10年後に生き残るブランドとマーケターの条件とは【第1回 池田紀行のマーケ飯】
代表の池田(@ikedanoriyuki)が、さまざまなフィールドの第一線で活躍されている方とご飯を食べながらカジュアルに議論する企画「マーケ飯」が今回から新しくはじまりました!
記念すべき第1回のゲストは、マーケターの井上大輔さん(@pianonoki)。
テーマは「10年後に生き残るブランドとマーケターの条件とは」です。
ブランドがどんな状態になっていれば生き残れるのか、またマーケターはキャリアをこれからどう考えるべきか、2人で存分に語っていただきました。
マーケター 井上 大輔 氏
航空会社、消費財大手、自動車会社、インターネット会社、通信会社などを渡り歩く。著書に『デジタルマーケティングの実務ガイド(2018年)』『たとえる力で人生は変わる(2019年)』。連載に「マーケティング神話の崩壊」(週刊東洋経済:2019年)。NewsPicksアカデミア プロフェッサー。
トライバルメディアハウス 代表取締役社長 池田 紀行
1973年 横浜出身。ビジネスコンサルティングファーム、マーケティングコンサルタント、クチコミマーケティング研究所所長、バイラルマーケティング専業会社代表を経て現職。大手クライアントのソーシャルメディアマーケティングや熱狂ブランド戦略を支援する。日本マーケティング協会マーケティングマスターコース、宣伝会議講師。 『キズナのマーケティング』『ソーシャルインフルエンス』『次世代共創マーケティング』など、著書・共著書多数。
認知だけでブランドは生き残れない
池田:最初から結論を聞いてしまうんですが、井上さんは10年後に生き残るブランドというのは、どんなブランドだと考えてますか?
井上:まずは「生き残っている」の定義を、そのブランドを「多くの人が知っている状態にあること」、そして「複数のキーワードから連想され、それがブランドの強みとつながっていること」とさせていただきましょうか。
というのも、例えば健康ドリンクの「リゲイン」は、商品としては存続していますが、ブランドとして生き残っているとするかどうかは議論の余地がありますよね。「生き残る」をそう定義したとき、コアとなる強みを保ちつつも、うまく「変わり続ける」ことが大事なのではないかと思います。
時代とともに生活者の意識や価値というのは変化し続けています。そのような変化の中でも、生活者にとって意味のあるものや必要としている価値と、ブランドがリンクしている状態がキープされ続けていることが重要なのではないでしょうか。例えば、一人で夕食を食べる人が増えたら、一人で夕食→夜マック、といった具合に追加でリンクを貼っていく。
コカ・コーラとかもまさにそうですよね。元々は薬でしたけど、いまではパーティーの文脈で消費されているように、気分が爽快になる、というコアを保ちつつもみんなが求めている(であろう)ものに合わせて柔軟に形を変え、新しい価値や利用場面にリンクを貼り続けているイメージです。
池田:なるほど。アメリカのデイヴィッド・アーカー氏(※1)が提唱している、ブランドアウェアネスがブランドビジビリティ(ブランドの可視性)に変化しているように、ただ認知のみを獲得し続けるのではなく、パーセプション(生活者からの認識や知覚)を織り込みながら想起を取り続けることの重要性は高まっていますよね。
スターバックスを“認知”しているかどうかではなく、「スターバックスといえば気持ちが良い空間で豊かな時間を過ごせるカフェである」ということを“認識”してもらえて初めて意味がある。
※1 カリフォルニア大学バークレー校ハーススクールオブビジネス名誉教授。ブランドエクイティの定義を通して、ブランディングの父として広く知られている(カリフォルニア大学バークレー校ハーススクールオブビジネスのプロフィールより引用)
よくクライアントからブランドマーケティングの効果測定に関する相談をいただくんですが、今期(売上として)返ってくるものと、中長期的に返ってくるものを分けるように説明しています。
後者は、過去の施策の積み重ねによってどんどん資産のように蓄積されていくものですが、最近はデジタル上の効果測定によってコンバージョンやサイト集客の数値が可視化できるから、マーケティング活動の全てが測定できるような錯覚に陥るじゃないですか。
でも、コンバージョンはブランドを認知・認識してもらってからのアクションだから、実際はマーケティングコミュニケーションでいうところの「収穫」の部分を測っているだけ。(未来の売上のための)種まきと言える「想起」を作り上げる投資の部分も同じように大事なはずなのに、数値で測れる部分の効率化のみに目を向けがちなのはちょっと違うかなと。
ましてや、数値が分かるからといってデジタル施策ばかりに注力していると、マーケティング活動の積み重ねで形成されるはずのビジビリティなりセイリエンス(※2)なりがおろそかになって、「想起」が獲得できなくなってしまう。これは良くない状態だと思うんですよね。
※2 セイリエンス(ブランド・セイリエンス):ブランドの「突出性」や「顕現性(けいげんせい)」と訳され、「購買シーンにおいて想起されやすい」ことを意味する。
ブランドは意図的に作れる?
