強いブランドになるには◯◯に投資せよ! マーケターが今“やるべきこと”【第13回 池田紀行のマーケ飯】
「マーケ飯」第13回のゲストは、インサイトフォース株式会社 代表取締役社長の山口義宏さん(@blogucci)。
今回のテーマは「商品力だけではブランド力に差がつきにくいいま、マーケターは何をすべきか」と「マーケターとしてのキャリアの定め方」。これまで数々のブランドをコンサルティングしてきた山口さんとともに、現代におけるブランドマーケティングに必要なことは何か? ブランドの価値を高めるためにもっとも大切にすべき考え方とは? など、ブランド担当者の方もマーケターも身につけるべき重要な視点を探る議論をお送りします。また、マーケターとしてこれまで歩んできた両者が語るキャリア論も必見です。
1分で読める記事のまとめ
・商品を短期的に変えられないときは、顧客が感じている価値を言語化して市場浸透を支援
・徹底的に顧客を理解する
・マーケット側のセグメンテーションを定量的に行い、自社商品が活きるマーケットを探る
・「勝ち筋の仮説」の合意形成を社内でもつ
・「コアファンからの“レピュテーション”を上げること」と「マス化を図ること」は同時に並行する
・何事においても要件をおさえる癖をつける
・他社のトレースよりも、自分が関わる事業で実践を積み重ねる
顧客を理解し、コアファンをうならせるブランディングを
池田:今日はよろしくお願いします! ブランドコンサルティングに特化したインサイトフォースを束ねる山口さんと、本気でブランド論について語り合いたいと思っていました。
さっそく切り込んだ質問をしたいのですが、現代において各ブランドを見たときに、例えばどのシャンプーを買っても大きなハズレはないように、いまやどの商品も「最高」と言え、飽和している状態になっています。そこに対してマーケターから「打つ手はもうないのか……」「これ以上、他社との差をつくることはできないのではないか」といった一種の諦めのような雰囲気を感じることもあって。そんな状況のなかで、マーケティングがここからどんな役割を果たせるのでしょうか?
山口:現代の消費者はとても賢くリテラシーが高いですから、小手先の手法では通用しないですよね。真実味に欠けたストーリーは簡単に見破られてしまうし、それと同時に消費者は一気に冷めてしまう。なので、その“商品の品質が良い”というファクトの追求だけでなく、“良さを他の人に言語化して伝えやすくする”ことの重要性を感じています。
池田:商品の良さという“ファクト”を改めて追求するだけではないということでしょうか?
山口:はい。短期と長期の対応は分けないといけないですが ……すぐに商品自体は変えられないことが多いですよね? 短期対応で言えば、一定の顧客がいるブランドであるなら、買われているうえでの何かしらの価値が必ずあるはずです。そのため、既存ユーザーが商品から感じている価値を言語化し、ユーザー自身が他人に推奨しやすくする手助けが非常に重要だと思います。
価値を言語化して認識できると、既存ユーザーの記憶にも残りやすいですし、商品への関与が高い商材だと他人へのブランド推奨の発生率も上がり、新規ユーザー獲得にも好影響があります。基本的に、人は何かの商品に対してポジティブな期待や価値の記憶が頭の中に残っていれば、実際に販路で商材に触れたときのコンバージョン率が高まります。
ただ、注意したほうがいいのは、市場シェアが拡大局面なら既存ユーザーの評価に耳を傾けるべきですが、市場シェア縮小局面ではむしろ比較検討したのに自社を買わなかった人の評価に耳を傾けるべきということです。シェア縮小時に既存顧客の声だけに耳を傾けるとさらにニッチ化してしまうので。
長期の時間軸の対応で言えば、商品・サービスの品質や体験の価値を引き上げることに投資するという話で、組織の人や技術という実態的な資産のファクトに投資することだと思います。教科書的なつまらない話ですが、長期と短期で冷静に時間軸を分け、短期は価値が伝わる速度を早める工夫、長期は実態的な資産という価値を生み出すものを高めるための投資、この両方の対応策を推進するしかないと思います。
池田:なるほど。ハズレの商品がないなかで、商品の選ばれ方は最高以上に「超最高」と思われるか、価格での判断になってしまうか、のどちらかになるように感じているのですが、山口さんはどう思いますか?
