読書メモ:田中輝美著『関係人口をつくる』
島根県在住のローカルジャーナリスト田中輝美著の『関係人口をつくる - 定住でも交流でもないローカルイノベーション』を読み終えた。本書はこれまで交流か移住かの二択だった地域との関わり方について、その合間に複数のレイヤーがあることを指摘し、地域と多様な関わりを人々を総称して「関係人口」とする見方をローカルイノベーションとしている。
1.この本のはじまりになっている著者の想い
著者は島根県に在住し、島根のことを内外に発信することを生業とする全国初のローカル・ジャーナリスト。
「人口減少と高齢化が進むことで徐々に元気がなくなってきている地方。ここを元気にしていくのは地域に住んでいる人にしかできないのか。そんなことはないだろう、地域を頻繁に訪れたり心理的なつながりを感じている人たちにも地域を元気にすることができるはずだ。」
そんな想いを出発点に、たとえ居住していなくても"地域を元気にしたいと思って実際に地域を応援し、関わる仲間が増えれば、地域は元気になる"(p.7)とし、本書は島根県で展開されている「しまコトアカデミー」の事例を説明している。関係人口という言葉は、総務省の「これからの移住・交流施策のあり方に関する検討会」の中間とりまとめのなかで注目すべきキーワードとして挙げられており、ここ1〜2年で注目が集まっている。
2.関係人口とは?
本書のなかで関係人口の明確な定義がされているわけではなかったが、ざっくりとその概念として、「定住人口と交流人口のどちらにも当てはまらない地域に関わってくれる人口」を関係人口としている。関係人口には濃淡があり、例えば、シャアハウスに住みながら行政と協働でまちづくりに関わるようなディレクタータイプ、都市圏でその地域がPR活動をするときにサポートしてくれるタイプ、都会と地方の二拠点居住を実践するダブルローカルタイプ、ただひたすらにある地域が好きで頻繁に訪れては時間を過ごしているタイプなどがあるという。
人口が減少していく状況に対してその減少分を移住・定住で少しでも取り戻そうというとすれば、結果として起きることは全国レベルでの人口の取り合い。関係人口はこの競争のパラダイムを回避する概念であり、どの地域や自治体でも増やすことができる点が地域側としては希望に感じるところ。このnoteのトップにある画像は明治大学の小田切徳美先生による関係人口の分析で、都市側から地方と関わるときに「関わりの階段」があることを示したものである。これまでは「都市側から交流する」か「地域に移住するか」の二つに一つで切り取られていたものが、実際に地域と関わりを持つ人たちの関係し絵はもっと複雑であることを認め、「地域との関係性には複数のレイヤーが存在する」ということを示している。この現実にそった考え方を示したのが「関係人口」という概念とも言える。
3.関係案内所という考え方
ではどのように関係人口を新たにつくり、増やしていくのか。本書では、必要なものは「関係案内所」だと言う。この関係案内所は、地域に関心のある人々に対して、どのような形で地域と関わりたいのかを個別に丁寧に聞き出しながら、一人ひとりに合った地域との関わり方を紹介してくれる案内所というわけだ。単純に地域と外部をつなぐというよりも、個々人の人生にかかわるメンターというようなイメージだ。島根県のしまコトアカデミーは、このメンタリングのプロセスを行うプログラムであり、地域の側から都市部のなかに潜在的にある地域に対して関心を持っている人口プールとつながっていくための装置と言える。
4.さて、ここからが私の考え:都市部と地方の二項対立を越えて
関係人口という概念の根底には、都市部と地方を2つの地理的な空間として分ける見方があり、主に人口が集中している都市側から地方側に関わる手段として、複数の関わりのレイヤーが提案されている。この都市と地方を分けて捉える二項対立的な視点を越えていく先に次の社会のあり方が見えてくるような気がしている。
本書で紹介されている「しまコトアカデミー」も、都市側の住民が地域とつながるための装置として説明されているが、これを逆方向で捉えることもできる。つまり、起きている現象としては「地域側が都市のなかに浸透していっている」と解釈することもできると思った。今後こういう動きがどんどん加速することで、多数の地域とつながるネットワークのハブとして都市が存在するようになるのではないか。そしてその一歩先には、地域と地域が都市の仲介なしにつながる「ローカルとローカルのつながり」が形成されていくのではないか。こういう社会の状況が生まれてくるとき、都市と地方の境目が溶解していき、二項対立的な見方が意味を成さなくなる。
関係人口という概念の広まりは、ある地域の活動量をそこに居住している「物理的な人口」で議論するフェーズの終焉を意味している。関係人口という地理的空間に縛られないバーチャルな人口が広がって全国的なスケールのネットワークになり、実際に地域の様々な活動に関わるようになれば、それは地域のなかの風通しを随分よくすることにもなるだろう。そして主な居住地が都市か地方かに関わらず多拠点を行き来することで、多様な風土に触れながら暮らすライフスタイルが実現できるようになるのだろう。