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刺繍しながら夢想する〜将来の夢と現実〜

ぬいぐるみ作家として月に数点のぬいぐるみやオーナメントを製作している。一人でデザインし細かな刺繍を施して形作り、梱包から発送まで手掛けているのでなかなか多く作れないのが悩みの種だ。
生地に細かな刺繍を施している時間は無心になれたりする時もあるのだが、ふと遠い昔を思い出したり、別のことを考えていたりと思考の渦が止まらない場合もあったりする。時にはあまりに考え過ぎて、製作を中止して浮かび上がった考えや構想をノートに書き写したりすることもある。

それは、とある昼下がりのこと。
刺繍をしている時にどうしてかこの日は大学時代の苦々しい思い出が甦り、当時の友人達や学生時代の私の行動を一つ一つ回想していた。

"きっと、大学時代の知人達は私がぬいぐるみ作家になったと知ったら、間違いなく作品を、そして私自身の生き方をバカにするだろう"

何故かふとそう思った。
と言うのも、母によって無理やり入学させられた女子大は、やはり自分で納得して選んだ場所じゃなかったため価値観がまったく合わなかったからだ。
何せ、入学式早々の"シャネルの君"のような生活水準の高い人たちの冷ややかな視線、会話の中に散りばめられた裕福ネタにどう反応したらいいのか戸惑うばかりだったわけである。私と彼女達は生きる道が違っていたし、持ち合わせている常識も異なっていた。


そう言った生徒の中にとてもとても豊かな生活をしている家の一人娘がいた。初対面の時に彼女は右手でPRADAの黒い財布持ち、それを左手にパンパンと叩きながら、「うちは金はあるんだ」と自己紹介してきた。驚きすぎてどう返答していいかわからなかったし、今でも自分がどう返したのか思い出せないほど唖然とした。

しかし、この初対面で私と彼女の立ち位置が決まったのだろう。彼女は私を「〇〇(私のこと)みたいなバカ」と呼び、学校に来ることがあまりない彼女は私と授業が被るものがあれば「(レジュメやノートを)見せなさい」と電話をかけてくる。今すぐ抜け出したい知人関係だったが、基礎教養の2年間はかぶる授業が多すぎてどう頑張っても避けきれない。私は柵から自由になるためにあえて倍率の高いゼミに入り、残りの2年間の学生生活を彼女の支配から逃げた。

そしてつい最近のこと。風の噂で例の彼女が教育者になったと聞いた。平気でテストをカンニングし、巧妙なカンペまで作っていた彼女が、まさか教育者になるとは、人生とはわからぬものである。

そしてかく言う私も、物を書く人、ぬいぐるみ作家としての生き方を選ぶとは夢にも思ってもいなかった。件の彼女はアーティストになりたいと公言し、当の私は教授になりたいという教育者への夢を持って大学に通っていたので、見事にやっている仕事がチェンジされているのが面白く、また皮肉のようでもある。

グレース・ボニーが書いた『自分で「始めた」女たち』という本があるが、その中に登場する女性たちも、必ずしも将来の夢と現在の仕事が一致していた人は多くない。神父やバスケットボールの選手になりたいと思っていた人が作家やシェフになっていたりと、人生においての数々の出会いや衝撃が、漠然とした幼き日の夢の方向性を変えていったように見受けられる。

今、この仕事をしていて思うのは、人に使われるのではなくて自分の力で仕事の世界を広げていくということが、私に合っていたという事実。自分のアーティスティックな部分を尊重するということは、自力で仕事をするのには強みになるし、自己肯定感の低い私にとってはミスをしても同僚と自分を比べないワークスタイルもプラスだと感じる。そして、嫌でたまらなかった海外にルーツを持っていたことは様々な価値観の受容に繋がって作品製作とライフスタイルをより変化させることに影響があったように思う。

ただ資金を工面していくことが1人で仕事をするのに大変なことなのは変わらないけど(勤め人に戻ってこのストレスから逃れられた父が心底羨ましい)、自分のしたいことを仕事にして生きていくということはメンタルにとっては幸せなことなのかもしれない。

自分にとってのしたい仕事。
件の彼女が教育者に、私はぬいぐるみ作家に"したいこと仕事"を見つけたというわけだ。

ちなみにこうして夢想しつつ刺繍した作品は、とても綺麗に仕上がったりする。余程急いでいない限りは、刺繍しながら色々なことを考えてみようと思う。


【終】


〜おまけ〜

京都の友人(以下:京)「嫌やなぁ、そない人が大学にいたの?」
私「初対面の印象が忘れられなくて、PRADAの黒い財布見ると今も思い出すよ(笑)」
京「でもなぁ、ほんまに金のある人って、金はあるんだなんて言わへんで、マジで」
私「でもYouTuberとかよく資産いくらとか言ってるじゃない」
京「品性のある人はそないこと自分から言わへんで」
すると、京都の友人が食べていたおせんべいを持ったまま急に髪の毛を抑えつつ私に流し目をしてきて、「うちが自分から綺麗な女やって一度も言ったことないやろ?それと同じやねん、品性ってものは」と微笑む。なんじゃそれ。この人の面白さには一生勝てない気がする。


この度はサポートして頂き、誠にありがとうございます。 皆様からの温かいサポートを胸に、心に残る作品の数々を生み出すことができたらと思っています。