山口:池田さんのおっしゃる面はあり、同じカテゴリー内でも高価格帯と低価格帯は伸びて、中価格帯は沈んでいる業界はたくさんあります。日本はとくにスーパーなどの小売りの寡占率は高く、小売りのメーカーに対する交渉力は強い国ですから、ナショナル・ブランド(NB)に負けない優れた商品[プライベート・ブランド(PB)]も小売り自身が安価に提供していますしね。
池田:そうなんですよ。マーケターはこれからどうすればよいのでしょう?
山口:今後も小売り店の棚のシェアでPBの比率が高まっていくことは避けられないと思っています。メーカー側の立場だと、限られた・残されたNBの棚を確保するために頑張ってNBブランドを育成しようという動きと同時に、拡大するPB棚のなかでもシェアをとっていく両方の動きが並行しています。以前よりもPBを敵視せずに、NBで枯れた技術の転用ではない新しい技術や仕様のPB企画をあえて小売り側に提案するメーカーも増えている印象です。
PBの利点は、販売量が確保される見込みがある程度たつので、新しい技術を市場投入する際に、NBよりは収益を確保しやすい利点もあります。もちろんPBの品質が上がるほど、NBが不利になる面もありますが、指をくわえてNB棚が縮小する煽りを喰うよりもよいという考えもあるので。このあたりはメーカーで考えが分かれますが、PBを目の敵にするだけでなく、うまく使う発想の会社は増えたように感じます。それでもPBは力関係として小売り側が主導権を持ってしまうので、それを嫌う会社は、自ら販路をつくり消費者と直接つながる方向性を模索していますね。
池田:ブランド力のような“後光”を活かしていく方向は、現代において厳しいのでしょうか?
山口:昨今顕著に感じるのは、ブランドで自己表現したいと思う消費者がどんどん減ってきている、ということです。とくに若年層は如実にその傾向が見られますね。iPhoneは、私のようなアラフォー以上の世代の場合「スティーブ・ジョブズが生み出した」といった背景・ストーリーに後光を感じる人もいますが、若い人では「就職活動をやるにあたって一番便利だったからiPhoneにしました」とか「一番メジャーで周りもiPhoneだから」という利便性軸で結果的にiPhoneにしたという人が多い。AppleやiPhoneに限らず、ブランドに自分を投影し、自己表現をしている感覚を持たない人は増えている実感がありますね。
そもそも、インタビュー調査で若い人に「好きなブランドはなんですか?」と聞くと、きょとんと「え? どういう意味ですか?」みたいな反応が返ってくることもあるんですよ。「(感情的に思い入れがある)好きなブランド」という概念自体が、僕や池田さんより下の世代ではマイナーな話になりつつあると思います。もちろん高関与なマニア市場・ファッション・車・腕時計みたいな業界では、ブランドで自己表現する世界は残りますが……。
池田:たしかに、若年層が「このブランドじゃないと嫌だ」とこだわっているイメージは最近めっきり減ったように思います……。
僕は最近冷蔵庫を買ったのですが、そのときに大手メーカーと安価なブランドで迷ったんです。大手メーカーの冷蔵庫は約3万円だったのに対し、安価のブランドは約2万円で販売していて。そこでクチコミを見てみたのですが、大手メーカーのクチコミは10件くらいしかなく、対する安価なブランドのクチコミは大手メーカーの30倍もあったんです。
しかし、内容をしっかり確認すると、大手メーカーのクチコミは製品の品質や安心感をすごくほめているものばかりで。やっぱり僕にとっては昔から知名度も商品力もあるブランドだったから、それで結局大手メーカーの方を購入したのですが、きっと最近の若者たちは「いや、品質やクチコミの評価がそう変わらないなら安価のブランドの冷蔵庫を買いますよ」と言うんでしょうね……。
山口:あはは、僕も1万円差なら大手を買っちゃう古いタイプですね(笑)。商品の品質は基本的に底上げされていくので、池田さんがもう一方の選択肢にしていた安価なブランドは売上も品質も引き続き上がっていくでしょうし、「安いけど本当に品質は大丈夫?」と感じる人も減ると思います。よく知らない無名の企業の商品を買うことに抵抗をなくした最大の変化は、まさに池田さんが見られたクチコミの存在ですね。