井上:そもそも、ブランドはどこまで意図的に作れるんですかね? これはアメリカのデータですけど、FMCG(Fast Moving Consumer Goods/日用消費財)の90%以上は、1~2年以内に廃番になってるんですよ。
残りの10%のなかでも大ヒットするのは全体の3~5%しかない中で、ブランドを作る=「存続する」「ヒット」を作るとすると、100%の再現性を持って意図的にブランドを作るというのはそもそも難しいんじゃないでしょうかね。
例えば池田さんが逗子市長選挙に出るとして、名前を連呼すればするほど知名度は上がるから当選確率も高まりますよね。それと同じで、広告を打てば打つほどブランドの知名度も上がると思います。このように費用を投下して「名前を覚えてもらう」までの方法論には再現性があるかもしれません。
ただ、そこから実際に当選するかどうかは、与野党相乗りの圧倒的な候補がいたり、たまたまその年はやたらと立候補者が多かったりと、いろいろな要素が絡んできます。そこは運の要素、時流に乗れるかどうかというのも多分にあります。ヒットの打率を上げることはできると思いますが、ヒットを確実に「作る」ことができるかは議論が必要かなと。
池田:なるほど。
井上:ヒットは、ブランドが提供する価値が(生活者から)支持された結果だと思うのですが、価値そのものも100%制御できるものではないと思います。
私は価値をこの四象限で整理しています。
「機能的」と「情緒的」は、山口周さんの言葉を拝借すると、「役に立つ」と「意味がある」の違いです。
「役に立つ」で「顕在的」なのが実利価値です。車でいうと、キャンプ用品満載にして5人乗っても高速の合流でへたらない、とか。「役に立つ」で「潜在的」なのは保証価値と呼んでいて、いまは関係ないけど万が一壊れたらすぐ直してくれる、あるいは壊れにくい、というような価値。
「意味がある」で「顕在的」とは、他人との関係の中で現れる価値、ということです。これを評判価値としています。そして、「意味がある」で「潜在的」とは、自分の中に発生する価値。共感価値と呼んでいます。
例えば、池田さんにとっての愛車のカングー(ルノー)の価値は、人からどう見られるのか? という評判の部分と、その車の世界観が好きという共感の要素が大きいのではないでしょうか。
このとき、カングーの作り手のフランスにいるデザイナーもしくはブランドマネージャーが、日本の鎌倉に住む池田さんのなかに発生する、この価値をどこまで計算して作ったかは疑問です。これはある程度「自然発生」しているものだと思います。
池田:ブランドに対するパーセプションって100人いたら100通りですよね。マーケターはそのパーセプションを意図したものに変えるために、あの手この手を使って工夫するわけじゃないですか。ちゃんと伝わることもあれば、もちろん伝わらないこともあるので、皆さん日々試行錯誤しています。
でも、「ブランドは再現不可能」「自然発生するもの」となると、自分たちはどうすれば……⁉ って世のマーケターは絶望しませんか?(笑)
マーケティングを突き詰めてきた井上さんが、(ブランドのパーセプションは)自然発生的なものであるとおっしゃる背景は……?
