関西弁「シュッとしてる」は褒め言葉
その時、熱狂の会場内が静かになった。
張り詰めた静寂からこぼれた言葉は「シュッとしてる」だった。
どのスポーツにもあるあるだと思うが、スッと時の流れが遅くなる時がある。
自分の視界や脳内だけで起きている事、例えば「好きな選手のかっこいい瞬間」は恋に落ちたように流れが遅くなるが、それとは違う、全員がスッと動きを止めて惹きつけられる瞬間がある。
バスケの場合、シュートの瞬間。
きっと止められる筈なのに、なぜか釘付けになったように選手も無意識に止まるような、不可解な時間が稀に起きる。
そんな時は観客も声援をピタリと止めている。
それは特段、難しいサーカスショットや、遠くからリリースされたシュートでもない。
逆転のチャンスのショットは緊張のあまり敵味方関係なく息を詰めるが、それとも違うなんとも形容し難い時間の流れを観戦していると体験する。
昨日の大阪エヴェッサVS名古屋ダイヤモンドドルフィンズ(以下ドルフィンズ)の試合の最中もそれは起きた。
名古屋から平日の夜の試合に遠征する人も少なく、大阪で開催されたこの試合はドルフィンズにとってかなりのアウェー戦になったと思う。
私にとって大阪の土地はホームだが、ドルフィンズを応援しているのでかなりアウェーだった。場内は当日券が出るほど観客も少なめで空席も目立ったが、熱狂的なエヴェッサのブースターに私達は囲まれていた。
幕開けからエヴェッサの圧倒的な得点力で試合は進み、それはもう、ゴールを引き倒してやろうか?!と思う程にポンポン3ポイントが決まっていた。
ボールの雨みたい。いやここはロマンチックに言おう。スターレイン(星の雨)💫
まぁそれはなんでもいいが、ドルフィンズは0得点のままで、とんとんと試合が進んでいた。
まだ焦る時間じゃない。
そう言い聞かせるように放った須田選手の3ポイントシュート。ボールが手の中に収まって構えるコンマ数秒。
それは起きた。
会場が静まる。
ボールは放物線を描いてリムに弾かれこぼれていった。
ここぞとリバウンドにエヴェッサの選手が飛びつきターンオーバー。
ドルフィンズは更に痛手、エヴェッサはラッキーで勢いづくはずが、周りがおとなしい。
選手がセンターラインを超えた頃、やっとらちらほらと声が聞こえてきた。
「シュッとしてんなぁ」
「すっさん(一般的な愛称)シュッとしてたなぁ」
「シュッとしすぎやでほんま」
あちこちから何かの空気が抜けたように聞こえる「シュッ」という擬音。
みんな口々に「シュッとしてる」誰かの「シュッと」を聞くと釣られるように「シュッと」と感想を述べる。
みんな、私の推しめっちゃ褒めてくれんやん。
敵でありながらあっぱれ!と言うより、本気の驚きで語彙が「シュッと」になってぽろぽろと溢れていた。
かくゆう私も一緒に「侑太郎さんシュッとしすぎやろ」と膝を叩いて喉の奥で唸った。
会場の半数が、私を含めて彼があまりにもシュッとしていた事にポカンとした瞬間だったのだ。
「驚いた」の中でも「目を奪われた」
そう、「シュッとしてる」は大きな声で言うものではない。ポツリと溢れる、時には唸る、少し敗北感に近い言葉なのだ。
時には「どうせアイツみたいにシュッとしてへんからな!」と僻む言葉でも使われるが、今回は完全に空気を全部持っていかれた時の「シュッとしてる」だった。
もちろん、本人に聞こえていたとしても通じはしないし、感じたことのないテンションで呟かれるので、まさか褒められているとは思わないだろう。
この辺りが勿体無いな、と思う。
試合は大阪エヴェッサの快勝だった。
ドルフィンズもいいシーンが多かったが、気持ちいいくらいに負けた。
あえて敗因を探すなら相手が本当にいい試合ができた事。スポーツは流動するものなので、空気にも流される。
負けてしまって会場を去るドルフィンズに、エヴェッサのブースターが大きな声でドルフィンズコールをしてくれた。敗者を讃える心はいい流れをくれる素晴らしい気遣いだと思う。
お陰で気持ちよく会場を後にして、人混みの中を駅に向かう。
道中、口々に今日の快勝を祝ったり、最高のプレイを語るエヴェッサのブースターさんに囲まれ、負けじとドルフィンズの話をしていたら、突然こんな声をかけてくれた。
「今日の試合、俺らエヴェッサの圧倒的な勝ちやった。でもな、見た目は負けとった」
「うん、ドルフィンズめっちゃシュッとしてたなぁ。あかんな、もっちゃりしすぎや俺ら」
「試合に勝ったけど、あれはとんとんやで(おあいこ、ドローと言う意味)負けても皆んなごっつシュッとしてた!」
エヴェッサは皆んなカッコいい。ドルフィンズ皆んなシュッとしてる。
おおきに、ありがとう。
「ま!負けたけどな!」