実際、シャンプー市場の顧客にインタビュー調査をすると、自分が使っているシャンプーのメーカーを知らない人もたくさんいます。「クチコミサイトでNo.1だったから大丈夫」という感覚で、ブランドが担っていた“信頼性の担保”と“ブランド選びで自己表現”という機能が失われるカテゴリーは増えていくと思います。
池田:おっしゃる通りですね。若年層の話に少し触れたいのですが、大手メーカーを見ると若年層対策に力を入れたい・入れなくてはならない、と頭では分かっているんですよね。しかし、Z世代の購買力はまだまだ小さい。その割にZ世代攻略のために試行錯誤する時間やマーケティング予算はかなりかかってしまう。つまり、今期の売上を効率的に最大化するなら、若年層ではなく団塊ジュニア以上の世代を狙った方が、ブランドの価値も浸透しているし、マーケティングの見返りが大きい、という結論に行きつくんですよね。非常に良くない状況であると感じています。
山口:そのジレンマはかなりありますね。ただ、新しい顧客層の獲得は一朝一夕ではいかないので、大手企業は若者市場の対応に投資をしていかないと将来は厳しくなってしまいます。そこを分かっている既存の大手企業は、苦労して失敗しながらも頑張って投資しています。
僕が一番良くない組織の末期症状と思うのは、ブランドを経営する側が「若いお客さんが私たちのブランドを選んでくれないのは、お客さん側が商品の良し悪しを分かってない」と言い出して顧客の選択を否定してしまうこと。顧客の選択を受け入れずに顧客理解を放棄した会社は必ず衰退していきます。
池田:仮に山口さん自身が大手メーカーのコミュニケーション担当だった場合、どんな手を打っていきますか?
山口:商品がいじれないという前提であれば、僕だったら商品が打ち出せる価値~便益の仮説的な訴求コンセプトの可能性をすべて洗い出したうえで、顧客調査でターゲットとコンセプトの優劣を検証し、ポテンシャルが高い顧客属性とコンセプトに投資をしますね。予算や市場シェアが小さければ、定性インタビュー調査の検証だけでやりますし、予算や市場シェアが大きければ、定性調査だけで決めるリスクや社内合意形成のコストも考えて、定量調査も実施して検証します。UX(顧客体験)みたいな概念が出てくると「STP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)は古い」という言説も見かけますが、基本は「STPを突き詰めること」をしっかりやりますね。
ちなみに、うちの会社はブランドコンサルという名目で仕事をしていますが、STPで定義したブランドの一貫性に囚われすぎず、新たに発見した市場機会を優先する考えなので、よほどブランド資産を毀損するようなマイナスがない限りは、新しいターゲットと価値の勝ち筋を常に探索し続けるアプローチを好みます。
マニアを獲得したい高級嗜好品市場は、ブランドの一貫性を厳格に守る精度は高めるべきとは思いますが、ブランドの教科書が主張する一貫性を厳格に守って事業が衰退しては本末転倒です。ブランドのために事業があるのではなく、事業を伸ばすためのブランドだと考えているので。
……って、すみません、僕だけの必殺技を伝えられればいいのですが、そういうのはないですね(苦笑)。残念ながら、地道な基本の徹底以外の勝ち筋を僕は知りません。ただ、Z世代を狙うとなった場合、メディア接触は大きく違うので、そこは丁寧に接点となる媒体の見直しをかけるのかな、と。
池田:自分たち自身がSTPを突き詰めていない状態で広告代理店にコミュニケーションプランの策定を依頼したとしても、オリエンテーションの質も下がるし、いい提案も来ないですもんね。
山口:そうなんですよね。仮にコミュニケーション施策のパフォーマンスが悪かった、となったときに、STPで“誰にどんな価値を訴求すればよかったのかという狙い”が悪かったのか、はたまた“施策の出来”が悪かったのか、を分解して整理をすることが大切だと考えています。
池田:「このターゲットは違う」といきなり決めつけない、ということですね。
山口:その通りです! 筋がよかったはずのSTP分析による仮説だったのに、施策の出来が悪かったりクリエイティブが良くなかったりすることで結果が出ないこともあるじゃないですか。もちろん逆もあって、STPの悪さをクリエイティブが救うこともありますが。
本当は勝ち筋の戦略なのに、クリエイティブの質が悪かったり、施策への投資の量が足りなかったりしたために、そのままダメの烙印を押されて、戦略そのものが葬り去られることがよくある。これを毎シーズン繰り返すブランドは、社内外どちらから見ても迷走状態です。