井上:最初に議論した、いろいろな利用場面にリンクを貼っていくことは能動的にできると思います。
また機能的なものであれ情緒的なものであれ、価値を定義して、作って、伝えることはできると思います。ただ、それらが消費者に受け入れられて、さらには消費者の中でブランドになっていく過程はマーケターが100%制御できるものではなく、少なくとも顧客との対話を通じてダイナミックに行われるものだと考えます。
だから、ブランドに対するパーセプションは、商品づくりを含めたマーケティングで「作る」というよりは、生活者に「作ってもらう」、マーケターはそのための土台を作るというほうが正しいのではないでしょうか。
池田:そう言われると、車やバイクだと街の中でどういった人が乗っているかでブランドイメージが出来上がることってありますよね。極端な例ですが、若い人をターゲットとして売り出したのに年配の方ばかり乗っているとか。
ブランドがどんなメッセージを出しても、実際に利用している人のイメージとズレてしまうっていうのはよくある話です。
そういった意味では、商品を開発するときのリサーチや市場の中でどんなターゲットを選択するか、どんな価値を定義し、メッセージを届けるのかというマーケターが携われる範囲が腕の見せ所になるわけですね。
ブランドが生き残るための重要な要因
井上:一方で、市場の環境が変わらない業界ももちろんあると思います。例えば、これだけメールやチャットが発達した世界でも未だにFAXが残っています。現状に満足してしまって、変化を拒む人たちもいます。
それに、参入障壁がとても高い市場に変化は起きにくいですよね。いま僕たちが醤油の新しいブランドを作れるか? って言われたら、かなり難しいじゃないですか。
製法を学ぶだけでも大変そうですし、機材を購入するのも莫大な投資が必要。そもそも業界最大手が大きなシェアを獲得している市場でもありますし。物理的・心理的にも参入障壁がとても高い。
その一方で、コンビニに置いてある飲料の在庫回転率はかなり早いので、新しいブランドや商品が参入する機会はかなり高いですよね。
池田:僕のイメージとしては、同じ市場にブランド数が無限に増えることはなくて、むしろ生き残れるブランドの数は各市場によって決まっているような気がするんです。
井上:確かに。
池田:生活者が認識・選択できる価値は限定的ですからね。その市場にとってちょうどいい数に収れんされていくのかもしれない。
井上:生存できるブランドの数が決まっているとすると、市場から退場するか、生き残るかのどちらかじゃないですか。そう考えると、ブランドが生き残るためにもっとも重要な要因は、そもそも「どの市場で戦っているか」なのかもしれないですよね。
先ほどの醤油の例のように競合や代替商品が登場しにくかったり、FAXが衰退しなかったりするように、市場の変化を拒む圧力(現状維持の圧力)が強かったりして、参入障壁が高い市場だと生き残りやすい、みたいなことはありそうですね。
マーケターは生き残るためにどうすべきか?
池田:仮に、市場によって生き残るブランド数が決まっているのであれば、(企業に属している)マーケターの価値もほとんど決まってしまってしまうような気がするんですけど、その状態を打開するためにマーケターは今後どうすべきでしょう?
井上:まず、自分自身をどの市場で売り込むのかを意識するべきだと思います。これまで話してきたような業界だけではなく、消費財マーケター市場なのか、デジタルマーケター市場なのか、マーケティングマネージャー市場なのか、CMO市場なのか、はたまたマーケティングがわかる経営者なのか、といったレベルで。
そして、そこで求められる価値を自分自身の中に蓄積させていくことが必要なわけですが、現時点でその価値が十分にないなら、いまの職場・目の前の仕事で経験を積み、価値を作りこむほかありません。そうしないと、転職は基本的に不利ですよね。例えば、デジタルマーケターがいきなりマスマーケターには転職できません。
でも、現職であれば将来の希望なんかも聞いてもらえますから、そこで希望することはできます。その時に大切なのは、どれだけ貢献しているかということです。まずは現職での「貢献」をひたすらに意識する。
僕が大切にしているのは、「Start from Yes」という考え方です。ひとまず、どんなものにもチャレンジして自分の可能性を広げていく。ちょっとずつ会社に貢献していき、実績を積んでいくしかないと思います。実績もないまま、社内でいろいろ希望だけ述べても全く相手にされないですしね。
池田さんはどう考えてますか?
池田:僕は「研鑽を積む」ということが大事なのかなと。プロジェクトに入りたいとか、あるポジションに就きたいと言っても、上から「要らない」と言われたらすぐに終わってしまうじゃないですか。
そうならないためにも、「選ばれる人材」になれるように常に意識して、努力し続けなければならないと思います。まずは、もっと本をたくさん読むとかね。だから、井上さんの意見には共感します。実績を積み上げて、会社に貢献し続けることで、道は拓けていくと。
井上:そうですね。ジョブホッパーの私が言うのも何なのですが、私は基本的には転職反対派です(笑)。でも、そう言うとよく聞かれるのが、「では、会社のマーケティング戦略が間違っていたらどうしますか?」という質問です。
もし仮に、会社の方針やブランド、商品を通じて提供すべき価値が間違っていると思うなら、その会社の戦略を自分で打ち立てて周囲の理解を得られるようにすべきですよね。それもある種のマーケティングだと思います。海外だと、部下からの提案を受け入れた上司が「I’m sold」って言うんですよ。「君のアイデア、買ったよ」って。企画を「売っている」わけなので、まさに企画のマーケティングですよね。
池田:たしかに魔法の杖は存在しないですよね。ちなみに(自身で道が拓けるようになるまで)どれくらい時間がかかると思います?
