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小説「対抗運動」第11章 古代中国の革命は大自然とつながること

小説「対抗運動」第11章1 ネーションをあるべき位置に押し戻す

舞ちゃん「高瀬先生、胡蘭成や保田與重郎と岡先生の晩年の交流の様子を聞かせて下さい。」
高橋先生「はいっ。『春宵十話』が優れた文人達を引き寄せたのですね。発表は1962年ですが、小林秀雄は出版前に、新聞連載を読んで感銘を受け、この年の秋にはすでに批評を発表していますが、保田與重郎の反応も早かったです。翌63年には手はずを整えて奈良で岡先生に会ってますね。胡蘭成が面会に訪れたのは68年の5月です。同年の10月には早くも3人一緒に、新和歌浦、龍神温泉、高野山というコースを旅行しています。余程、意気投合したんでしょうね。」
舞ちゃん「『春宵十話』のどういうところが皆を引きつけたんですか?」
高橋先生「それは、舞さんが引かれたのと同じなんじゃないですか?保田與重郎は〈『春宵十話が新聞紙に連載せられた時、私はものがよみがえる時のありさまをしきりと思った。〉と書いてますね。〈私はその日、人に劣らず感動した一人だったと今も思ふ。この感動に、私は私としての生甲斐を思った。今生に生甲斐というものは、数多い方がよい。日々がその連続であるなら、私の日毎は、初心の連続といふことになる。太陽は今日も東天に昇る。天地は明るく開かれ、人がここで初心にかへるなら、日々は創造と生産との連続である。(中略)しかもこの初心の生甲斐は、岩戸が開かれて、天地開闢の光明をいただくことと同じである。〉」
舞ちゃん「うん、うちも、なんかそんな感じやったなあ。えへへ。それで、三人は意気投合して、どんなことを話し合うたんですか?」
高橋先生「日本改造、じゃないかと思います。いや、胡先生も一緒ですから革命、でしょうか。古典中国でいう、革命ですね。大自然と直結しているという。」
舞ちゃん「胡蘭成先生の云う革命はうちも読んでびっくりしました。大自然が、天変地異が呼応するんですね。」
高橋先生「舞さん、胡蘭成は日本では今ひとつ読まれてない易経の素養があるんです。占いの卦、とか陰陽とか聞いた事があるでしょう?近代の人文科学と自然科学がまだはっきりと分業を始める前の、大きな知恵が感じられますね。西洋でも、ルネッサンスの頃の人文科学は、いまの理系、文系という意味合いでの文化科学ではないです。もっとおおらかで、今の水準から云ったら、確かに個々の専門分野での水準は低いのかも知れませんが、しかし余りにも人間のことばっかり優先させる功利主義にはない、すがすがしさがあります。」
舞ちゃん「高瀬先生、保田與重郎先生は、どのようにしてそれを感受したんですか?」
高橋先生「はいっ。私は短歌だろうと見当をつけています。特に万葉集とか・・・。保田先生の本領は、古今集とか新古今集とかにあるのでしょうが、これらは万葉集の成果を踏まえていますから。舞さんの従弟は旅人という名だそうですね。保田先生が畏敬したのは、大伴旅人の子、家持です。『万葉集の精神』という代表作を書いています。」
舞ちゃん「えー、そうなんですか・・・・。」
おいさん「高瀬先生、ものがみなよみがえる、という革命は、ナショナリズムとは何か違うとりますね?」
高橋先生「胡蘭成先生はこう書いてます。〈創造性のある仕事だけが、嬉し気のある人だけが天幸に恵まれる。節に当たって行詰り、今までしてきたやり方は全部通用しなくなって、もう万事休すと思ったところパッと一花開いた。織田信長が、桶狭間出陣の間際での舞いは清純一つであった。私をなくし、一切の余念をなくして、天と人との際に至ったのがこの英雄であるが、出陣も神前の舞いのように吉祥喜慶のことになるわけである。〉ゴローさん、柄谷行人はどう書いているんですか?」
おいさん「ほうじゃね、〈前近代社会においては、この理念は普遍宗教と云う形態をとって開示された。〉と書いとる。この理念とはアソシエーションのことなんじゃが。最初から説明せんと何も解らんね(笑)資本主義経済、国家、そして近代以前の農村共同体の基底におのおの異なる交換関係、すなわち商品交換、収奪と再分配、互酬的交換を抽出することによって分析を進めとるんですが、この三つの交換形式のうち基本になるのは近代に失われた農村共同体の互酬的交換であって、近代では、それがネーションとして想像的に回復されとる、いう説じゃね。しかも、ネーションは、国家や資本主義に対立する要素を持つのにもかかわらず、現実には国家や資本主義を支えるものとなっとるわけじゃ。このねじれを説明するのに、第四の交換形式としてのアソシエーションを抽出しとる。互助的であるにもかかわらず、農村共同体にあったような拘束がなく資本の蓄積が発生しないような市場経済、そしてこの自発的で自立した相互交換のネットワークは、上位の政治的国家組織を必要としないし、国家の原理とはまったく相容れんのじゃ。これがアソシエーションの理念なんじゃが、ネーションの徹底的な理解にはこの理念が重要なんじゃが、近代のネーション=ステートの成立によってこの理念が挫折したと見とるんやね。ほじゃから柄谷さんの革命とは、ネーションを有るべき姿に押し戻して、アソシエーションの理念を回復することやろね。」