だから、「これが私たちのブランドの勝ち筋だ」という合意形成を社内で丁寧に得て確信を持つ必要があるんです。このクリエイティブや表現がだめだった=ターゲットや訴求する価値概念自体がだめだった、と拙速に判断してしまってはいけない。こっちのクリエイティブは違ったから、別の表現に変えていこう、と模索していくべきなんですよね。
池田:間違いないですね。とはいえ、STPを突き詰めるとその後マス化していくことは難しくなりませんか? 利益率が横ばいもしくは下がってしまう懸念があるように思うのですが……。
山口:一概にそうともいえないと思っています。マス化しても価格帯を下げずに利益率を保っている企業として、スターバックス コーヒー(以下、スターバックス)が挙げられます。
池田:スターバックスは、なぜマス化しても利益をさらに上げられているのでしょう?
山口:ブランド力と価格帯の維持の面に話を絞って考察すると、マス化で店舗網や顧客層を広げるだけでなく、付加価値を高める方面の投資も並列に展開しているためだと思います。
日本のスターバックスの場合、数年前に中目黒に焙煎工場を併設したプレミアムな店舗をオープンしていて、コーヒーマニアもうなるようなすごい設備とクオリティーで、すばらしいコーヒーを販売しているそうです。マス化=ブランド力の劣化という話は出ますが、顧客層の拡大と同時に、影響力の高いコアファン層に向けた施策も同時に投資することでブランド力の劣化を防ぐ、あるいは最小化できた例はあります。
ファッション性要素の高いブランドがブランド力を失うときは、影響力の高いコア層からの支持低下がマス市場に広がることが多いので、コア層の支持強化は注力すべきです。
池田:これだけマス化をしている状態で、コアファンやコーヒーマニアからの支持もしっかり集めるなんてさすがですね!
山口:ただ、ひとつ強調させていただきたいのは、スターバックスはブランド力を維持しながらマス化した良い事例ですが、ドトールもタリーズもコロナ禍になるまでは売上成長を続けているんですよ。つまり、スターバックスは一番ブランドを気にして投資し、ブランド力を維持しながら経営して成果を出していると思いますが、別にブランド力が事業成長のボーリングの1番ピンとは限らない業種やブランドはたくさんあるということです。
他の会社は、スターバックスほどのブランド力はないかもしれませんが、それぞれの顧客層に、スターバックスとは異なる価値を提供し、異なる出店戦略で、少なくともコロナ禍まではちゃんと売上成長しているという事実も重要です。
人は自分の専門領域がアイデンティティーと結びつき、その専門領域の影響力を過大評価しがちですが、実際のビジネスはもっと複雑だという認識をすることは重要だと思います。自分が信じているビジネスの専門性やアプローチを無視しているのに成功している企業なんて山ほどあるという事実を受け入れ、アンラーニングすることこそ成長の源泉だと思います。
他社や他人のトレースよりも、自分が関わる事業で実践を。
池田:目から鱗が落ちるような山口さんのブランドマーケティングメソッドが続々とうかがえていますが、その山口メソッド的なものはどう生み出されているのか気になります。
山口:僕、観察から法則性を見出すことが好きなんですよ。抽象化フェチと言えるかもしれませんね(笑)。例えば、先ほどの「ブランドのマス化」の話を考えるとするならば、「マス化してブランド力や収益性を失ったブランド」と「マス化してもブランド力や収益性を失っていないブランド」の双方を見比べて観察します。それぞれのブランドの取り組みを知り、IRを読み込み、各社のなかから「マス化しているけれど利益が失われてないのはこれが理由かな」と仮説的にあたりをつけ、そこから仮説の反証事例がないか? を探す……というような深堀りをすることが癖になっています。
あとは、「この施策で成功している企業の共通性や、逆に失敗している企業の共通性から、この施策が機能する要件はこれかな?」というように、何を見るにしても要件を見抜くのが習慣化しています。要件化することはマーケターに限らずビジネスパーソンの仕事の再現性や判断力を高めるうえで大切な思考です。今日も池田さんのご自宅を拝見しながら、「こんな工夫をしているから絵になる家が作り上げられているんだな」と要件を探していたところです!
