。
で、皆さんにお聞きします。イスに浅く座らなければならない理由は何だと思いますか?
では、考えていきましょう。
そもそも、順番が違う
「イスに浅く座る」という、形から入る発想をスタートにしてしまうと結論にたどり着けません。
では、どう考えるか。
「演奏をする上での良い姿勢は、結果的なもの」
と捉えます。では、管楽器を演奏する上で必ず話題になるキーワード「腹筋」について考えてみましょう。腹筋がお腹周りにある筋肉であることはご存知でしょうが、具体的にはどのようになっているのでしょうか。
このように、様々な場所に様々な形で存在しているのがわかります。しかも3層構造です。決してひとつの塊がバーン!と張り付いているわけではありません。それぞれの筋肉は役割が違っていて、例えば落としたものを拾おうと前かがみになるとき、空を見上げようと背中を反るとき、腰をひねるときなど、行動パターンによって活躍する部分やその加減が変わります。
そして、トランペットを演奏する際に必要な腹筋は「腹横筋」という深層の筋肉(インナーマッスル)をメインに使い、合わせて、お尻をキュッと締めるときに働く「骨盤底筋群」も一緒に使うことで効率良く演奏することが可能になります。これらの筋肉が働くと、お腹(からだの前面)が縦に伸び姿勢の良い状態になります。
イスに深く座ると何が起こるのか
では、深く座ることで何が起こるか、何がいけないのかを考えてみましょう。極端な姿勢を考えるなら、ふんぞりかえった姿勢だと思います。
試しにイスに座ってふんぞりかえってください。マナーの悪い迷惑な人が電車でこう座っていますね。これは一見、ダラリとして楽そうな印象をうけますが、意外にもすぐに疲れてきます。
疲れるということは、体に必要のない負荷をかけている状態です。
ふんぞりかえる姿勢を維持するために腹筋や背筋、胸筋もすでにはたらいているので、安定した呼吸ができません。他にも体の様々な部分に姿勢を保ためだけに負荷がかかっているために、トランペットに必要な部分が働きにくくなっているわけです。
これらの状態を簡潔に説明するために「イスに浅く座る」という言葉で、ふんぞりかえれない→悪い結果になることを防止できることができました。しかし、根拠や理由を説明できなければ、最初に僕が中高生の時にやらされていた極端に浅く座る状態にもなりかねないため、それでは結局意味がありません。
楽器演奏に限らず、スポーツでも作法でも、その結果を求めるために簡略しすぎた呪文のようなキーワード(顎を引きなさいetc.)だけで指導する人がとても多いことを危惧しています。多少面倒であってもなぜそのようなことが必要なのか根拠を明確にし、その結果をイコールで結びつける説明をすることが指導者として大切な責務だと僕は思うのです。
ちなみに、
「肘を上げなさい」はマーチングと混同している結果(見た目重視)で、
「顎を引きなさい」は、顎を前に出すとマウスピースを当てる支点が下唇に変わるから、気管が閉まるからで、
「股を大きく開きなさい」は内股になってる女の子に言ったものが、なぜか管楽器の基本姿勢としてキーワード化した認識変化だと考えています(多分)。確かに足を完全に閉じると、骨盤底筋をコントロールできないので軽く開くほうが良いです。それを「足を肩幅に開く」と表現する人が多い印象です。
実際の構え方
では実際にトランペットを演奏する際の構え方について解説します。ただ、そんな大それたことでもなんでもないので一瞬で終わります。
具体的には楽器を構える際に意識的に使う部分はただひとつ。「肘」のみです。
1.楽器を持ちます(楽器の持ち方は前回記事参照)
2.そのまま肘をゆっくり曲げます
3.するとマウスピースが口元に近づいてくるはずです。あとは上唇が支点になり、的確に貼りつくように微調整します
はい、以上。脇や肘を開けることも閉じることもないし、ただ楽に立っているだけです。
ひとつ注意したいのは、自分の顔(口)が楽器のほうへ向かわないようにすることです。音を出すことに夢中になりすぎている小中学生くらいの子がなりやすいイメージですが、これをしてしまうと腰が曲がったり首が前に傾いて、バランスが悪くなります。あくまでも楽器(マウスピース)を唇へ接近させるように構えてください。
座って演奏する際も考え方はまったく同じですから、座ったほうが吹きやすい、立った方が吹きやすいというのは、何か体の使い方が変わっている可能性が高いので、今一度確認したほうが良いと思います。
筋肉に対する誤解
ところで皆さんは「筋肉」と聞くとどんなイメージを持ちますか?
もしかすると重いものを持ち上げたり、リンゴを握りつぶしたり腕相撲が強かったりと「パワー」の印象が強いかもしれません。しかし、フィギアスケートやバレエダンサーの指先まで気持ちが行き届いたしなやかさ、柔軟さを実現しているのも同じ筋肉のはたらきです。
身近なところでは、ペンを持って字を書くのも、座って映画を見ているのも全部筋肉がそれを実現してくれています。動き(静止している状態のキープも)すべては筋肉によるものです。
トランペットを吹いていて、「脱力」「もっと力を抜いて」と言われたからと言って、楽器も構えられない、立っていられないような軟体動物の状態を求めているわけでは当然なく、「必要以上に筋肉が働いている状態」や「本来必要ではない部分が働いている」とか、もしくは「筋肉はすべてパワーだと思って使っている状態」のことだと思ってください。
力をかけすぎている人の特徴として、「脱力」と言われると今度は極端に脱力して必要な部分のはたらきまでも使わなくなることが多いです。しかしそれでは解決しないどころか、様々なバランスが狂ってしまい、混乱することになります。そうならないよう、脱力の指摘を受けたときにはバランスの良い使い方を研究しましょう。
楽器が重く、支えられない場合 ~からだの小さな子ども対策~
小学校や中学1年くらいの小柄な子にとってトランペットはとても重い楽器です。しかもトランペットはマウスピースからベルまでの距離が長いので、重さに耐えられなくなるとだんだんとベルが下がってきてしまいます。
毎日楽器を吹いていれば、少しずつ構えるための筋力もついてくると思いますが、心配なのはきちんと構えられるまでの間に悪いクセがつかないでいられるか、という点です。中でも心配なのはベルが下がることによって、マウスピースと唇の支点の関係が逆になることです。
トランペットは本来、上唇がマウスピースの支点です。下唇はアパチュアを作り出し、様々な演奏のためのコントロールをする部分です。
重さに耐えきれずベルが下がると支点が上唇から下唇へと変わって支点が逆になり、正しい体の使い方ではなくなってしまうのです。
それに気付けない指導者は、ベルが下がったことに対して「見栄えが悪い」とだけ言い放ち、ベルを上げろ、横一列ベルを揃えろと言ってしまうため、みんな顔が上を向いて顎を出し、空気が通らない姿勢で楽器を吹いてしまうのです。これでは演奏などできません。
対策としては、小学生は無理にトランペットを使わずに、コルネットを使う方法があります。コルネットのほうが長さがないぶんベルが下がりにくいので唇とマウスピースのセッティングトラブルも起きにくいのです。
いかがでしたでしょうか。
楽器を構えるというのも、前回の楽器の持ち方同様、なんでも良いわけにはいきません。この基礎の基礎をしっかりと身につけ、楽しく自由にトランペットが演奏できるようにしましょう!
荻原明(おぎわらあきら)