続く
執筆:飛彈ゴロウ、2004年

小説「対抗運動」第11章2 理想と悪について

舞ちゃん「おいさん、アソシエーションの理念はどっから来るん?」
おいさん「うーん、外から来るんじゃが(笑)・・・舞ちゃんには来んかい?」
舞ちゃん「何かせんといかん、とは感じるけど、まだ来てくれへんなあ(笑)」
高橋先生「岡先生はこう言ってますね。〈理想とか、その内容である真善美は、私には理性の世界のものではなく、ただ実在感としてこの世界と交渉を持つもののように思われる。〉〈理想はおそろしくひきつける力をもっており、見たことがないのに知っているような気持ちになる。〉」
舞ちゃん「そうか、理想は、実現はできんのやね。けど、今のままじゃあかんと知らせ続けることは止めんわけやね。何かせんといかん、と感じるんはそのためなんか。」
おいさん「高瀬先生、文芸評論家の山城むつみさんが今「文学界」に連載しているドストエフスキー論でこう言うとります。〈流刑地でドストエフスキーが注目していたカントによれば、人間は、神=自由=不死をめぐる問題を強いられている。一方において、理性はこの問いを斥けることができない。問いはいわばニュートリノのように宇宙から不断に人間に降り注いでいるのだ。ただ、我々はこの幽霊(ファントム)粒子に刺しつらぬかれているという感覚を持たない。それを知らないというよりも、知りたがらないと言ったほうがいいのかもしれない。〉〈ところが、他方において厄介なことに、斥けることのできないこの宇宙線はまた、人間には答えることができない問いでもある。答えれば、正解は、相容れない二枚の板に割れてしまう。この地上では、降り注ぐ問いを検知して神=自由=不死について肯定的に答えようとテーゼを立てるまさにそのことが、それを否定するアンチテーゼを同時に立ててしまうことにならざるをえないのだ。〉」
高橋先生「ほう、宇宙線、ですか。うーむ、なるほど。」
おいさん「山城さんの意見は、この人間の置かれた状況が、〈善をなさんと欲して悪を来たす〉という屈折、を必然的に生み出すというんじゃね。理想に引かれんかったら悪をなすこともないんじゃろうが、そうはいかんのじゃね。山城さんはドストエフスキーの『悪霊』におけるこの洞察が、たとえばアウシュビッツをもたらした悪をも照らし出しとるとの考えじゃね。」
高橋先生「理想の引力が同時に人に悪をなさせる・・・・恐ろしいことですね」
おいさん「山城さんは徹底しとりますね。〈原因を社会的、経済的に正しく認識して矯正すれば、もはや屈折が起こらなくなるというわけにはいかないのである。いや、ドストエフスキーならさらに踏み込んで言うだろう。むしろ、そうすることこそが醜悪と惨事をもたらすのだ、と。〉」