池田:わが家を探検しながらそんなことを考えられていたとは(笑)。たしかに山口さんは要件を見抜くのが得意な印象があります。
山口:僕は事業やマーケティングでホームランを必ず打てるスキルというのは怪しいと思っていまして、三振しないで塁に出て、確実に前に進めるスキルこそ再現性があると思っています。もちろんホームランを打ちたいんですが、そこは運も絡んできますし、うちの会社のクライアントでもIRで業績上方修正リリースを出せるほどの成果はそうそう簡単にはでません。
でも、自社のコンサルや自分が投資・アドバイザーで関わった事業で、何かしら数字の結果で勝った・負けたの区切りがついたら、「勝てた理由」や「負けた理由」を棚卸しして、次の仕事の勝率を高める蓄積行為が好きなんですよね。
池田:マーケターのキャリアにも通じる話ですが、「好きだからやっている」って重要な考え方ですよね。山口さんは要件を探すのが好きだからそれをやっている。好きだからこそ、自然と極まっていくんですよね。
山口さんを見て「どうやったら山口さんみたいになれますか?」と感じる駆け出しのマーケターがこれからもたくさん出てくると思うのですが、そう聞かれたときどう答えますか? これまでどう答えていたのかすごく気になります。
山口:そんな直接的な質問をされることはめったにないですよ(笑)。回答するならば、「僕が成長したパターンは、僕の気質と特性に合った方法論に過ぎないので、まずは自分が成長しやすい・成果を出しやすい状況を知って特定する」ということですよね。でも、若いうちは自分が何者かなんて分からないので、好き嫌いせずにいろいろなことを試さないと分からないし、とにかく食わず嫌いせず実践を重ねてほしいということですかね。あれやこれやと挑戦して、成功も失敗も味わって、そこから自分が機能し、成長する要件を見つけ、学んでいく。
僕も、たくさん失敗して、失敗したなかで、自分の改善で対処できることは対応し、自分では改善しようがないとかモチベーションがないことは避けるべき要件リストに入れて対処してきているわけです。人付き合いも一緒ですよね。さまざまな人と付き合っていくなかで、合う人・合わない人が分かってくるものじゃないですか。仕事の人付き合いは避けられないシーンもありますが、衝突ポイントが分かっていれば対応の工夫はできるようになります。
池田:何事も経験あるのみ、ですね。体感することがマーケターにとって何より一番糧になる。
山口:あとは、自分と嗜好性が違う人に対し、どこまで想像力を働かせられるか。僕は、20代の頃働いていた会社が日本人の価値観の定量調査をしていたので、日本人の価値観がどれくらい多様で、どれだけ自分と価値観が違う人が多いかを定量的に理解しました。その経験は大きかったですね。自分が正しいと思うことや、自分の消費者感覚がいかにニッチかを知るということです。
もちろん何かの施策に対して、自分が心底「いい!」と思うことも大事ですが、一方で自分が関わるブランドの顧客層は、自分と同じ嗜好性とは限らない。むしろ違うことが多い(笑)。
自分がオーナーの事業会社で、自分が信じるものを市場に問うなら、自分の感性全開でいいですが、特に外部の支援会社で多様なブランドに関わる人は、自分の感性を過信しないために人の価値観やライフスタイルの幅の広さを理解するのは重要です。
「違い」って相対化することで初めて生まれる概念なんです。世界一周した経験がある人がいいマーケターになっている例は、私の身近では多いんですが、世界一周すると出会いの振れ幅が大きいせいか、多様な価値観を相対化して人の理解が進み、マーケターとして独善的にならないのでは? という仮説があります。仕事でも消費でもさまざまな体験をし、その違いに気づき、その違いがビジネスにもたらす意味を考える習慣をつけるのが、個人的には重要と思ってアドバイスすることが多いです。僕は世界一周をしたことがないですが、プロマーケターは人の多様性を理解するのが必須だと思います。
池田:トライバルはやっぱり「一流のマーケターになりたい」と志す人が多いんです。トライバルに限らず、マーケターを目指す人は世の中にたくさんいますが、山口さんのように「すごいマーケターになりたい」「一目置かれる存在になりたい」と思ったときに、何を意識して仕事をしたらいいですか?
