以前ほど、「学校教育は変わらないといけない」と思わなくなった・・・・が。
僕は大学時代の頃から、なんなら高校生くらいの頃から「学校は変わらないといけない」と思っていました。
教育への関心が高いが故に、「教育改革」みたいなセンセーショナルなニュースや書籍に目を通していたことがこのような思いを作り出していたのだと思います。
「早急に変えなきゃ!やばい!」みたいな思いが先行していました。
でも教員になって3年経った今、それらがいかに表面的で一面的で誇張されたものだったかを知りました。
だから、以前ほど「早急に学校は変わらないといけない」とは思わなくなりました。ある程度醒めた目で学校教育のあり方について見れるようになってきたと思います。
が、それでも学校は変わっていかなくてはならないと思います。
僕がそう考える理由を現実面から、そして理想的面からそれぞれ見ていきたいと思います。その上でじゃあ具体的にどう変わっていけば良いのかを考えていきたいと思います。
それではよろしくお願いします!!
1 学校教育が変わらないといけない理由〜現実面〜
よくある若者批判として、「責任感がない」「すぐ諦める」みたいなものがあります。そしてその要因として、「保護者や先生が甘くなったからだ」と言われます。
要因についてはともかく、今の若者が責任感がなく、すぐ諦める人が多いということに関しては、悔しいことに共感です。僕自身の傾向を見てもそう感じます。
じゃあ、若者が「責任感がない」「すぐ諦める」のはなぜでしょうか?果たして、親や先生が甘いからなどというスケールの小さいものなのでしょうか?それが要因の一部だとしても、それが本質なのでしょうか?
僕はそう思いません。本質は社会の風潮だと思います。日本が高度成長期だった頃、日本国民にはみんなで追い求める指針がありました。「日本を豊かに」という指針です。だから、ある程度個を殺してでも、自分を犠牲にしてでも、頑張れば豊かになれるという旨みがあったわけです。
でもバブルが弾けると、その旨みがなくなります。個性を殺して、自分の自己実現を後回しにして、我慢して我慢して、その結果豊かになれない。そんな状況が数十年続きました。
そんな状況だから、「どうせ我慢しても豊かになれないんだから、自分らしく生きようぜ」みたいな風潮になっていくのは至極当然の流れのように思えます。その過程の中で、自分らしく生きる=自分勝手に生きると勘違いする人が増え、その結果無責任な人が増えたのも、当然の流れのように思えます。
だから、現実面で見たときにこれから学校教育で行わなくてはいけないのは「自分らしく生きる=自分勝手に生きる」という風潮の是正です。
そしてこれは昔の教育に逆行するということを意味しません。再び「我慢」の教育を強いたところでまた同じことを繰り返すだけです。
よって、上記の課題を解決するために自分らしく生きる=主体的に生きる ということが学べる教育へ、シフトしていかなくてはいけません。
2 学校教育が変わらないといけない理由〜理想面〜
スケールが大きい話になります。
人類はこれまで数々の試練を乗り越えて発展してきました。現代のように豊かな時代は過去に類を見ません。
しかし現代社会も行き詰まりを見せています。ウクライナ紛争などがその表出なのだと思います。だから人類は新たなステージに進まなくてはいけません。
そのためには、一人一人が輝ける社会を目指していく必要があると思います。多くの人が自分の価値を実感でき、幸福を感じる世界になれば戦争や社会問題はことごとく解決するでしょう。
なので、そのような社会を実現するためにも、学校教育では多様性を尊重し、みんなが伸びていけるような、そんな仕組みにしていかなくてはいけません。
3 じゃあ学校教育はどう変わっていけばいいのか?
現実面と理想面でそれぞれ「自分らしく生きる=主体的に生きるということが学べる教育」「多様性を尊重し、みんなが伸びていけるような教育」にシフトしていかなくてはいけないと語ってきました。
簡単に語りましたが、これらを実現するためには子どもに身につけさせなくてはいけないことがものすごくあります。言うまでもなく激ムズです。
だから、あくまでも長期目標としてこれらを置き、長い時間をかけて目指すべきものだとは思います。
じゃあまずどこから始めるか。授業改善なのではないかと思います。
①子供が自分の学びに責任をもち、主体的に学べる授業。②子供一人一人が自分に合ったやり方で、成果を出すことができ、輝くことができる授業。ここを目指してとにかく授業改善をしていくしかないのだと思います。まじ激ムズです。
①を実現するには、
・授業内容を子供がやりたい!と思えるようなものにすること。
・授業の中で子どもに選択肢をもたせること
・結果に対して、自分で責任を負わざるを得ない仕組みを作ること(ただこれには自己肯定感の低下などの問題も生じると思う。どうしたら良いか)
②を実現するには、
・授業の中で子どもに選択肢をもたせること
・教師が子ども一人一人に応じたファシリテーションができること
などが必要です。さらに言えばこれらを実現するにはその前提となることがたくさんあります。学級経営、働らき方改革というどでかい領域も含まれます。
なんと果てしない試みでしょう・・・。
果てしない上に、教員採用制度とか、受験制度とか、教育課程とかそういった大きな枠組みが変わらないことにはどうしようもないこともたっくさんあります。
なので、本当に一歩ずつです。僕は今、なるべく子供に選択肢を与える機会を増やすことを試みています。なかなかうまくいきませんが、自分がやる必要感を感じてしまっているのでやるしかないです。
千里の道も一歩からです。歯食いしばって頑張ります・・・!