続く
執筆:飛彈ゴロウ、2004年

小説「対抗運動」第11章3  敵対性という人間的自然

おいさん「高瀬先生、ひとつ言い忘れたことがあるんじゃ。山城さんが瞠目しているドストエフスキーの人間性への洞察は、彼が流刑地で注目していたカントに対する徹底した批判でもあるんじゃが、そのカントの認識にもまた恐ろしく冷酷なところがあるんじゃね。決してカントはヒューマニストなんかじゃありゃせん。人類がついには世界共和国を形成するじゃろうと言うとるけど、それは直接、理想に引かれてのことじゃないんやね。山城さんが注目するドストエフスキーの悪魔、到達不可能な理想に引かれるがゆえにこそ、理想に激しく異和を唱え、醜悪と惨事をもたらさずにはいない悪魔と似とるんじゃけど、カントが言うには、ついには世界共和国の形成に至るのは、社会において生じざるをえない人間同士の敵対性によるんじゃと。」
高橋先生「なんと、それはまた恐ろしく冷酷な認識ですなあ。しかし、なるほど、20世紀の歴史は確かにそういう風に見えますね。第一次大戦の悲惨の後にやっと国際連盟が生まれて、さらなる惨禍をもたらした第二次大戦の後には、無力じゃったその反省にたって、少しは前進した国際連合ができましたからねえ。」
おいさん「そうなんじゃ。これは歴史的な認識なんじゃね。山城さんが言うように、ドストエフスキーの洞察した人間性の悪、彼が悪魔として見事に定着した人間の本性に見いだされる敵対性は認めざるを得んのじゃが、その悪が引き起こした大惨事の後では、同じ敵対性が反転して、今度は自らに向かうということが起るんじゃね。このこともまた歴史的事実として認めざるを得んようじゃね。」
舞ちゃん「おいさん、もっと解るように言うてよ。」
おいさん「ほうじゃねえ、確かに、敵対性が反転する、いうんは解りにくいね。力で他人をやっつけようという隠れた衝動は誰にもあるもんじゃ。けど、それを断念した時、それは消えてなくなるんじゃのうて、内向するもんなんじゃね。自分を律する厳しい良心に生まれ変わるわけやね。舞ちゃん、どうも、なんぼこんな議論してもかいがないけん、こう考えてみんかい。産業と交通の発展によって国と国との結びつきが太くなって来た結果、どの国が大損害を受けても、他の国も大きな影響を蒙らざるを得んようになってきた。ほやけん、強大な軍事力を持っといても、戦争でどこかの国に大打撃を与えることは断念せざるを得んようになってきたんやね。そのかわりに、厳格に、軍事力を使わんように押さえつける文化が強まってきたんじゃが、その内実は、かって悲惨を引き起こしたことへの罪悪感からなっとる、とこう言えるんやないかな。」
高橋先生「なるほど、ただ非難されるから罪悪感を持つんじゃなくて、自らの敵対衝動を断念した結果ですから、そのエネルギーによって罪悪感を繰り返し自ら生み出し続けている訳ですか。うーん、なんだか、あまりにも自虐的ですね。」
おいさん「高瀬先生、国家が主権をふりまわし得ると考えられた時代は、先の大戦ですでに終っとるんではないですか。現在、アメリカだけはそうできるとまだ信じとるように見えますが、実際はもう先の大戦のような大破壊をやらかすことはできんのじゃね。ごくごく局地的な攻撃ができとるに過ぎんね。戦争権という主権を制約する力は、かってないほど強まっとるんじゃなかろうか。」