山口:上長ではなく「上長の上長」を意識して仕事をする、ということをまずは挙げたいですね。支援会社だったら、クライアントとして関わっている担当の方の上長を「クライアントのクライアント」ととらえるイメージです。「上長の上長」にレポートを提出したり、成果を報告したりすることを見越して仕事をすると成長速度が一段と上がるはずです。
池田:「クライアントのクライアント」という考え方、とてもいいですね!
山口:また、僕自身のキャリアや会社の話でいくと、本を執筆したことで、別に能力は昔とそこまで大きく変わらないんですが、誤解も含めて「能力がありそうな人・会社だと見られること」が増えて、案件の引き合いが増えた実感はありますね。自分がブランドコンサルをしつつ、「あぁ、これがブランド力が増した効果か」みたいな感覚はあります。
でも、それらの経験もクライアントへのコンサルティングにおいて、確信をもって戦略提言ができる背景の一部にもなっている面はあります。池田さんも前段で“体感が糧になる”と話されていましたが、やはり頭の理解だけではなく体感との掛け算が重要ということを改めてメッセージとして送りたいです。
「自分で商売をする」というと、起業する話に感じてしまいがちですが、そこまで大きな話でなくても、すごく小さい粒なら「メルカリでモノを売る」といった規模からでもやらないよりはいいんです。「これは値がつく・つかない」だとか「どういう人を想定しどう訴求すれば選ばれるか」がだんだんと分かるようになりますから。そこから見えてきた結果をもとにPDCAを回す、など自分で緊張感をもって商売をしてみるのがおすすめです。
池田:マーケターとしてのキャリアを重ねることを考えたときに、転職を考える人もやはり多いですよね。とはいえ、別の企業に行くことで、マーケティング部門や宣伝部門は事業部から予算をもらっていたり、領域が決められていたりするケースが少なくなく、結果的に思ったキャリアを歩めない場合もある話をよく耳にするんです。
山口:転職も一つの手だと思いますが、いまの会社でできることもたくさんあるはずですよね。例えば、商品企画や商品開発など、商品に関わる他部署に話を聴きに行って情報交換をする。頼まれていなくとも会社のマーケティングをより良くするため、部門を超えて調整する、STPの合意形成をするために自ら動いていいわけですし。メーカーの場合、小売りのバイヤーと接している営業の方の話を聞くと、すごくいい情報と気づきを持っていらっしゃるんですよ。社内にはたくさんの情報と成功のヒントが転がっています。
よっぽど心が狭い上司じゃない限り、部門をまたいだ情報取得や根回しは怒られないはずです。自分の業務範囲じゃないからできない、という枠を超える勇気をもって行動してほしいです。自分が望む仕事を得られないと嘆くマーケターには、頼まれた仕事をやったうえで、頼まれていないことまで自分で勝手にやって提案をするというのをおすすめしています。領域を超えていても、前向きな提案を拒む人に会ったことはありません。それで認めてもらえれば、次から範囲が広がった依頼で仕事が来るようになります。
池田:目の前の仕事をよくするために健全な領域侵犯をしよう、ということですね。自分のなかで常に「自分には何ができるか」というテーマをもつことが大切ですね。
僕自身、マーケターとしても経営者としても、いいマーケターが一人でも多く増えてほしいと強く思っていますし、そのために広い視野と高い視座を身につけてほしいと常々考えているのですがどうしたらいいのでしょうか?