井上:最低でも1~2年はかかるんじゃないですかね。やりきった結果、それでもいまの会社では厳しいと感じるなら転職を視野に入れてもよいと思います。
マーケターのキャリアもマーケティング思考で決める
池田:さまざまな会社で活躍してきた井上さんが考える、転職時に意識すべきポイントは何でしょう?
井上:先ほども議論しましたが、市場の選択は大事だと思います。生き残るブランドの条件もそうでしたが、マーケター個人の場合も一緒ですね。自分は何ができるかっていう価値を定義する前に、市場の選択を間違えるとしんどい。この「市場」には業界という意味だけでなく、どんな人材のプールに入るか、という意味も含まれています。
勝てる市場かどうかを意識しつつ、自分の価値である「スキル」をどれだけの企業が欲しがるのか考えるってことですね。転職市場におけるニーズの部分を見誤らないことが大切。
池田:なるほどね。キャリア選択でよくニッチな市場(の業界や職種)を攻める人がいますが、戦う市場を変えてみたものの、そもそもそんな市場は存在しなくて勝てなかったってのはありがちなミス。一人勝ちと言うけれども、そんなことほとんどなくて。単純に“儲かるところ”を攻めるのが一番良い、と。
井上:そうですね。より大きな市場で勝負できるように英語を学んだりマネージメントスキルを高めたりすることは、多くの人にとって必要な可能性が高いですよね。
例えばマーケティングの領域であれば、手法やテクニックに詳しい人と、マーケティングチームを立ち上げて組織を機能させられる人だったら、前者の方が市場もニーズも大きいと思うんですよ。そこに自分の適性があれば、その市場を意識する。
いずれにせよ、一人でも多くの人に貢献できることを求め続けるのが良いと思います。なるべく自分が埋められる最大のピースを埋め続けていくことが大事じゃないかなと。
そうすると、自分に返ってくる感謝が大きく・多くなるし、給与的な部分でも自然と満足のいく状態になっていくと思います。
社会の一員として、二人が目指すもの
池田:自分が埋められる最大のピースを埋めにいくというのは、とても面白いですね。ちなみに、井上さんはご自身のキャリアの最終的なゴールを何だと捉えてますか?
井上:そうですね……マーケティングにこだわるというより、自分ができることで、求められることをやっていきたいですね。自分のできることを自分で制限したくないと思ってますが、身の丈にあった貢献をしていきたいというか。
なかなかイメージのしにくい話なのですが、これからも続く歴史を織物に例えたときに、その中の1本の糸として自分を織り込みたいんですよね。
池田:分かります。僕もその考えに似ていて、自分が行動したことで社会に良い影響を与えられたかどうかを基準に生きていきたいと思っています。
歴史の教科書に自分の名前を残したいとかじゃなくて、自分が生きたことで、あるいはトライバルメディアハウスという会社が存在していたことで、何かしら地球がよくなったねって状態にできたらいいなと。
人生100年時代と言われていますが、100年生きたとしても「居ても居なくても一緒だった」ってなりたくないんですよ。周囲の人に対して、どれだけ自分の熱量を伝播させることができるかチャレンジしたいし、自分が培ったものをふんだんに使って社会にフィードバックしていきたい。
その気持ちが自分にとっての内燃機関みたいなものなんですが、それを燃やし続けながらこれからも活動していきたいですね。
今日は貴重なお話をありがとうございました!
井上:こちらこそありがとうございました!
・・・
「10年後に生き残るブランドとマーケターの条件」というテーマでお話いただきましたが、キャリアもマーケティング思考で考えるということは、さまざまな業界を渡り歩いてきた井上さんならではの視点だったのではないでしょうか。
「マーケ飯」ではさまざまなフィールドの第一線で活躍をされている方と池田のトークを発信していきますので、今後もご期待ください!
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井上 大輔 氏
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池田 紀行
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今回収録で伺ったお店は、横浜にある割烹料理「WAGO」さん。
旬の食材を使った丁寧な料理がいただける、素敵な雰囲気のお店でした! 撮影にご協力いただき、ありがとうございました(写真はコースメニューの生牡蠣)。
横浜割烹料理 WAGO
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