続く
執筆:飛彈ゴロウ、2004年

小説「対抗運動」第11章4  フェアトレード寺子屋in妙覚寺

おいさん「舞ちゃん、今年もおいさんらは東金のルバーブが主催するフェアトレード月間の催しに呼ばれとるんじゃ。一緒に行ってみるかい?」
舞ちゃん「おいさん、うちも呼ばれとるんよ(笑)順さんに、こんどは一泊のイヴェントで大変やから手伝うて、言われたんよ。嬉しかった。」
おいさん「おう、ほうやったんか。デモしかバンドの木の実さんも来るよ。今年のムンバイでの世界社会フォーラムの報告をやってくれるんじゃ。」
舞ちゃん「知っとるよ、うちはもうスタッフなんやから(笑)ガンポオ博士の演奏や関本さんの歌も聴けるんやろ。浅谷さんのギターと木公木寸博士のジャンベも。楽しみや。それに、なんというても、トラコミがアニメになったんやろ。今回が本邦初上映!TCXはメカニックもすごいね。」
おいさん「全部知っとるんやね。けど、会場の九十九里浜の妙覚寺のことはどうや?知らんやろ? 日本地図で有名な伊能忠敬が小さい頃学んだ寺子屋・・・」
舞ちゃん「おいさん、うちはスタッフなんよ。妙覚寺の住職さんはね、お寺は地域に解放されとるべきや、いう考えの持ち主でね、毎年すぐれた人たちを招いて演奏会なんかもしとるんよ。おいさん、あの水牛楽団の高橋悠治もここで演奏やったんやと! TCXのムジケは大丈夫なん?」
おいさん「えっー。ほんとかいな。それはすごい。皆それ聞くと喜ぶと思うよ。いや、緊張して硬くなるかな(笑)」
舞ちゃん「一泊にしたから、夜の懇親会も体力がある人はエンドレスにやったらええんやけど、翌日のタイのフェアトレード団体との〈共同作業〉も自信作なんや。どんなデザインや機能の衣料製品やったらもっと受け入れられるか、参加者がチームに分かれて知恵を絞り、おのおの発表しあうんや。」

続く
執筆:飛彈ゴロウ、2004年

小説「対抗運動」第11章5 練馬のツリーズ・カフェ

おいさん「舞ちゃん、結構盛り上ったね。なんと言うても、目玉のトラコミ・アニメ篇がものを言うたね。妙覚寺さんでは、また来年もやりたいもんじゃね。直前になって頼んだにもかかわらず、快諾して駆けつけてくれた新庄水田トラストの阿部さんの〈遺伝子組み替え作物に関する報告〉も充実しとったね。カナダのシュマイザーさんは、最高裁で4対5の僅差やったけどモンサントに敗訴したんやね。けど、賠償金は免除されたんやね。そして小麦は勝利したんやね。とうとうモンサントは現在のGM小麦の開発を放棄しよった。日本で集まった120万人もの消費者による反対署名も効いたんじゃね。これはシュマイザーさんの菜種の敗訴を何倍にもして取り返したことになるね。木の実さんは、世界社会フォーラムの報告もインパクトがあったけど、なんで草の根運動に積極的に参加するようになったかを、ざっくばらんに話してくれたんがよかった。いっぺんにファンが増えたんとちがうか(笑)それに、舞ちゃんもようやったけど、大勢のボランティアスタッフの活躍が気持ちよかった・・・」
舞ちゃん「おいさん、イヴェントが終った後、みな倒れこんでしもうとったよ。はたして来年もやってくれるかなあ、まあ、今はなんとも言えん(笑)」
おいさん「水田トラストの阿部さんに教えてもろうたんじゃが、トラスト会員の人が、練馬にカフェスローみたいな店を開くんじゃて。東金は遠すぎて年に何べんも通えんけん、おいさんは期待しとるんじゃ。木の実さんや順さんやカナエちゃんや舞ちゃんのような人らが、こうやって続々と出会いを重ねるようじゃと、対抗運動は有望やけんね(笑)」
舞ちゃん「えへへ、おいさん、うちそこも手伝いに行ってきたよ。カフェスローにあるんと同んなじように、藁や葦を適当に切りそろえたブロックに、土や漆喰を塗ってかためたストローベイルという建材を使うて、カウンターや長いすを作る作業やったんやけど、大勢手伝いに来とった。まあ、すべて土に返る全く無害な建材、いうことで究極のエコ建材や。けど、もっと肝心なんは料理やとうちは思うとるんよ。ルバーブでもそうやけど、どういう食材を使うかいうのんが対抗運動が支持されるかどうかの決め手や。すぐれたお百姓がつくる野菜や穀物には底知れんパワーがあるけんね。山城さんは宇宙線のことを言うとるけど、ふかふかの大地から生まれ育つ作物にも、身体の細胞すべてに届くような、そして精神の源である命を湧きたたして止まんファントム粒子が詰まっとると思うよ。ツリーズ・カフェという名前なんやけどね、店長のアツコさんは、和光市の有機農家が作っとる野菜を使うんやと。米はもちろん新庄のさわのはな、玄米で出してみるんやと。」
おいさん「ほうーっ。もう行って来とるんか。舞ちゃん、えらいフットワークようなったね。」

続く
執筆:飛彈ゴロウ、2004年

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