山口:野武士的な目線で言うと、自分で数字に責任を持つ役割を背負えば、ある程度誰でも真剣にやるし成長せざるを得ないので、自分で商売をやるなり、ベンチャー起業に進むという経験はありだと思います。もちろん、大手企業だからできることや大手ならではの教育も存在しますし、大手企業でもシビアな新規事業や新しい市場の国の開拓はベンチャー並に鍛えられます。
ただ、上位の役割を担うまでの時間が待てないという人には、ベンチャーのほうが機会が多いと思います。大手企業に比べれば、早い段階でマネージャーや部長のような役職を担いやすいですし、少ない人数で部門の壁を超えて幅広い業務を担わざるを得ないのもベンチャーならではの良さでしょう。一方で、ある程度プロとして身近な人から指名で仕事を依頼されるレベルになったならば、副業してみることもありですよね。
池田:なるほど。とはいえサラリーマンだと悩みどころですよね。副業NGの企業に務めている方も少なくないでしょうし……。
山口:そこが副業の難しい点ではありますが、自分の能力に値付けをするテストマーケティングとしては副業っていいと思うんです。例えば、副業とはちょっと違いますが、高額な住宅ローンを組むときって初めは緊張したし怖い気持ちもあったはずですが、一回組んだらなんてことはなかったり、数千万円の借金に慣れたりするじゃないですか(笑)。自分に値段をつけて責任をもって仕事をするという行為も一つの経験で、やってみれば分かることがたくさんあるはずです。
つまりは、まずは小さいことからでも自分なりにリスクテイクし、意思決定して生きる感覚を得てほしいということです。誰かのマネをしたり、形式知のインプットをしたりすることも大事なのですが、それだけでは限界がきます。他社や他人のトレースや形式知だけに頼ったインプットは、そこで終えずに、実際に自分の関わる事業のマーケティングや自分を商品に見立てて市場に展開する実践を通じて、しっかり血肉化していくという精神をもってほしいですね。自転車みたいなもので、やり始めれば、そのうち漕げるようになると思うので。
池田:チャレンジすることがよりよいマーケターになるための近道になる、ということですね!
・・・
★いますぐできることをチェック!
・自社商品の価値は何か? 短期と長期の両軸で対策ができているか?
・自社が戦えるマーケットはどこか認識しているか?
・どんな顧客が商品を支持してくれているか言語化できているか?
・自分と嗜好性が違う人に対し、想像力を働かせられるために多くの経験を積もうとしているか?
・「上長の上長」を意識した仕事ができているか?
・自分の業務範囲におさまってしまっていないか?
・自分なりの実感を得るために行動できているか?
「商品力だけではブランド力に差がつきにくいいま、マーケターは何をすべきか」と「マーケターとしてのキャリアの定め方」をテーマに展開された今回の議論。「商品の価値を高める方法論とは?」「顧客のことを本当の意味で理解できているか?」など、マーケティングにおいて常に“追求すること”を大切にしている山口さんの熱量を間近で感じた回になりました。キャリアももちろんですが、何事も「実践あるのみ」。まずはできることからチャレンジしていきましょう!
「マーケ飯」では、今後もさまざまなフィールドの第一線で活躍されている方と池田のトークを発信していきますので、どうぞご期待ください!
過去の「マーケ飯」記事は、以下のマガジンよりご覧いただけます。
今回の収録は、池田宅の庭にてバーベキューをしながら対談を行いました。ランプやサーロインといった豪華なお肉を頬張りながら、会話に華を咲かせた今回のマーケ飯。天気にも恵まれ、開放的な空間でいつも以上に熱く議論した貴重な回となりました。
※新型ウイルス感染症防止対策に配慮のうえ収録を行い、撮影時のみマスクを外しています。